〈3years later 来蘭 side〉
「パパー」
そうちゃんとわたしの間に生まれた天使のような女の子は、今年の秋で3歳になる。
「結(ゆい)ー、ほらもう危ないからー」
パパが大好きなおてんば娘として、すくすく育っている。
Re Lightの方も、あの東京ドーム公演の公開プロポーズとおめでた報告が大きな反響を呼び、更に人気に拍車がかかり、ほんの少しだけ産休は頂いたが、すぐに活動を再開して、お陰様で今も多忙な日々だ。
結は、春子さんに手を貸してもらったり、現場に連れて来たりしながら、沢山の方々に一緒に育ててもらっているといった感じだ。
中でも結を一際可愛がってくれているのが優輝くんだ。
結も優輝くんが大好きで、『パパ』『ママ』の次に覚えたのは『ゆー』つまり、優輝くんの名前だった。
今日も優輝くんにべったりだ。
「ゆー、抱っこー」
始まった...
あれが始まると、抱っこしてくれるまで優輝くんから離れなくなる...
リハーサル中だろうと、レコーディング中だろうと、おかまいなしの結の抱っこのおねだりも、優しい優輝くんは全く苦じゃないらしく、今日も結を上手に抱っこしながら鍵盤を叩いている。
優輝くんのこんな姿を、ファンが見たらどう思うのだろうか...
最近は、優輝くんの真似をしたいらしく、ピアノひ弾きたがるので、オモチャのキーボードを買い与えたら、たいそう気に入ったようで、うちに帰るとずっとキーボードの前に居る。
最初のうちは、キーボードを弾いているというよりは、叩いているという表現のが正しかったが、そのうち驚いたことに、誰も教えてないのに、メロディーに聞こえるようなものを弾くようになっていた。
そして更に驚いたのは、その自分の弾いためちゃくちゃではあるが、メロディーのようなものに合わせて歌うのだ。
その歌声はやはり親子、とてもわたしに似ていた。
ある日のこと、いつものように結は吹き抜けのリビングでキーボードの前に座り、ご機嫌で一人遊びをしているのを、キッチンで料理をしながら見ていると、耳に飛び込んできたメロディーに聞き覚えがあって、料理の手を止めた...
「...うそ...でしょ?」
咄嗟にスマホのムービーを回して音を録った。
聞き直してみる...
やっぱりそうだ、間違いない。
わたしはすぐにそのムービーを彼に送った。
どこに居たのか、数十分で飛んで来た。
玄関のベルが鳴る。
キーボードを弾いていた手を止めて、玄関へと駆けてゆく結の姿をわたしは追った。
玄関を開けるとそこには、スマホを手に息を切らしながら立ちすくむ優輝くんの姿があった。
「ゆー!」
喜ぶ結を抱き上げ、強く抱きしめる優輝くんの腕の中で、少し驚いた様子の結だったが、次の瞬間結は、優輝くんの頬にkissをした。
「落ち着いた?」
久しぶりに感情のままに泣く優輝くんの、右側にわたし、左側に結、三人並んでソファに座っていた。
結も黙って隣に居た。
そう...
結は、優輝くんが由香ちゃんの為だけに作ったあの曲のフレーズを弾いて歌ったのだ...
「由香...最後に言ったんだ...あの曲だけ天国に持って行くから...って...
あの曲歌って待ってるから、また私を見つけてね...って言い残して逝ったんだ...」
そう言って優輝くんは結の頭を撫でた。
「結の中に、由香ちゃんの想いの欠片があるのかもしれないよ...
結がお腹に宿ったのは、由香ちゃんの四十九日にあたる頃だもの...」
「...そうか...由香が残して行ったのかもな...」
人の想いや願いは、時空を超えて紡がれてゆくのかもしれない。
咲さんの想いも、由香ちゃんの想いも、これからもわたしはそうちゃん、加奈、陽介くん、優輝くんと共に、歌に込めて歌ってゆくよ...
[完]
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