一目惚れから始まった俺のアオハルは全部キミだった

キミと駆け抜けたアオハルDays
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紫音先生

紫音先生

公開日時: 2021年5月31日(月) 01:45
文字数:1,565

「初っ端から遅刻なんて、いい度胸してるねぇ」

そう言って紫音先生は笑ったが、目は笑ってなかった。

「連れてきてくれてありがとうね、彼氏クン。

でもごめん、病室に戻って待っててくれるかな?

リハビリは自分との戦いだから、彼氏が側に居たら甘えの気持ちが出てしまうから、彼女にとって良くないんだ」

そう言って紫音先生は、そうちゃんを閉め出してしまった。

「さて、始めようか」

「君の場合、利き手である右手だからね、日常生活が送れるようにすることが目的のリハビリテーションです。まずは手術後の筋の萎縮や、浮腫を改善するためのマッサージから行うね。運動の訓練はもう少ししてから始めるからね」

「はい...よろしくお願いします。」

紫音先生の手が、わたしの右手に触れたが、全く感覚はなかった...

この先、そうちゃんに手を握られても、感じることが出来ないのかと思ったら、とても悲しくなった...

「どうした?痛い?」

「いいえ...触られても感覚がなくて...」

言葉にしたら、余計悲しくなった...

涙で視界が滲んで、溢れて落ちた。

「泣いても動くようにはならないよ」

冷徹に紫音先生は言った。

「君の場合右手なんだ。生活するにあたって、右手が不自由ってことが、どれだけQOL、クオリティ・オブ・ライフ、つまり生活の質を下げることになるか分かっているか?

だけど君の人生は、これからも続いて行くんだ。

生活をして行かなければならないんだ。

あの彼氏が、今後の人生のパートナーになるかどうかはまだわからないだろう?なったとしても365日、24時間一緒に居られる訳ではないんだ。

自分で自分のことはできるようにならなければならないんだ。動かないなら動かないなりに、訓練をする必要がある。左手の訓練も必要だ。

いいか?所詮人は1人だ。甘えるな!」

いちいちもっともなことを言われてハッとした。

そうだった。

わたしはずっと1人だった。

ずっと1人で歩いて来たじゃない!

わたしもっと強かったはずじゃない!

そうちゃんと加奈に出会ってわたし、甘えるばかりになってたんじゃない?

泣いてる場合じゃない!!

わたしは涙を拭いて、顔を上げ、紫音先生の目をしっかりと見据えた。

「お!いい目をし始めたね、いい子だ」

さっきとは打って変わって、優しい顔をした紫音先生は、長い指をしたその手で、わたしの頭を頭を撫でた...

なんかちょっとドキドキした...


右手はまだ傷の回復を待たなければならないので、左手の運動訓練をいろいろ行った。

文字もこれからは左手で書けるようにしなければならない。練習しなきゃ!

無くしたものを嘆いていても仕方がない!

今在るものに感謝しなきゃ!

右手が使えないなら、左手を使えばいい

ベースが弾けないなら、歌を歌えばいい

ん?

左手は使える...右腕の上下は出来る...

「ギターなら弾けるじゃない!」

リハビリルーム中に響く声で、叫んでしまった...

「紫音先生!ギターなら、ピック持てなくたって、親指の爪を当ててストロークすれば弾けるよね?」

「うん、そうだな、弾けるな」

「リハビリにもなるよね?」

紫音先生は頷いた。

「ギターなら、俺のやつを使うといい」

「紫音先生ギター弾くの?」

「あぁ、趣味程度にな...後で持ってきてやるよ。

もう新たな希望を見つけたな」

「わたしには下向いてる暇なんかないの。やりたいことがいっぱいあるの。早く退院しなきゃ...」

「そんなに焦るなよ...」

そう言って、紫音先生は大きな手を私の頭に置いた。

「先生!この握力鍛える訓練器具借りて行ってもいい?病室でもトレーニングしたいの!」

「待て待て待て...いや、まぁ、それは貸してやるけど、そんなに急にやると左手痛めるからやりすぎるなよ?」

「わかった!じゃあ先生、また明日ね!」

借りたハンドグリップをにぎにぎしながら、そうちゃんの待つ病室へと急いだ。

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