〈優輝side〉
『仲間』なんてものも、『愛する人』なんてものも、中学までいわゆる〈ぼっち〉だったこの僕が手に入れることが出来るなんて思わなかった...
あの日この校門を、なんの期待もしてないよって顔してくぐった入学式の日の僕に会うことが出来るのなら伝えたい、仲間も、心から愛する子も出来るよって...
思えば、すべては来蘭ちゃんが引き起こしてきた〈奇跡〉だったような気がするんだ。
言葉は無力だ...
とか、来蘭ちゃんは言うけれど、僕の作った曲に〈言葉の翼〉を与えてくれたのは君だった。
そしてその歌声が、どれだけの人の心に届き、そして救って来ただろうか...
来蘭ちゃんの歌声が人の心を動かすのは、彼女自身が深い苦しみや悲しみを知っているからなのだろう...そして何より、彼女はその苦しみや悲しみを自分に与えた人々を、決して恨んだり憎んだりしないという所が尊いのだと僕は思う。
神様なんてものは信じないけれど、来蘭ちゃんのその歌声だけは信じてやってきた。
あぁどうか、その歌声で由香に〈奇跡〉を起こしてくれないか...
由香の容態は、抗がん剤投与を止めたことによって、吐き気などがなくなったことで少し落ち着いたようだった。
ガラス越しの面会しか出来ない日々は続いていたが、僕は出来うる限り顔を見に足を運んだ。
僕は、由香の主治医とご両親に、由香にライブを見せてあげられないかと相談をすることにした。
主治医の見解としては、もう少し体力が戻るようならば、奏太の母親である看護師の春子さんが付き添うことを条件に許可をしてくれると言ってもらえた。そして、もうこの機会が外出許可の最後の機会になるだろうと...
ご両親も、Re Lightのライブが見たいとずっと言っている由香の願いを叶えてあげられるのならと、了承してもらえた。
僕も最初は奏太が提案してくれたライブハウス『LA.LA.LA.』での貸切ライブを考えていたのだが...待てよ?
もう10日後にはさいたまスーパーアリーナでのライブだ。
ライブは週末土日の2daysだが、金曜日はゲネプロと言って、本番と同じメニューを通しで行うリハーサルを行う。
その日なら、間違いなく今出来るRe Lightの最高のライブを由香だけに見せてあげられるじゃないか!
すぐさまRe Lightメンバーみんなと事務所側に相談をすると、みんな賛成してくれて、事務所もライブスタッフも全面的に協力してくれることになった。
ガラス越しに、備え付けの受話器を使って由香と会話をした。
「由香、今日は少しご飯食べれた?」
「うん...少しだけね」
「なぁ由香、Re Lightのライブ見に来ないか?」
「え?」
「来週のさいたまのライブのゲネプロって通しリハする金曜日、春子さんに付き添ってもらってならいいって先生に許可もらったんだ」
「ほんとに?」
由香はベッドから起き上がり、目を輝かせて喜んだ。
「2万人以上入る会場で、由香1人だけのためのライブを見せてやる!だからほら、体力つけないと!」
「あの曲...やってくれる?あたしに作ってくれたあの曲...」
「あぁ、もちろんだよ!由香に聞かせたのはピアノとギターだけだったろ?実はな、こないだ徹夜でRe Lightバージョンを仕上げたんだ!すごい素敵な曲に仕上がった...」
「あたし、天国にひとつだけ持って行くことが出来るのなら、あの曲を持って行く...」
そう言って由香は、僕が作ったメロディーを口ずさんだ。
「そんなこと...そんなこと言うなよ...僕を置いて行くなよ...」
溢れる涙は、もう抑えようがなかった...
すると由香はベッドから降り、僕らを隔てているガラスに手を当てた。僕は由香の体温を少しでも感じたくて、その手に自分の手を重ねた。そして僕らはガラス越しに唇を重ね、世界で一番切ないkissをした...
いよいよゲネプロが始まる。
あれから由香の容態は、日に日に悪くなって行った。
今日連れて来るのは、正直誰もが無理だと思った。
しかし、由香の強い思いがそうさせたのか、昨日まで続いていた微熱は今朝には下がり、野菜スープも少しだけ口にし、心なしか顔色も良くなって、みんなを驚かせた。
ゲネプロは、明日からのライブのセットリスト通りに通しで行うため、2時間から3時間のステージになる。すべてを見るのは体力的にも無理だと言ったのだが、由香はそれが自分の死期を早めるのだとしても全部見届けたいのだと言って聞かなかった。もうそれ以上は誰も何も言えなかった...
当初の予定通り、会場のVIPルームに酸素ボンベやベッドを用意し、ドクターと看護師春子さんの付き添いの元に由香を迎え入れた。
バックステージヤードでは、Re Lightメンバーとステージスタッフたちが、これから始まるゲネプロに向け士気を上げるべく、大きな円陣が組まれた。
いつもはだいたいこうゆう時に声を出すのは陽介か奏太だった。
しかし今日だけは僕に!と、奏太と陽介を制した。
「みなさんご存知だと思いますが、今日は僕の恋人の由香をみなさんのご協力の元、見に来させることが出来ました。
彼女の願いを叶えてあげることが出来ましたこと、彼女に成り代わりお礼を申し上げます。ありがとうございます。
想いを込めた最高のライブパフォーマンスを彼女に届けられるよう頑張りますので、メンバーのみんな、そしてこのライブを支えてくださってるすべてのスタッフのみなさん、どうかサポートをよろしくお願いします!」
僕は深く頭を下げた。
「最高のライブにするぞ!」
もうすでにギラギラした目の陽介が吠えると
「任しておけ!」
奏太の言葉に頷く加奈と来蘭ちゃん。
「心配せず、思い切りやりな!」
と総合舞台監督の浅川さんが言うと、大勢のスタッフがみな目で頷いた。
それぞれが自分の持ち場に散り、演者である僕たちもステージへと向かった。
由香の為のライブステージを届けようと、ライブに関わるすべてのスタッフたちも僕らも一体となり、温かくも切ない雰囲気に包まれた。
1曲目は、もうファンの間でも定番になりつつある僕らが初めて作り上げたあの楽曲からだ。
由香への想いを乗せ、僕は鍵盤に指を置いた。
セットリスト通り、全20曲の演奏が終わった。
来蘭ちゃんは、ふぅとひとつ深呼吸をしてから僕らの方を向き、メンバー一人一人と目を合わすと、正面を向き直し、ステージ中央から会場のど真ん中に続く花道を一直線に駆けて行った。
花道の先にあるセンターステージに着くと、由香の居るステージ正直のガラス張りの部屋へと顔を向け、由香に届けとばかりに拳を振り上げたのを合図に、奏太がカウントを刻んだ。
由香の為だけの曲を、由香の為だけにみな演奏をした。
最後の僕のピアノソロがせつなく響き、すべての演奏を終えた...と同時に、監督の浅川さんに無線が入った!
「優輝!地下駐車場へ急げ!由香ちゃんの容態が急変した!!」
「優輝!後のことはいいから走れ!!」
奏太に叫ばれ、僕は無我夢中で走った。
地下駐車場で待機していたドクターカーに、由香を乗せたストレッチャーが乗せられようとしている所にどうにか間に合い、一緒に乗り込んだ。
「由香!!」
「見届けたよ...全部...」
「だから無理するなってあれ程言ったじゃないか...」
「あの曲...だけ...持ってく...から...」
途切れ途切れになる言葉を必死に拾う
「あの曲...歌って...待ってるから...」
「由香!!いくな!!」
「また...あたしを...みつけて...」
「由香ー!!」
心電図モニターは直線を刻み、ピーという音が鳴り響き、ドクターが心臓マッサージをしたが、もう由香の心臓が動くことはなかった...
由香のエンゼルケアは、春子さんと来蘭ちゃんと加奈がしてくれた。
加奈が由香に施してくれた化粧で、美しい由香の顔がより美しく映えて、今にもまた目を覚ましそうだった。
エンゼルケアを終えた由香と、少しだけ2人きりにしてもらった。
「由香...僕は由香を幸せにしてあげられたかな...
少なくとも僕は...由香と出会えて幸せだったよ。
あの曲の曲名は『yuka』という名前を付けたんだ...由香だけの曲だから、持って行っていいよ。
その歌を歌いながら、いつか逝く僕を待ってて...
大丈夫、ちゃんと僕は由香を見つけ出すから。
だから由香、また会えるその日まで、少しの間さよならだよ...」
そう伝え終わると僕は、由香に最後のkissをした。
病室を出ると、紫音先生が僕を待っていた。
なにやらガチャガチャと大荷物を背負いながら
「コーヒー好きか?」
と僕に聞いた。
「はい...」
と答えると
「良かった。美味いコーヒー飲ませてやる」
と言って、僕を屋上へと連れて行った。
ガスバーナーコンロやら湯沸かし鍋やら、本格的なアウトドア用品を取り出し、ドリップコーヒーを僕に入れてくれた。
口に入れたそのコーヒーの、香ばしい香りと程よい苦味が身体に染み渡り、一気に我慢していた感情が決壊した。
紫音先生は何も言わずに、ただ僕の背中をその大きな手のひらでずっとさすっていてくれた。
「紫音先生も、僕と同じ頃に咲さんとの永遠の別れを経験したんですよね...この悲しみは、いつかは薄れて行くのかな...」
「...薄れ...ないな...むしろ濃くなる...かもな...」
「一応、僕を慰めにここに連れてきたんですよね?余計辛くなるようなこと言わないでくださいよ」
そう言って横を向くと、普段あまり笑わない紫音先生が笑っていて、なんだか僕もつられて笑った。
「悲しみとずっと共に一緒に生きてくしかないけれど、それでも、残された奴は生きれなかったやつの分まで、精一杯生きるしかないんだ」
「辛いっすね...寂しいっすね...」
「あぁ...そうだな...でも、少なくともお前は一人じゃないだろ?この先の苦しみも喜びも、分かち合える仲間が居るじゃないか」
そう言って紫音先生は屋上の入り口に向かって
「もういいぞ」
と声をかけると、奏太、陽介、加奈、来蘭ちゃんが駆け寄って来た。
そうだった...
僕にはこの4人が居るじゃないか。
彼らと共に、まだ見ぬ景色を僕の目を通じて、由香に見せてやろう。
きっとそれが僕の天命だ。
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