〈来蘭side〉
Gibsonと書かれた重厚なハードケースを開けると、赤いボディのベースが姿を現した。
ストラップを調整すると、店長さんがわたしにそのベースを持たせてくれた。
重さも問題ないし、ボディ部分も、わたしの身体に馴染む感じがするし、もうそのファーストインプレッションからこれだ!って感じがした。
廣瀬先輩も店長さんも、うんうんと頷いてる。
「わたし、赤いベースにするって決めてたんだ!」
「赤井 来蘭の赤だから?」
と陽介くんが聞くので
「うん!」
と返事をしたら、そこに居たみんなが、どっと笑った。
「なんで笑うの?おかしい?」
「いや、いいと思うよ」
と店長が笑いながら言う。
失礼しちゃうわね、もぅ
心の中で呟く。
「そしたら俺は黄色のギターを探さなくちゃな!奏太は青いドラムセットを調達しないと!」
陽介くん、絶対馬鹿にしてる...
「そうちゃんも陽介くんも、今日買うの?!」
「そのつもり!!」
2人声を揃えて言った。
「わたし、このベースに決めた!」
「お買い上げ有難うございます。」
と店長さんはニッコリと笑った。
わたしたちは、そうちゃんと陽介くんのドラムとギターを探すべく林店長さんの店を後にした。
わたしのベースは、調整に少し時間がかかるというので、帰りに受け取りに寄ることにして預けることにした。
「陽介くんは、お兄さんがギター弾くから家にあるって言ってなかった?」
と聞くと
「アニキのギターはあくまでもアニキのギターだからねー、やっぱりやるからには自分のギター欲しいから買うことにしたんだ!」
「そっか、そうだよねー、やるからには自分だけの相棒が必要だよね!で?やっぱり黄色のギターにするの?」
って聞いたら、3人して横向いて吹き出してる...
「そうだね、良い黄色のギターが見つかるといいんだけどねー」
とか言ってるけど、絶対黄色いギターなんか買う気ないくせに...
「そうちゃんはドラムセット買うの?」
「おう!じゃないと練習できないからなー」
「ドラムセット置くとこあるの?」
「うち、デカいガレージがあるんだよ!そこに置くことオヤジに了解もらったから大丈夫!」
そうちゃんち凄いんだな...
「俺んちのガレージをさ、ゆくゆくは俺たちの練習場所にしようと思ってんだよ!」
「うわぁー、それってプライベートスタジオみたいでカッコイイね!なんだかすごいワクワクしてきたー!青春っぽい!」
そう言葉にしたら、なんだか嬉しくって目に涙が溜まってきた...
だって、あまりにもわたしが夢に見たような、いやそれ以上のことがこれから始まるようで...
そんなわたしに気がつくそうちゃん。
そっとわたしの顔を覗くと、たった今溢れて頬を伝った涙を、だまって親指で拭ってくれた...
そして言った
「約束したろ?来蘭の望みは全部叶えてやるって」
そんなこと言われたら更に涙が溢れて来て、そうちゃんは
「どうしたぁ?」
って笑いながらわたしを抱き寄せて、自分のTシャツの裾で拭いてくれた。
「汚れちゃうよぉ」
って小さく言ったら
「来蘭の涙なら全然いーよ」
そう言ってそうちゃんはわたしをぎゅっと抱きしめた。
陽介くんはGibsonのレスポールの黄色とも言えなくはないような、ゴールドのギターを、そうちゃんはPearlのメタリックブルーのスタンダードなドラムセットを購入した。
散々わたしを馬鹿にしたのに、黄色と青を意識した2人がちょっとかわいかった。
御茶ノ水は、大学病院がいくつもある街で、安くてボリュームのあるランチの店も沢山!
この街をよく知る林店長オススメの、ワンコインでハンバーグランチが食べれる店で、みんなでランチして、廣瀬先輩は古着屋に行くと言って下北沢方面へ向かって行った。
陽介くんは、お兄さんのライブが渋谷であるからと、ここで別れた。
少し混雑した電車に2人で乗り込んだ。
ハードケースに入った、これからわたしの相棒になるベースが愛しくて、大事に大事に抱えていたら、なにやらそうちゃんが不服顔...
「そればっか抱きしめてんなよぉー」
だって...
そんなそうちゃんのパーカーをちょいちょいと引っ張って気を引いてみる。
「そうちゃん、このまま帰るの?」
って聞いてみた。
なんかもうちょっとそうちゃんと一緒に居たくて、思わずそんな言葉が口から出ていた。
その時、電車が少し揺れて、身体を持っていかれそうになったわたしの腰を、そうちゃんはスっと支えて抱き寄せながら
「このまま帰すわけないじゃん...」
とか言う...
わたしは熱くなった顔を、ハードケースで隠した...
そうちゃんは、上向いて中吊り広告を見てるけど、耳はほんのり桜色に染まっていた...
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