来蘭を見てると咲(さき)、君のことを思い出してしまって困ってるんだ...
どことなく君に似ているんだよ...
弱そうに見えて芯が強くて頑張り屋なとことか、でも本当はとても脆くて弱いとことか、俺に憎まれ口叩いてばっかりいるとことか...
時々、咲って呼んでしまいそうになるくらいだよ...
俺はいつの間にか28、中途半端な歳にになったもんだよな。
咲はいいな、あの時のまま歳を取らないもんな...少女のまま俺の記憶の中で笑ってやがる。
咲とは、16の時初めて組んだバンドで出会った。
俺はギター、咲はキーボードだった。
野郎4人で組んだバンドだったんだが、音の厚みが欲しいから、キーボードを入れようってベースの倉田が言い出して、学年中のピアノの出来る女子に声を掛けて、唯一やってもいいよと言ってくれたのが咲だった。
真面目で努力家の彼女は、クラッシックピアノしかやったことがなかったのに、ロックのことや、キーボードのこと、全部独学で勉強して、俺たちに追いついた。
青春真っ只中の男子高校生の中に紅一点...
そりゃマドンナ的存在になるよな。
4人とも咲のことが好きだった。
だけど、同じくらいこのバンドのことも大切だったから、想いはそれぞれ胸に秘めていた。
その均衡を破ったのは、他でもなく咲だった。
咲の方から俺に告白をしてきたのだ。
人生後にも先にも、あんなに嬉しいことはなかったよ...
両思いの日々は、それはそれは幸せな日々だった。初めて手を繋いだこと、アイツらに冷やかされながら一緒に登下校したこと、そして...みんなが来る前の2人きりのスタジオでした初めてのkiss...
全部覚えているよ...
「記憶の中で ずっと2人は 生きてゆける...」
そんな歌があったっけな...
記憶の中でだけ生きていられるのは君だけであって、俺は過ぎ行く時の中で立ち止まったままだ...
幸せな日々は、そう長くは続かなかった...
咲がよく頭痛を訴えるようになって、バンド練習も学校も、度々休むようになった。
いよいよおかしいと、病院で精密検査をして出た結果は、脳腫瘍だった...
手術のしにくい危険な部位に腫瘍はあった。
それでも彼女は俺と一緒に未来が見たいと、危険な手術に挑んだ。
手術は、成功したと言えばしたと言うんだろう。腫瘍自体は取り除くことは出来たから...しかし、その代償として、重い障害が残った。
手は不自由になり、キーボードは弾けなくなった。足にも麻痺が残った。
言葉も出にくくなり、うまく喋ることが出来なくなった...
あんなに表情豊かだった彼女から笑顔は消えた。
俺が見舞いに行くことも拒むようになり、来ないでと言われて、幼い俺はその言葉のままに彼女をひとりぼっちにさせてしまった...
不自由な身体を悲観した彼女は、病院の非常階段から身投げをして、短い人生を終えた...
あの日から俺は、その十字架を背負って生きている。
せめてもの罪滅ぼしにと、頭の悪い俺が必死になって勉強して、この理学療法士の道を目指した。
咲のような子を1人でも救いたい!それだけがモチベーションだった。
そして今、咲の面影を感じる来蘭と出会った。
もうここ数年は、忙しい毎日の中で咲を思い出すことも随分少なくなっていたのにな...
来蘭と出会ってから、咲のことをよく思い出すな...
今日のリハビリルームの業務を終え、やれやれと自販機横のベンチで缶コーヒーを飲んでいた。
窓からオレンジ色の西日が斜めに差し込む様を、ぼんやりと見ていた...
1人の少女がジュースを買いに来た。
ゴトンと落ちてきた缶ジュースを取り出し、開けようとするが、なかなか開かないらしくカチカチやってる...見兼ねた俺は、貸してみろと声をかけて開けてやった。
「ありがとう」と言って少女は笑顔を見せた...と思ったら俺の手を取り「来て!」と引っ張る。
少女に連れられて来たのは、さっきまで居たリハビリルーム...
部屋の一番奥、リハビリ用のキーボードを弾く、咲の姿がそこにあった。
咲はゆっくり振り返ると
「そうちゃん」
彼女しかそう呼ぶことのなかった呼び名で、俺の名を呼んだ...
紫音 創一(しおん そういち)、それが俺のフルネーム。苗字が珍しいから、友達も先生もみな「紫音」と呼んだが、彼女だけは俺のことを「そうちゃん」と呼んだ。
「そうちゃん老けたね」
「うるせーよ、ばーか」
「おっさんじゃん」
「まだ28だわ、ボケ!」
あの頃みたいに咲と、子気味よく軽口を叩く
「ねぇそうちゃん、もうそろそろ幸せになりなよ...」
「咲...」
「好きなんでしょ...あの子のこと...」
「......」
「今のあの子のこと救えるのは、そうちゃんだけだよ...あの子が無理して笑ってるの、気が付いてるんでしょう?」
「俺には幸せになる資格なんかないよ...」
「そうちゃん...もうその十字架降ろしていいよ...」
そう言って咲は俺を抱きしめた。
「紫音先生?こんなとこで寝たら風邪引くよ?」
そこに居たのは来蘭だった。
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