「来蘭なに飲む?」
「んーと...いちごみるく!」
「おっけ!」
はい、といちごみるくのジュースを手渡された。
「え?自分の分は払うよー」
「こうゆう時は女の子は甘えてればいーの!」
「そうなの?」
「そうなの」
といいながら、頭をくしゃくしゃっとされた。
「ありがと」
ん、とだけ言うとそうちゃんは自分の分のカフェオレを取り出し口から取りだした。そしてまたわたしの右手をごく自然に繋いだ。
「行こ」
そう言うと、海への道を歩き出した。
地元民のみぞ知るような裏道を、そうちゃんに手を引かれて歩いていたら、ほんとにあっという間に海岸に出た。
「おいで、来蘭」
手を引かれて、テトラポットに登った。
「ここ、俺の場所なんだ」
落ち込んだ時とか、ぼーっとしたい時とか、ここに座って海見るんだ。
「そうちゃんの特別な場所なのに、わたしなんかが来ても良かったの?」
「来蘭は特別」
そう言うと、そうちゃんは自分が座った隣りをぽんぽんと叩く
真新しい制服のスカートが汚れないように、ハンカチを置いて腰を降ろした。
「女の子だね」
とか言うから、なんだか恥ずかしくなって頬がぽっぽした。
「どうしたの?そんなに赤くなって」
わたしの頬にそうちゃんが触れながら顔を覗き込んでくる
「さっきからそうちゃんが女の子扱いするから...」
「だって来蘭は女の子じゃん」
不思議そうにそうちゃんが言う
「女の子扱いされたのなんて初めてなんだもん...」
って言ったら、さらにそうちゃんは不思議そうな顔をしながらも
「そっか」
って優しく笑った。
〈奏太side〉
「小田原から通ってるって、誰も同じ中学のやつが居ない学校にあえて来たって言ってたろ?さっき」
だまってうなづく来蘭
「なんか気になってさ...」
下を向いていた来蘭がゆっくり顔を上げ、真っ直ぐ正面を向いたまま、そこに広がる海を見つめながら話しはじめた
「中学は、楽しいことなんてなにもなかったなぁ...だからわたし、中学では出来なかったこと高校では全部やりたいんだ。勉強も恋も部活も文化祭も体育祭も修学旅行も全部楽しかった!って最後に言えるようにしたいの」
そう言った後、来蘭はまたうなだれて言葉を続ける
「でも...それにはどうしたらいいのかわかんないや...」
「来蘭!俺に任せろ!」
えっ?って顔して俺を見る来蘭の肩に手を置き立ち上がると、ヒラリとテトラポットを降り、目の前の砂浜に立って来蘭を見上げて言った
「来蘭の望み、俺がこれから全部叶えてやるよ!」
足元に転がって来たビーチバレーのボールを拾うと、渾身のジャンピングサーブで返してやった。久しぶりに打ったけど、飛ぶもんだな。
ビーチバレーやってた連中からの拍手が聞こえて来る
来蘭もびっくりして手を叩いてる。
「すごいねそうちゃん!かっこよかった!!」
「え?最後の聞こえなかった、もっかい言って?」
来蘭は素直にもう一度言う
「かっこよかった!」
だめだわもう俺
かわいすぎるよ来蘭
なんなの?その素直さ
普通の女子はね、2度目はもう言わない!とかあざとく言うんだよ!
緩んだ顔を、キリッとさせてから
「俺、中学ん時バレー部だったんだ!しかもキャプテン!」
ドヤってみた
「すごい!キャプテンっぽい!うん!」
手を叩きながら興奮気味に来蘭が言う
「じゃあ高校でもバレー部入るの?」
「いや、高校ではバレー部入るつもりないよ」
「そうなの?どうして?」
中学でバレーはやりきったということ、バレー三昧で、他のことはなんにも出来なかったこと、だから高校では中学で出来なかったことをやりたいんだと話しながら気が付いた。
「あれ?これ、俺も来蘭と同じなんじゃん」
「ほんとだね。高校では中学で出来なかったことやりたいね」
と言って、来蘭は少し悲しそうな顔で笑った。
「なんで中学は一緒じゃなかったんだろう俺たち...俺がそばに居たら、来蘭を守ってやれたのにな」
と言って横を向くと、来蘭の目からは涙がこぼれてた...
「どうして?どうしてわかるの?」
「わかるよ」
とだけ言って、抱きしめた。
〈来蘭side〉
なんでそうちゃんに抱きしめられるとこんなに安心するんだろう...
そうちゃんの胸に顔をうずめながら、つらかった中学時代のことを思い出していた...
そしてつぶやいた
「そうちゃん...中学の時のこと、話してもいい?聞いてくれる?」
「それはもちろんだよ。でも無理して話さなくてもいいんだよ?」
「ううん、そうちゃんにね、聞いて欲しい。」
「わかった」
と言うと、そうちゃんはそっと身体を離し、いつでもどうぞとばかりに、手を握ってくれた。
中学1年の頃は、普通にやれていたんだ。なんとかまわりになじめていたと思う。成績も上位だった。
でも、1年の終わり頃から体調がおかしくなって行った。毎日微熱っぽくて身体がだるかった。今思うと意識も朦朧としていたな...
そんな状態のわたしをまわりは身体の異常とは捉えてはくれなくて、思春期特有の心の問題と片付けようとしていた。母親ですら「怠け病」などと言って辛く当たった。
成績も転がるように下がって行くと、先生も見捨てはじめる。そうなると近づいて来るのは同じく先生や親に見捨てられたような悪い部類の子たち...分かって貰えない寂しさを分かり合える気がして、そんな仲間と傷を舐めあった。
学校生活のすべてが投げ槍だった2年生の記憶は曖昧でよく覚えていない。病気もどんどん悪化していた。
いじめもこの時だった。1部の女子からの仲間はずれから、クラス中を巻き込むいじめに発展し、クラス中の女子からはもちろん、男子からも無視され、心無い言葉の浴びせかけ、そしてなによりも悲しかったのは、担任の先生がいじめを黙認し、担任までもがいじめに加担するようなことをしたことだった。
心も身体もボロボロだった3年生になってすぐのある日、風邪を引いて病院に行ったところで、やっと病気が発覚した。〈甲状腺機能亢進症〉と言う病気だった。
歌手の絢香が少し前に病気を公表して、歌手活動を休止したりしていたけど、あまり知られてはいない病気だ。
幸い生死に関わる病気ではないのだが、病気に気付かずに一年以上いたので、病気発覚時には身体がボロボロで、即入院となった。
いじめもこの時はじめて明るみになり、わたしは3年生のほとんどを欠席した。だから修学旅行も行っていない...
病気も改善したわたしは、新しいわたしになるべく、わたしのことを知る者が誰1人として居ないこの学校を選び、受験したのだった。
断片的にだったが、思い出しながら少しずつ話した。
そうちゃんの握る手が、時折ぎゅうと強くなったり、愛おしく両手で包んでくれたり、優しくなでてくれたり...そんなそうちゃんの手から、いろんな気持ちが伝わってきていた。
「聞いてくれてありがとう、そうちゃん」
そうちゃんはだまってわたしの頭を自分の方に抱き寄せた。わたしはされるがままそうちゃんの右肩にもたれた。
「つらかったな、来蘭...1人でよく頑張ってきたな...もうそんな思い俺がさせないから」
「そうちゃんと一緒なら、これから楽しそう」
「よし!まずは明日のオリエンテーションだな!委員決めと部活動決めだよな!来蘭一緒にやろうぜ!」
「うん!そうちゃんとなら心強い!」
日も暮れてきたので、帰ることにした。
学校に戻りそうちゃんは自転車を取りに行った。
わたしはこれから長い時間電車に乗って帰る。
最寄り駅まで自転車を引いて送ってくれた。
また明日学校で会うのに、お互い「バイバイ」のひとことが言い出せない。
するとそうちゃんが
「あ、そうだ!来蘭のID教えて!明日までに委員と部活動決めないと!夜メッセージする」
そうちゃんとID交換をして、やっと私たちはまた明日ね、とバイバイした。
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