〈来蘭side〉
追加公演の横浜アリーナ公演2daysが、無事に終わった。
この後1ヶ月のインターバルの後、首都圏最大級アリーナであるさいたまスーパーアリーナ公演が待っている。
この間に登校日数を稼ぐべく、久しぶりに普通の高校生ライフを過ごしていた。
3年生となった私たちは、事務所側と学校側の話し合いによって、セキュリティ上の問題から、5人とも同じクラスにされていた。
久しぶりに5人揃って登校してきてるとあって、休み時間の度に、Re Lightメンバーを一目見ようと、うちのクラス付近には人集りが出来ていた。
そんな中、イヤフォンをしてぼんやりと窓の外を眺める優輝くんが気になって、スっと視界に入ってみた。
「わ!来蘭ちゃん!びっくりした!」
「びっくりさせちゃった?ごめんごめん」
「なんか前にも同じようなことあったね...」
「駅のホーム!!」
2人同時に思い出して口を揃えた。
「あの曲、由香ちゃんにはもう聞かせてあげたの?」
「うん...聞いてくれたみたいだよ...由香のお母さんから由香がすごく喜んでいたってメッセージが来たから...」
そう言って、優輝くんは力なく笑った...
「由香ちゃんの具合良くないの?」
「強い抗がん剤だから、副作用も強いらしくて高熱が続いているみたいなんだ...もう後は由香の体力勝負らしい...」
堪えきれずに涙を流した優輝くんを、わたしはみんなから見えないように隠しながら、ブラウスの裾でそっと涙を拭いてやった...
「ちょっと上行こ!」
そう言って、優輝くんの手を引いた。
「久しぶりに来たねーここ」
授業開始のチャイムを聞きながら、誰も居ない屋上に2人、寝転がって空を見ていた。
「今日の空は、あの時の来蘭ちゃんのパンツの色と一緒だー」
「ちょっともー!それいい加減忘れてよー!」
「忘れられるわけないだろー?あんなん」
「いや、まぁ、そうかもしれないけどさ、わたしとの出会いは?って取材される度に〈屋上パンチラ事件〉とか名前まで付けて嬉しそうに語らないでよー」
そんな会話を、寝転びながら2人でのたうち回りながら爆笑した。
「久しぶりに思い切り笑ったわー
ありがとね、来蘭ちゃん...」
「ん...」
こうゆう時、言葉は無力だ。
薄っぺらな言葉をかけるくらいなら、こうして一緒に空を見るくらいがいい。
「奏太さ、あいつ隙あらば来蘭ちゃんにkissするじゃん?」
「え?あ、いや、うん、そうだね」
「すんごい好きな子出来た今なら、よくわかるよ...四六時中抱きしめていたいし、kissしたくなるもんなんだな...」
「そうなの?」
「そうだよ」
「さいたまスーパーアリーナがんばろうな!」
「うん!」
「今僕に出来ることを精一杯やることが、きっと由香の力になるよな?」
わたしは溢れそうになる涙を必死に堪えて、大きく頷いた。
昼間は学校、夕方から深夜までライブのリハーサルという日々が続いていた。
由香ちゃんの容態は一進一退で、予断を許さない状態が続いているようだった。
「申し訳ない、入るとこ間違えた...もう一度初めからやり直させて」
滅多にミスをしない優輝くんが、さっきからミスを連発していた。
「優輝お前さっきからいい加減にしろよ!ちょっと顔でも洗って頭冷やしてこいよ!」
苛立った陽介くんが怒鳴った。
「ちょっと陽介くん!」
庇うようにわたしが声を上げると、立ち上がったそうちゃんが、私に向かって無言で首を振った...
「ちょっと休憩入れよ」
険悪な空気を断ち切るように加奈が言った。
ドラムセットから降りてきたそうちゃんが、スタジオの隅にぺたんと座っていたわたしの頭をぽんぽんっとして、スタジオを出て行った。
程なくして、いちごみるくとカフェオレを手にして戻って来ると、ストローを差したいちごみるくを差し出しながら隣に座り
「来蘭、ほら、ここにおいで」
そう言って、足の間にわたしを誘い入れた。
「陽介のあれはさ、陽介なりの優しさなんだよ」
「優しさ?」
「うん。
中学ん時バレー部で、あいつのああゆうのに何度も救われたもんだよ。
バンドもバレーボールも、仲間内でミスをなぁなぁにしてたら、簡単に歯車は狂う。
そんなことは分かっちゃいるけど、自分以外のミスをハッキリと指摘するのって、簡単なようで出来ないもんだよ...
陽介は人にも厳しいけど、自分にはその何倍も厳しい奴だからこそ、人に言える強さを持ってるんだよ。」
「そっか...」
「それにさ、ミスした時にさ、『いいよいいよ、ドンマイ』とか微妙な顔して言われるのと、ああやって『ふざけんなよ、しっかりやれ!』ってハッキリ言われるの、どっちがいい?」
「ハッキリ言われる方がいい!」
「だろ? 優輝もきっと、陽介にああやって言われたことできっと救われたと思うよ?」
「そっか...そうだよね...陽介くんって、実はすごいんだね」
「そうなんだよ、俺ってすごいんだよ」
いつの間にか側に居た陽介くんが、レモンティーをズビズビ言わせながら飲んでいた。
「うぉいっ!お前は吉井先輩かっ!」
そうちゃんがツッコむ
「あいつ本当に顔洗ってたよ。
可愛いか!ったく...
由香ちゃんの病状はなんとかなんねぇのかよ...くそっ...」
「実はね、こないだ優輝くんに頼まれて、由香ちゃんへ書いた曲の歌詞をわたしが付けたの。その曲を2人でピアノとギターと歌だけで中川さんに録ってもらったんだけど、中川さんも大絶賛の素晴らしい曲なの。その曲Re Lightで演奏できないかな...」
「水くせぇな、そうゆうことは早く言えよ、コード譜と曲聞かせろ」
顔を洗って来た優輝くんが戻ってきた。
「みんなごめん。気持ち切り替えてきたから、もう一度お願いします。」
そう言って頭を下げた。
「今日はもうライブのリハはおしまいだ!
それより優輝、由香ちゃんへの曲聞かしてくれよ。その曲、俺たちにも演奏させてくれないか?」
陽介くんが優輝くんにそう告げた。
「え?あの曲を演ってくれるのか?」
「当たり前だろ?Re Lightで演らなくてどうすんだよ!」
「ありがとう...」
声を震わせ優輝くんは続けた
「実は...由香に残された時間は...長くはないんだ...もう...強い抗がん剤に耐えうる体力は無くて...投与は中止されたって...
あとはもう...残された僅かな時間を、出来るだけ幸せな時間にしてやるしか...」
途切れ途切れに、言葉を詰まらせながら優輝くんは話し、肩を震わせて涙をぽたぽたと床に落とした...
加奈はそんな優輝を無言で抱きしめ、そうちゃんと陽介くんは、涙がこぼれぬよう上を向き、歯を食いしばっていた。
残された時間に、何が出来るのか...
由香ちゃんが今望んでいること...
「ライブ...」
わたしは呟いた。
「ライブだよ!由香ちゃん言ってたじゃない、Re Lightのライブにいつか行ってみたいって!」
わたしのその発言にそうちゃんが
「由香ちゃんの為だけにライブ演ってやらないか?大森さんに頼んで『LA.LA.LA.』貸してもらって!由香ちゃんには春子さんに付き添ってもらうように頼んでやるから!」
そうちゃんの提案にみんな賛同した。
「よし、そうなればその曲仕上げるぞ!
久しぶりの徹夜リハだなこりゃ!」
張り切った陽介くんに
「ねぇ、明日確かテストだよ?」
の、加奈の言葉に全員青ざめた...
「んなもんどうにかなる!」
根拠のない陽介くんの発言に
「いや、いちばんバカなお前にそう言われても説得力ねぇから!」
とそうちゃんが返す。
朝までかかって曲は完成し、スタジオからそのまま登校したわたしたちのテストの結果は...もちろん散々だった...
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