〈来蘭side〉
窓の外の陽の光を、ほんのりと瞼に感じて、わたしは目を覚ました。
見慣れない部屋とベッド...
ここ何処?...
ベッドから降りて、部屋を出る...
「来蘭、起きたの?」
耳に入ってきた加奈の声
加奈の姿を探す...
加奈はキッチンに居た。
わたしはだまって加奈に抱きついて言った
「1人にしないで...」
「1人になんかしないよ...
目が覚めたら1人だったから不安にさせちゃったね...ごめん...」
そう言って加奈はわたしの髪を優しく撫でた...
「加奈に髪触られるのスキ...」
加奈は何も言わずに、ふふふと笑った...
「あたしシャワー浴びるけど、来蘭も一緒に入る?」
なんて加奈が誘う...
返事に困っていると
「冗談だよ、バカ...青木に怒られるわ!」
そう言って加奈は笑った。
別に加奈となら一緒にお風呂入れるもん...
パタンとバスルームの扉が閉まる音がして、シャワーの音が聞こえ出した。
朝食...なんかあるかな...
冷蔵庫を開けてみる。
卵と牛乳と、食パン...
バターはないけど、マーガリンでいっか!
わたしは朝食作りを始めた。
ほどなくシャワー音が止まり、バスルームから加奈が出てきた。
「いい匂いー」
バスタオルで髪を拭きながら、キッチンに立つわたしの後ろに立つ加奈
背が高い加奈を、振り返りながら見上げると、加奈がちょっと困ったように顔を赤くして、わたしから離れた...
なに...
なんかわたしまで顔が熱くなってきた...
「フレンチトースト焼いたの、加奈嫌いじゃなきゃいいんだけど...」
「フレンチトースト大好きだよ!」
「よかった!今焼けるからね!」
2人でひと皿のフレンチトーストを、分け合って食べた。
なんだかとても幸せだった。
「片付けはあたしがするから、来蘭も支度しな!その髪で行くの?」
そう言って加奈はたまらずに吹き出した。
そうだった...忘れてた...わたしの髪の毛は朝起きると爆発してることを...
「バスルーム借りるね...」
とぼとぼとバスルームに向かうわたしの後ろで、加奈はまだクスクスと笑っていた。
身支度をしてバスルームを出ると
「来蘭、支度出来た?ちょっとこっち来て座って」
わたしは言われるがまま、加奈の隣に座った。
「来蘭...まずはごめん...
来蘭が寝ている間に来蘭のスマホ開いた。
青木に明け方連絡して話しをした。
勝手なことしてごめん」
「そうちゃんに...?」
「来蘭、あんたは母親から逃れないとならない!あたしたちが大人なら、家を出ればいいだけのことだけど、悔しいけどあたしたちはまだ未成年だ...簡単なことではない...
さっきスマホ開いたら、母親から鬼のような着信があったよ...多分あの様子じゃ、学校に連絡してくると思う。今青木から着信あって、もう学校行って担任の長谷川に事情を話してくれたって言うから心配しなくていい。
色々勝手に動いてごめん。もしかしたら来蘭が望んでないことをあたしはしてるかもしれない...だとしてもほっとけない...来蘭の身体にそんな傷を、もう負わせるわけにはいかない!」
そう言って加奈は私に頭を下げた...
「加奈、頭を上げて...謝ったりしないで...私が眠っている間に色々考えてくれたんだね...ありがとう...
わたしも、あの家は出るべきだとは思っていた...でも加奈の言うように、わたしはまだ高校生だから、少なくとも卒業するまでは、衣食住、学費は親に頼るしかないから、我慢するつもりでいたんだ。でも、出れる方法があるのなら出たい...もうあの家には帰りたくない...」
「わかった。
来蘭の気持ち聞けてよかった。
来蘭、父親にこのことは話したことあるの?」
「パパは知らないよ...パパはわたしのこともママのことも興味はないの...ママの寂しさもわたし分かるから、だからわたしがママを受け止めることで、少しでも寂しさが埋まるならと思ってたの...
〈来蘭だけがママの宝物〉〈来蘭さえ居ればママは生きていける〉それがママの口ぐせだった...
中学卒業した時に、家出も考えたよ...でも出来なかった...多分、わたしが居なくなったらママがダメになるって思ったから...」
「来蘭...そんなに小さな身体で、いっぱい背負って...」
そう言って加奈はわたしを抱きしめた。
「とにかくまずは学校へ行こう。青木も心配してる...」
加奈と学校へ向かうバスの中で、そうちゃんのことを想った...
わたしの家庭が、こんな問題を抱えてるなんて思ってもみなかっただろうな...
バスを降り、学校に向かう道を加奈と一緒に歩いていると、ずっと先の方に、こちらに向かって歩いてくる背の高い男子のシルエット...
「そうちゃん!」
声が届いたそうちゃんが、走り出した。
わたしもたまらずに走り出す。
そうちゃんが腕を広げて、わたしはその胸に飛び込んだ。
「来蘭...早く抱きしめたかった」
「はいはい、ほらお2人さん、全生徒の注目の的ですよ?教室行くよ!ほら!」
加奈に促されて、渋々そうちゃんが離してくれて、3人で教室へ向かった。
そうちゃんの手に、わたしの手はしっかりと握られていて、靴を履き替える時も、離してはくれなかった。
「井澤ごめん、ちょっとだけ来蘭と2人にさせて...」
そう言ってそうちゃんは、わたしを屋上に連れてった。
屋上に着くと、扉が閉まりきる前にそうちゃんはわたしを抱きしめた。
「気がついてやれなくてごめんな...大丈夫だからな、俺、来蘭のこと守るから...」
「そうちゃん..,心配かけちゃったね、ごめんね...」
「長谷川先生も力になってくれるって言うから、これからどうするか一緒に考えよう?な?」
そうちゃんの腕の中で、わたしはコクリと頷いた。
「教室戻って、井澤とも話し合おう」
そうちゃんと一緒に教室に戻ると、加奈は静かにわたしの後ろの席に座っていた。
教室のドアが開き、ドアのすぐ横の席に座るわたしを担任の長谷川先生が呼んだ
「赤井、だいたいのことは青木から聞いた。これからのこと話そう。一緒に来なさい。」
「はい」
そうちゃんも一緒に行こうとしたが、先生に制された。
わたしは保健室へと連れていかれ、女性である保健の先生に、身体にある痣を確認された...
惨めで涙が出た...
担任と、保健の先生と、わたしの三者で話し合いがなされた。
「赤井はどうしたい?先生たちはそれを尊重したいと思ってる。」
「わたしは...出来ることなら、あの家を出たいです。
でも、これからもこの学校に卒業まで通いたいのです。それには、今の状況に我慢するしかないと思ってました...
だけど、この状況を脱する方法がもしあるのなら、力を貸して頂きたいです。」
そう言って私は頭を下げた。
先生たちからの提案としては、父親がこの状況を知らないのだとするなら、まずは父親に学校側から話しをしてくれるということになった。
父親に電話など、あまりしたことはなかったが、わたしのスマホから先生が電話をしてくれた...
きっと仕事中だろうし、わたしの番号から着信あったとしても出ないだろうな...
保健室の窓から見える空をぼんやりと見ていた...
案の定、何度かかけたようだが、父親は出なかったようだ。
かけ直してくる可能性もあるだろうと、担任にスマホを預けて、ひとまず教室に戻るようにと言われた。
授業中の学校はしんと静まり返って、不思議な空間に感じた。この校舎内には、沢山の人間が居るはずなのに、誰も居ない廊下を歩いていると、自分がたった一人のような気持ちになった。
自分の教室に向かう気にはとてもなれず、無意識に向かった先は、部室である第2音楽室だった。
重い防音扉をそーっと開けて、中の様子を伺う...
この時間音楽の授業はないようだ。
なんでここに足が向いたんだろ...
あぁそうか...いつもここに来れば廣瀬先輩がわしゃわしゃしてくれるからか...
そんなことを思って、ちょっと笑った。
誰も居ない音楽室のピアノの前に座わり、人差し指を鍵盤に置く...
もうずっとピアノなんて弾いてないな...
ふっと降りてきたのは、優輝くんのあの曲だった。
片手でメロディを弾いてみる...
気がつくと、わたしは声を出して歌っていた。
物悲しくて、救いようのないような始まりだけど、少しずつ暗闇から光を見出してゆくような強さを感じる、そんな曲だった。
それに見合う詞を付けて、歌ってみたいと強く思った。
授業終わりのチャイムが鳴り、我に返る...
教室に戻ろう...
足取り重く教室に向かっていると、廊下を走るそうちゃんの姿...
「そうちゃん!」
「来蘭!お前どこ行ってたんだよ...
父親に、連絡付いたみたいだ。一緒に職員室行こう!」
職員室では、長谷川先生がわたしを待っていた。
「赤井!お父さんに連絡ついたぞ。先生の方から状況を話させてもらった。これから学校の方に来てくれることになった。昼までには来てくださるそうだ。一緒によく話し合おう」
「はい、ありがとうございます」
そうちゃんと教室へ戻ると、加奈が待っていた。
「青木、来蘭、次の授業自習だから、ちょっと場所移して話そう」
加奈が最近見つけて、昼寝によく使ってるという陽当たりのいい資料庫に、3人でこっそりと入った。
「それで、父親に連絡付いたの?」
加奈が聞く
「うん、連絡ついて、今学校に向かってるみたい。昼までには着きそうだって」
とわたしは答えた。
「父親に、今後来蘭がどうしたいかをまずは伝えるべきだと思うんだけど、来蘭はどうしたい?」
という加奈に
「わたしの願いは...ママから離れられる方法があるのなら、離れたい...
でもそれよりもわたしは、普通の高校生活をこの学校で送りたい」
「3年間の学費と、住む所の家賃と、生活費を父親に出すように交渉するべきだと俺は思う」
加奈も頷く。
「青木、昨日来蘭を泊めることが出来たのは、あたしが一人暮らしをしているからなんだ。
これは提案なんだけど、あたしが暮らす部屋で来蘭とルームシェアって形で一緒に暮らすことを許してくれないかな?
家賃の半分をきちんと来蘭の父親に提示して貰うようにして、それは生活費にあてて、それとは別に生活費を要求すれば、卒業するまでに少しお金貯められるだろ?
多分青木は、あたしと来蘭が暮らすのは許し難いかもしれないけれど、お前達がいくら付き合ってるからって、高校生である以上青木と来蘭が一緒に暮らすのは難しいのだから、ここは我慢して...」
「加奈...そんな...いいの?」
「あたしは構わない。むしろそうして欲しいから提案してるんだから...」
そうちゃんは黙って考え込んでいた。
「うちは親父と俺の2人だし、うちに来いって言うつもりでいたけど、普通に考えて、来蘭の父親は、そんなのは許さないよな...
井澤とルームシェアという提案のが、首を縦に振ってくれるだろうな。
学校側も巻き込んだ話しにした以上、その方法が1番いいと思う、うん。」
「ありがとう青木!
来蘭の父親が来る前に、長谷川先生に伝えに行こう!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!