〈奏太side〉
9時に来蘭と待ち合わせをしていた。
今日は廣瀬先輩に楽器屋に連れて行ってもらうんだが、少しでも来蘭と2人きりになれる時間が欲しくて、来蘭とこの駅で待ち合わせしてから一緒に行くことにした。
なんかあれだな、初デートみたいだな。
私服で初めて会うしな...
来蘭どんな格好で来るかな...
俺の格好、変じゃないかな...
ホームで来蘭が来るのを待ってた。
上りの電車がホームに入ってきた。
この電車に乗ってるかな...
来蘭ちっちゃいからなぁ
たぶん155センチあるかないかくらいだろうなぁ
たぶん俺また伸びた感じするから185センチくらいに到達しただろうか
ってことは30センチ差!?
そうだよなぁ、あいついっつも俺を見上げてるもんなぁ...まぁそれがかわいいんだけどな...
あ、あれ来蘭かな...
人に埋もれながら降りてくる来蘭らしき女の子の姿が見えた。
やばい、来蘭の格好めちゃくちゃかわいい...
「そうちゃん!お待たせ!」
「かわいい...すごいかわいい...」
「えっ?...ありがと...」
ポッと赤くなる来蘭を前に、俺も顔が熱くなって、思わず腕で顔を覆った。
来蘭は、小花柄の膝丈ワンピースにライダースを羽織り、ドクターマーチンのブーツを履き、いつも束ねてる髪は下ろして、猫っ毛で柔らかいくせっ毛を生かしたゆるふわセミロングの髪が風に揺れていた。
「ベース買いに行くんだもん、ちょっとバンドガールな感じにしてみたんだけど...大丈夫かな...」
「大丈夫もなにも、すげー似合ってるし、すげーかわいい...ってゆーか、他の奴らに見せたくないくらいかわいい」
と言って両手で顔を覆った。
「あー、廣瀬先輩と陽介に見せたくねーなー」
って言ったら、来蘭に笑われた。
ほどなくやってきた上りの電車に来蘭と2人で乗り込んだ。
ちょうど2人掛けの椅子が空いてたから、2人で腰掛けた。
来蘭の手をそっと握って、俺のひざに乗せた。
「ちっちゃい手だなぁ...」
思わずつぶやいた俺に
「そんなことないもん」
って来蘭が子供みたいに言うから、お互いの手と手を合わしてみたら、思った以上に来蘭の手は小さくて、胸の奥がキュンとして、その小さな手をぎゅうっと強く握り締めてしまった。
「そうちゃんの手は大きくてあったかいね」
そう言って来蘭は笑った。
降り注ぐ春の日差しが、2人の背中を照らしてぽかぽかあったかくて、うとうとし始めた来蘭が、俺の右肩に頭を乗せてきた。
その重みがたまらなく愛おしくて
「いいよ、ちょっと寝な来蘭」
って言ったら
「うん...」
ってかわいい声がして、スースーと寝息が聞こえてきた。
肩を動かさないように、そっと覗いたら、あんまりかわいい寝顔をしていたから、思わずチュっと唇に触れてしまった...
来蘭は気が付かずに、寝息をたててる。
ずっとこのまま着かなきゃいいのにな...なんて思いながら俺も重くなった瞼を閉じた。
あれ...ここどこだ?
なんだか全然見慣れない景色が流れていた...
やばい、これ寝過ごしたなー
「次は赤羽ー赤羽ー」
電車は、俺たちの降りるべき東京駅をすっかり通り越していた。
来蘭はまだ寝てる...
「来蘭...やっちゃったわ、俺も寝ちゃって乗り過ごしたわ...」
俺の声掛けに、やっと来蘭が目を覚ました。
寝ぼけてる来蘭かわいい。
「どこ?ここ?」
「次は赤羽らしいよ」
「赤羽っ?」
と声に出すと、コロコロと笑い出した。
慌てたり、寝ちゃった俺を責めたりすることもなく笑ってる来蘭に釣られて俺も一緒になって笑った。
不測の事態だっていうのに笑っちゃう、来蘭のこうゆうとこ、好きだなって思った。
赤羽で降りて、反対の電車に乗り換えて、東京駅まで戻り、中央線で御茶ノ水へと向かった。幸い待ち合わせの時間前に着いた。
「10時半か...なんか飲むか?来蘭」
改札口を出たところにあったコーヒーショップで時間を潰すことにした。
「来蘭なににする?いちごみるくはさすがにないよ?」
って自分で言っといて、たまらずに吹き出したら、来蘭が上目遣いで睨んでた。
「にがーいブラックコーヒー買ってやろうか?ん?」
っていじわるを言ったら
「コーヒー飲めないもん...」
下向いて小さい声で言ってるから、おかしくて反対側を向いて腕で口を覆った。
横で来蘭は俺のパーカーの裾を引っ張って、ぶーたれてる...
「ごめんごめん」
頭をよしよししながら
「ピーチティーでいい?」
って顔を覗き込んだら、満面の笑みで
「うん」
だって...ちょっともぅこのままどっか連れ込みたい!健康な男子高校生の性欲をなめんなよ!
小さくため息をついて来蘭を見ると、来蘭が財布を出してる
「コラ!こうゆう時はだまって甘えとくんだよって教えたろ?」
「でも...」
「はい、ほら、奥行って座るとこみつけといて!」
って言ったら、嬉しそうに頷いて奥に歩いてった。
「あぁもう、かわいすぎる...」
って思わず呟いてしまったら、俺の前に並んでいたイケメンお兄さんがクスッと笑いながら振り向いて
「確かにかわいかったね、彼女ちゃん」
と言われて
「そうなんですよ、なんなんすかねあれ...」
調子に乗って惚気けてしまった。
「ここで君たちの会話聞いてて、微笑ましかったよ」
なんて言われて、ちょっと照れた。
タピオカ入りのピーチティがあったから、それを買ってやったら、めちゃくちゃ喜んで、タピオカみたいな瞳をしながら来蘭は嬉しそうにもきゅもきゅしながら飲んでいた。
すると、見覚えのある顔が近づいてきた
「あ、廣瀬先輩!」
「おー!お前らもう着いてたのかー!」
来蘭の頭をいつものようにわしゃわしゃしてる。
「なんだ来蘭!その格好は!んなかわいい格好してきたのか!え?」
溺愛パパみたいなこと言ってるけど、ごもっともです!廣瀬先輩っ!!
「あ、陽介も着いたみたいだ!行こっ!」
最後のひとつぶのタピオカが吸えなくて悲しそうな顔をした来蘭に激萌えだったが、ぐっと堪えて店を後にした。
改札口に俺たちを待つ陽介を見つけ、合流して楽器屋に向かった。
「ベースの専門の店があるんだ。俺そこで何本かベース買ってて、店長よく知ってるから、安くしてくれるように交渉してやるから任しとけ来蘭!」
沢山の楽器屋が軒を連ねる通りを進み、2つ目の角を曲がり、路地に入ると、〈ベース専門〉の看板が目に入ってきた。
廣瀬先輩を先頭に、4人で店に入ると、店長らしき人が店の奥から出てきた。
「おー!廣瀬じゃん!久しぶりだなー!」
「林さん!お久しぶりです!」
廣瀬先輩と店長さんが挨拶を交わす中、来蘭はワクワクした顔してベースを見ていた。
「今日は俺んじゃなくて、コイツのベース買いに来たんですよ」
と来蘭に手招きをする。
「あ!さっきのかわいい彼女ちゃんに、ベタ惚れ彼氏クン!」
それはさっきのコーヒーショップのレジで、声をかけてくれたイケメンお兄さんだった。
「え?お前ら知り合いなの?」
廣瀬先輩がびっくりしてる。
「さっき駅前のコーヒーショップでレジ待ちしてる時にね、この2人が俺の後ろで微笑ましい会話をしてたんだよ」
と、優しい笑顔で言った。
「で?このかわいい彼女がベースを欲しがってるの?」
と林店長
「見ての通りコイツ小柄だからさ、GibsonのSGベースがいいんじゃないかと思うんだけど、程度のいいやつあるかな?」
廣瀬先輩は言う
「なるほどね、あれはショートスケールだから、小柄なこの子には扱いやすいかもね」
と会話する2人をよそに、来蘭は店内にあるベースを、1本1本見て歩いていた。
ふと立ち止まると
「これ!廣瀬先輩と同じやつだ!」
「おー!よく分かったなー来蘭ー!そうだよ、それは俺の使ってるGibsonのサンダーバードだよ!」
「サンダーバード!かっこいいね!」
そんなこと言ったもんだから、廣瀬先輩は上機嫌
「サンダーバードはな、ロングスケールって言ってな、竿が長いんだよ。だから来蘭には扱いにくいかなと思うんだ。最初に弾くのが、弾きにくいやつじゃ上達しないだろうからな、サンダーバードはよしておけ来蘭」
来蘭はちょっと残念そうな顔をしたが、納得して頷いた。
すると奥から林店長が、ハードケースに入ったベースを持って出てきた。
「こちらへどうぞ、かわいいバンドガールちゃん」
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