一目惚れから始まった俺のアオハルは全部キミだった

キミと駆け抜けたアオハルDays
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歌姫 来週2

公開日時: 2021年5月31日(月) 01:00
文字数:2,932

火照った顔を手で扇いでいると、入口が開いて優輝くんが入って来た。

走って来たようで、息を切らしている。

「お!早かったなー優輝ー」

「居てもたってもいられなくて、先輩たちに頭下げて走ってきた!

来蘭ちゃんに内緒で練習してきたのを早く聞かせたいし、来蘭ちゃんのベースと歌が合わさったのも早く聞きたくて!」

もう優輝くんは興奮MAXだ。

「ち、ちょっと待って!

少し練習させてー!」

半べそになって叫んだ。

我に返る3人

「ごめん来蘭ちゃん、先走りすぎた」

慌てて謝る優輝くん

「じゃあまずは俺たち3人の演奏披露しちゃう?」

陽介くんがおどける

よし!と、3人はセッティングを始めた。

陽介くんはどんな音を出すのだろう...

優輝くんはどんなアレンジを施したのだろう...

そして、そうちゃんはどんなドラムを叩くのだろう...期待に胸が踊った。

曲が始まる。

歪んだギターの不協和音

救いようのない世界観

あの優輝くんのデモを初めて聞いた時の衝撃が蘇る。

逃げ場はなく、安らぎもない

世界は暗闇

やけにディレイのエフェクトをかけたビアノの音が、地下に滴る水滴の音のようで心地がいい

ミディアムテンポを刻むハイハット

ドラムが曲調の変化を合図する

ギターの音色がクリーンになり、ストリングスが広がりを表現する

テンポの緩急、音の緩急、すべてをドラムが掌握していた。

最後のシンプルなピアノがまた、感情を揺さぶる。最後の1音まで素晴らしかった。


自分でも気が付かないうちにとめどなく涙が流れていた...

こんなに音楽で心が揺さぶられたのは初めてだった。

それと同時に、ベースを乗せて歌いたい衝動に駆られ、無言でベースを持った。

そんなわたしの様子に優輝くんが慌ててマイクを繋ぎ、わたしの前に置いた。

わたしの中の本当のわたしが目を覚ます...

わたしの世界に救いなんてない

あるのは暗闇だけ

浴びせられるのは罵倒と蔑んだ視線

希望を持つことすら忘れたわ

心も身体も軋むばかりで

痛みすらも快楽になる

月夜にひとりぼっちの部屋で

両腕で強く自分を抱きしめる

ねぇ神様

導く声を聴かせて

愛されたいと願ってもいいの?

抱きしめてと願ってもいいの?

だれかわたしを見つけて...

わたしの世界に光が差して

差し出された君の手

握り返すのはまだ怖くて躊躇する

わたしを優しく包む温もり

少し翳(かげ)のある君の瞳が

どこか似ているんだよね

月夜にふたりぼっちの部屋で

冷えきった身体寄せ合って眠るの

ねぇ神様

どうか光を照らして

愛されたいと願ってもいいの?

抱きしめてと願ってもいいの?

わたしを離さないでいて...


完全にトリップした...

こんな感覚は初めてだった...

そうちゃんのドラミングは本当に心地よくて、ベースとバスドラムは完全に一心同体で、溶け合うようだった。

陽介くんの歪んだ奥行きのあるギターは、ダークな世界観を表現しながらも華があったし、優輝くんの悲しげで寂しげなピアノは圧巻だった。

しかしながら、それらをわたしの歌が完全に引っ張った実感があった。

4人共みな、放心状態だった...

頬を伝った涙に、それぞれが気がつくのは、少し経ってからだった。

「すごい詞だな...」

まず口を開いたのは優輝くんだった。

「来蘭ちゃんのことだから、すごいのを乗せて来るだろうとは思っていたけど、遥か上を行かれたな...」

そう言って笑い出した。

「完全になんかが降りてきたでしょ来蘭ちゃん?」

陽介くんも優輝くんにつられて笑う

「来蘭の歌に引き込まれたよ...ほんともう笑うしかないくらいすごかった」

そうちゃんもそう言って呆れたように笑ってる

「すごい曲ができちゃったな...ってか今のテイク、一発録りで録りたかったー」

頭を抱える優輝くん

「いやいや、この曲はまだまだこれからもっと化けるよ」

ギラギラした目をして陽介くんが言う

「そうだな、今のテイクはただもう来蘭に引っ張られるままにだったから、細かいとこ合わせて行こう!」

と言うそうちゃんの発言に、それぞれが冷静になってくる。

やっぱりそうちゃんは、ここでもリーダーシップを発揮する。

「そうちゃんここでもキャプテンだね」

ってわたしが言うと

「おいしいとこはいつも奏太が持ってくよなぁ」

と、不満顔で言う優輝くんに陽介くんが

「ばーか、俺なんか物心ついた時からずっと、奏太になんでも持ってかれる人生なんだぞ?」

なんて言う

「陽介お前、人聞きの悪いこと言うなよー!」

そうちゃんが反論する

「好きな子、おいしいとこ、いっつも奏太がかっさらってくんだよなぁー、まぁそれももう慣れたけどな」

って笑う陽介くんに優輝くんが近寄り、心から労うように肩を叩き、バーカウンターを指差して

「飲むか...」

とか寸劇してる姿に、私は笑い転げた。


バーカウンターの後ろの冷蔵庫から、瓶のジンジャーエールを4本取り出してきた陽介くん

「俺たちの記念すべき初楽曲が出来上がったのを祝して!」

「乾杯!!!!」

ゴク、ゴク、ゴク、ゴク...

「ウィルキンソンのドライジンジャーエール美味い!」

そうちゃんがビール飲んだオヤジみたいなことを言う

わたしは...

「これ辛いぃー!」

涙目になったわたしに、慌てるそうちゃん

「辛かったか!来蘭には辛かったな」

ソファ横の冷蔵庫から、わたしの大好きな“いちごみるく”を取り出して持って来てくれた。

「甘いな...」

「うん、あれは甘い」

「“ いちごみるく”なだけにね」

「あまーーーい!!」

優輝くんと陽介くんが、またコントやってる。

あの2人、いつの間にあんなに息ぴったりになったんだろ。

バーカウンターでわちゃわちゃしてる陽介くんと優輝くんから離れて、そうちゃんと2人で並んでソファに座った。

「辛いの直った?だいじょぶ?」

心配した顔して、顔を覗き込むそうちゃん

コクっと頷いたわたしの頭を撫でる...

「あんな辛いジンジャーエール初めて飲んだ...」

って言ったら、そうちゃんは笑って

「あれはお酒と一緒に割ることが多い、大人のジンジャーエールなんだよ」

お酒と割るやつと聞いて納得。

あれを美味い!とか言うそうちゃんが、なんだかすごく大人に見えた。

「ねぇそうちゃん...

さっきマイクスタンドを前にベースを抱えて歌い始める時にね、背中にそうちゃんの眼差しを感じてね、あぁ、そうちゃんが後ろに居てくれるんだって思ったら、すごい安心したんだ。

その時思ったの、私に翼を与えてくれるのは、いつだってそうちゃんだなって...」

肩に回されたそうちゃんの手が、髪を優しく撫でる

「来蘭の歌声は、これからいろんな人の心を動かして行くんだろうな...

その翼で、来蘭は遠くに飛んでいってしまうのかな...って、少し怖くなる時もあるよ...」

そう言ってそうちゃんは寂しげに笑った。

「そうちゃんが居なきゃわたしは飛べないよ...

そうちゃんが居るから わたしは飛べるんだよ

そんな顔しないで...」

それでも尚こちらを向こうとしないそうちゃんの右頬に手を添えて、こちらに顔を向かせ、唇を奪った...

いつの間にかバーカウンターには、優輝くんと陽介くん以外の知らない顔がいくつかあって、みんなが固唾を呑んでわたしたちを見ていたようで、kissした瞬間にヒューヒューと冷やかしの口笛が聞こえてきて、我に返った...

あぁもう、穴があったら入りたい......







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