パパは思ったより早く学校に着いた。
わたしになんて興味がない人だと思っていたから意外だった。
長谷川先生の方から、今のわたしの状況をパパに話してもらった。
パパは、わたしがママから暴力を振るわれているとは夢にも思わなかったそうだ...
身体のあちこちに残った痣を、初めてパパに見せた...手を上げられるのは、幼少期からだったことも、初めて話した。ずっと言えなかったのは、ママに手を上げられるのは、わたしが悪い子だからだと思っていたからだったことも、初めて話した。
パパは、気がついてやれなくて申し訳なかったと、涙を流して謝ってくれた...
そして、今後の話しになり、わたしはさっき加奈とそうちゃんと話したことをパパに伝えた。全面的にパパは了解してくれて、わたしは加奈とルームシェアをして暮らしながら、高校生活を送れることになった。
後は心配なのは、ママのこと...
わたしに手を上げてはいたけれど、それはわたしが憎くてそうしていたわけではなかったことは、わたしの存在がなければ生きていけないと、言葉でも縛りつけられていたから、よく分かっていた...
こんな風にママから突然離れることになることを、ママは受け入れられるのかがとても不安だった...
当面の生活費として、いくらか受け取り、必要な荷物については、加奈のマンションに送ってもらうことになった。
話し合いが終わると、パパは帰って行った。
周りのみんなのおかげで、すべてが良い方向にまとまったはずなんだけれど、パパの後ろ姿を見送りながら、涙が溢れてきて止まらなくなった。そのまま泣き崩れて、その後の記憶はない...
〈奏太side〉
授業になんか身が入るわけがなかった...
お揃いのスヌーピーのシャープペンシルと、来蘭の居ない隣の席を交互に見てはため息をついた...
来蘭の父親との話し合いには、もちろん俺は同席は許されなかったが、ずっと応接室の前で井澤と一緒に待っていた。
井澤は、今後の生活の話しになった時に、ルームシェアの相手として中に呼ばれて入って行った。
話し合いが終わり、出てきた時の来蘭の顔は青白く、立っているのがやっとの様子だった...
帰って行く父親を見送り、父親の姿が見えなくなった後、堰を切ったように来蘭は泣き出し、意識を失った...
俺はすぐに来蘭を抱き上げて、保健室へと連れて行った。
ずっと付いていてやりたかったが、授業に戻りなさいと保健の先生に促され、教室に戻ってきた...
一緒に教室に戻ってきた井澤が、斜め後ろから紙くずを投げてくる
「しっかりしろ!バカ!」
「分かってるわ!ボケ!」
これから来蘭は、1人で生きていかなきゃならない状況に置かれたんだ...
きっと計り知れない不安と孤独に押し潰されそうになるのを、父親の姿が見えなくなるまで必死で堪えていたんだろう...
目が覚めた時に、側にいてやりたいな...
授業が終わると、俺は保健室に走った。
保健室の前で息を整えて、静かにドアを開く。
デスクで、物書きをしていた先生が顔を上げる
「まだ寝てるわよ...」
「ありがとうございます」
と軽く頭を下げてから、陽の当たるベッドに横たわる来蘭の側へ歩を進めた。
小さな寝息をたてて眠る来蘭は、まるで無垢な少女のようで、白い肌が午後の陽射しに解けて、息を呑むほどに美しかった。
眠りながら泣いていたのだろうか、まつ毛がキラリと光った。
ふわふわの髪をそっと撫でる...
〈大丈夫、俺は此処にいるよ〉
と声には出さずに伝えた...
保健の先生は、職員室へ用があると言って、出ていった。気を使ってくれたのかな...
少し風に当たろうと、そっと窓を開けた。
春の埃っぽい強い南風が、びゅうと入り込み、薄いカーテンが大きく揺れた。
「風強いんだな...」
そう呟いて、開けた窓を閉めようと手を添えると同時に、ふわりと来蘭の香りが鼻先をかすめる...背中にトスんと衝撃...腰にぎゅうと回される手...
すぐに振り返ることが出来なかったのは、風と一緒に運ばれた砂ぼこりが目に入ったからってことにしてもいいかな...
「そうちゃん...」
「......」
「こっち向いて...」
「ムリ..,」
「どして?」
「どうしても...」
「ねぇって...」
あぁもう、くそっ!
振り向きざまに、ベッド座って俺を見上げる来蘭の顔に両手を添えて、何度も何度も唇を貪った...
そのまま折れそうなくらい、強く強く抱きしめた...こうして抱きしめることで、俺の感情が来蘭に流れ込んでくれないかと、そんなことを思うくらい、どうにもならないほどの想いがそこにあった。
「そうちゃん、わたし1人で生きてくしかなくなっちゃった...」
涙声で来蘭が言う
「...1人じゃないよ来蘭...2人で生きていこう」
「そうちゃん、それプロポーズみたい...」
来蘭はそう言って少し笑った。
「プロポーズだよ...
ちゃんとしたやつは、俺が自分で稼げるようになったらもう一度ちゃんとするけど、もう俺、来蘭しか考えられないんだ」
「そうちゃん...」
「これから2人で生きてくためにどうするべきか、一緒に考えよう?」
来蘭は、大粒の涙を流しながら、大きく首を縦に振った。
「いいか来蘭!学費はちゃんと親父さんが出してくれるって約束してくれたんだ!もう腹くくって、今しか出来ないことをしよう?」
「そうだよね、1日も無駄にしたくない!」
そう言って来蘭は、とても強い目をした。
その目の奥に計り知れない未来を見た気がした。
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