〈来蘭side〉
文化祭は大成功に終わり、先輩たち『Jaguar』も、わたしたち『Re Light』も、コロラドミュージックと契約となった。
先輩たちは即デビューレベルの実力と、年が明ければ卒業ということもあり、もうデビューは秒読みのようだ。
わたしたち『Re Light』も、すぐにでもデビューを!との話しも持ち上がったのだが、学業も大切とのことで、デビューは高校卒業を待ってということになり、それまではまだまだ未熟な歌唱力、演奏力をアップさせるため、瀬名さん厳選のミュージシャンたちのレッスンを受けつつ、ライブの場数も踏みながら、バンドそのもののレベルを上げて行くことになった。
12月に入り、一気にクリスマスムードに染まり始めた賑やかな街並みを後目に、わたしは治安の悪い裏通りを抜け、インディーズバンドのフライヤーがベタベタと貼られている薄暗い階段を降りていた。
右手が不自由になり、出来る仕事が少なくなってしまったにもかかわらず、大森さんはわたしをライブハウス『LA.LA.LA.』で、変わらずバイトをさせてくれていた。
今日のライブがすべて無事に終わり、フロアの清掃も済んで、まとめたゴミを裏口からゴミ置き場に運んでいた。
ゴミ袋をゴミ置き場に放り投げ、フロアに戻ろうとしたその時だった
「痛ってー」
ゴミ置き場から声がした。
驚いて振り返り暗闇に目を凝らすと、ゴミの中でうごめく人の影...
慌ててゴミを掻き分けると、怪我をして血だらけの男が姿を表した。
「きゃあ!!どうしたの?!血だらけじゃない!大丈夫?」
「大丈夫だ、大したことないから騒ぐな」
「とにかく怪我の手当てをしないと!」
嫌がる彼をゴミの中から引っ張り出し、もう他のスタッフが帰って誰も居なくなったライブハウスに連れてきた。
どこから出血しているのか分からないから、とにかくあちこちジャージャーと洗い流した。
ライブ中に怪我人が出ることも多々あるので、救急箱は常備してある。その救急箱を取ろうと手を伸ばすが、高い場所にあってなかなか届かない。
「ほら、どけ」
そう言って、スっと後ろから手が伸びて救急箱を取ってくれた。
「あ、ありがと...」
救急箱から消毒薬を取り出し、出血部位をひとつづつ消毒して行く。
痛いの、滲みるの、ギャーギャー騒いでるが構わずに黙々と作業するわたしに、少し遠慮しながら彼が聞いてきた
「お前...その右手...」
「動かない」
「右手が不自由...ってこと?」
と聞く彼に
「そうよ」
事もなさげに、わたしは言った。
わたしは消毒の手を止めて、右手のシャツをまくり上げて傷を見せた。
「あのステージで歌っている時に、フロアから飛び込んできた人に切り付けられて、血管と神経が断裂したの。それきりこの傷から下は動かない。」
「そう...なのか...
お前...すごいな...」
「すごい?なにが?」
「事もなさげに言うからさ...」
「もう完全に〈それ〉を受け入れてしまったから、わたしにとってはもうなんでもないこと。
それで?あなたはどうしてこんなに傷だらけなの?」
一瞬面倒くさそうに、喋りたくなさそうな顔をしたが、彼は話し出した
「チンピラみたいなヤツらが4、5人で、寄ってたかって風俗の女みてぇなのを裏でボコボコにしてたんだよ...やれると思ったんだけどな...かっこ悪りぃ...」
「カッコ悪くなんかないよ!それは、カッコ悪くなんかない!」
「俺がボコられてる間にその女、サッサと逃げちまってこの有り様だぜ?カッコ悪りぃよ...」
そう言って彼は、フッと笑った。
右目の上の傷が一番深くて、なかなか血が止まらず、ガーゼで圧迫止血をしていた。血が止まったか、様子を見るためにガーゼを外した時、わたしは気がついてしまった。
不自然にわたしの手が止まったのを彼は見逃さなかった。
一瞬、彼はフッと笑い
「...見えてないよ。右目は見えてない。」
彼も、事もないよとばかりにそう言った。
「随分事もなさげに言うんだね」
〈あえて〉わたしの真似をした彼は、返事をする代わりに笑った。
「俺は蓮(れん)、お前は?」
「わたしは来蘭(らら)」
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〈右側〉というものを無くした者同士、出会ってしまった瞬間だった。
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