「貴様が世界を征服すれば。誰も貴様を殺せなくなる。実に簡単なロジックだ」
そうですね。簡単ですね。
実現するのが絶対不可能レベルに簡単じゃないのを除けばね!
やっぱすごいな、サード様。
私、ここまでの「言うは易し、行なうは難し」は未だかつて見たことないモン!
「不服そうだな」
「だって、無理じゃないですか……」
こちらを見るサードに、私は我ながらげっそりした調子で返す。
「私、体は公爵令嬢ですけど中身はただの一般女子高生なんですよ?」
「だが貴様はすでにパーティー会場とやらで一度、啖呵を切ったのだろう」
まぁ、それはそうだけど、アレはとにかく生き残るのに必死だったからで――、
「ならば、それを実現するだけだ。十分可能だな」
「アレを一生やり続けろと!!?」
アレ、胃の中で胃液が大渦巻きそうなくらいぐわわーってなったんですけど!?
「不服そうだな」
「だって、無理じゃないですか!」
私はサード様みたいな悪の組織の最強戦士じゃないんですよ!
「いや、可能だ」
「そのサード様の根拠レスなクセにやけに力強い断言は何なんですか……」
言い方があまりに揺るぎなくて、私、思わず信じそうになっちゃう。
でもそれって、自我が弱い人が宗教にのめり込むパターンにも思えるんだよー!
「根拠ならばあるぞ」
「え?」
「貴様は世界を征服できる。その根拠があると言った」
私はさすがに耳を疑う。
彼と私、会って一時間も経ってないのに、一体どんな根拠があるっていうのか。
「貴様は俺を味方につけた。それが、俺にとっての何よりの根拠だ」
えええええええええええ、何それ……。
「完全にして最強にして唯一にして無二たる〈無欠の月〉を味方にするという史上最高難度の偉業をすでに成し遂げた以上、世界征服程度ができない理由などない」
「うわぁ……」
思わず声出しちゃった。
それを根拠と言い切っちゃうとか、やっぱサード様はサード様だなー、って。
本当にこの人、自分に疑いなんて持ってるのかな。
私、急に自信なくなってきたよ……。
ちなみに〈無欠の月〉というのは、ガンライザー本編でのサードの異名である。
これに対し、主役のセカンドは〈欠けた太陽〉と呼称された。
どちらも、元はステラ・マリスが育成、改造した星天騎士と呼ばれる存在だ。
「そもそも、サード様はどうして私に協力してくれる気になったんですか?」
アイディアを思いついたから、そのために私を利用する。とか言ってたけど。
「ああ、それか」
サードがフッと口元に薄い笑みを浮かべる。
それだけのことなのに、カッコイイほどサマになってるのは、さすがというか。
「愚物。貴様は言ったな。元の世界に戻る手段などありはしない、と」
「あ、はい。言いましたね。さっき……」
サードを説得するときに言ったなー。そんなこと。
でもそれこそ根拠がないワケじゃない。
召喚されたモノを帰す魔法なんて〈エトランゼ〉のどこにも記述がない。
本編にも、外伝にも、設定資料集にも、ファンディスクにも。だ。
だから、ありなしを問われれば、ない可能性の方が高い。と、私は思っている。
「ないなら開発すればいいのだ」
「はい?」
「貴様が世界征服を成し遂げた暁には、ステラ・マリスの規模も極めて大きなものとなっているはずだ。資金力、技術力、影響力、生産力、その全てにおいて。ならば新たな技術を開発するなど造作もないコト。実に簡単なロジックだ!」
だからそれ全然簡単じゃないから――――!?
何ていうか、発想そのものがすっごい大味。
しかも実現可能って信じて疑ってない辺り、本気で簡単だと思ってるっぽいし!
「つまり、貴様の世界征服はすでに俺のプランの中に組み込まれているのだ」
「勝手に組み込まないでください……」
うわぁん、本物のサード様、思ってたより天然ポンの気配が強いよぉ。
俳優の佐伯さんも天然キャラで売ってたけど、こっちは根っからくさいよー。
「だが愚物。仮に他の方法を取るにしても、どのような手がある?」
「う……」
いきなり突き刺された。
「重大犯罪者として手配されている以上、祖国には戻れまい。ましてや、今の貴様はほぼ身一つの有様。そんな貴様にできることは、一体何だ。何がある?」
問われても、私に返す言葉はない。
だって、何かできるならとっくにそれやってるし。
私だけじゃ何もできないってわかってるから、私はサードを召喚したのだ。
「どうやら、自覚はあるようだな」
「…………」
「だが、踏ん切りはつかないか。仕方のないヤツめ」
サードが軽く息をつく。
そして彼は、私に向かって指を突きつけてくる。
「教えてやろう。アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリームよ」
私をまっすぐに睨んで、ステラ・マリス最強戦士サードは言った。
「ステラ・マリスの首領として生きる以外、貴様に残された道はないのだ!」
「ううう……、はい」
不承不承ながらも、本当にそれしかなさそうなので私はうなずく。
そして私は、まだ影も形もない悪の秘密結社の大首領に就任することとなった。
――「嘘から出たまこと」って、あるんだなぁ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
鼻腔をくすぐる芳香に、私は目を覚ました。
「……あれ?」
何だろ、私、いつの間に寝てたんだろう。
記憶があいまいなまま、地面に寝転がっていた私は、ひとまず身を起こす。
「目が覚めたか」
パチリと爆ぜる焚火の前で、私に声をかける男の人がいる。
私はボーッとしながら、男の人を見る。
誰だっけ、この人。
何で焚火なんてしてるの。ここ、どこだっけ。えーっと……、
あ、いいにおい。
「おかあさん、ごはん……」
「俺はおかあさんではないぞ」
男の人に言われた。
あー、そーだ。おかあさんじゃなくてサード様だったー。
「…………サード様ァ!!?」
私は座ったまま飛び跳ねた。
おかげでまどろみの中にあった意識が一気に覚醒した。何がおかあさんだよ!
「愚物。随分と朝が弱いな、貴様」
「冷静に言わないでくださいぃぃぃぃぃ~~~~」
うああああああ、ちょー恥ずかしーんだけどぉぉぉぉぉぉ……。
「って、朝?」
サードの言葉に気づき、私は空を見上げる。
木々に覆われて周りはまだまだ暗いけど、空の暗さは幾分薄らいでいた。
夜が明けかけてる。本当に朝だー。
「いつの間に寝ちゃったんですか、私」
「俺と話している真っ最中だ」
会話の真っ最中て……
うええ、記憶が全然残ってない。緊張の糸、急に切れすぎだよぉ……。
確かにここに来るまで、ずっと緊張しっぱなしではあったけど。
「あの、私、変なこと言ってませんでしたか」
「変なことだと?」
「えっと、その、いびきとか、寝言とか……」
「ああ、フフ……」
あ、何か笑った。……え、笑った?
「私何言ったんですかァァァァァァ――――!!?」
いやァァァァ!
サード様に寝言聞かれるとか、もう首くくるしかないィィィィィィ!
「何と言われれば、あれは――」
「ああああああ、いいです! 答えないでいいです! 答えないでぇぇぇぇぇ!」
サードが答える前に、私はその場で耳を塞いで身を丸め、護身を完成させた。
その私の鼻先が、またしてもいい匂いを感じ取る。
何か美味しいものが焼ける、食欲を湧き起こさせる暴力的なまでの香り。
「朝飯だ」
サードが言って、私の横に何かを置いた。
地面に伏せていた顔を傾けて、私はそこに置かれたものをチラリと見る。
「わぁ……」
感動に声が漏れてしまった。
置かれたものが、信じがたいほどに『食事』だったからだ。
木の枝で組まれた膳の上にかなり大きな一枚の葉っぱ。
その上には、焼けたサイコロステーキと色の薄い草のサラダ、苺のような果実。
皿代わりの葉っぱの横には、木を削ったと思われるお箸までついている。
「フン、どうだ、完全だろう?」
「はひ……」
野宿での食事とは思えないメニューの数々に、私の目は釘付けになる。
材料も不明なのに、ものすごくおいしそう……。
「サラダに使っているのは野生の根菜と薬草だ。肉、果実、サラダ、いずれも毒がないのは確認済み。完全である俺は、家事全般も完全なのだ。フハハハハハハ!」
「たびていいでひゅか?」
「俺の話を右から左に流しおったな、貴様……」
顔をしかめたサードに「食え」と言われ、私はすごい勢いで箸を手に取った。
わーい、お肉ー! お野菜ー! くだものー!
「いただきまーす!」
空腹時は先に軽いものからとかいわれてるけど、そんなの知ったこっちゃない。
箸で真っ先に掴むは、当然、香ばしく焼けたサイコロステーキ!
私の目を覚まさせたのは、まさしくこのお肉が焼ける匂いであった。
だったらもう、食べるしかないじゃない。お肉を!
ステーキを思いっきり頬張り、全力で噛み締める。すると途端に肉汁が溢れ、
「げ、まっず」
え? え、何これ? え? すごいまずいんだけど?
焼きすぎとか、塩みが強いとか、雑味がどうとかいうレベルじゃない。
ただ、まずい。
どうしよう、私、こんな味知らない。このまずさを言語化できない!
「サ、サラダ……」
救いを求めて食べたサラダもまずかった。
何か、渋柿の渋さを濃縮した何かみたいな感じががががが、ぽぎゃあ。
「こっちの果物なら!」
一縷の望みに賭けてかじった果物もまずかった。
苦みと、辛みと、エグみと、青臭さとかが同時に押し寄せてくるゥ……。
見た目、いかにも甘み強そうなのに全然甘くないのは何なのよォ!?
何てことだろうか。この料理、あまりにも隙がない!
「――フ」
そしてサード。
この人、何でこの味で胸張って腕組んで勝ち誇れるんですか?
「どうだ、俺の調理は。完全な栄養バランスを実現しているだろう!」
「あ、あの、味の方は……?」
「何を言う。料理の用途は栄養補給だ。そこに味を求めるなど、不完全だ」
うあああああ、その完全さ、むしろお料理には邪魔なヤツゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!
「あの、でも、せっかくのお料理なんですから、おいしい方が……」
口の中に八大地獄が顕現しつつある私が、必死の思いで反論するも、
「俺は料理人ではない」
ぐうの音も出ない正論を返された。
食事を作ってもらった側の私は「ですよねー」って言うしかないよ、これ!
「日頃からの均整の取れた栄養摂取こそが、肉体の完全性を担保するのだ」
言って、サードもまた、私と同じメニューを食べ始める。
かくして完全に退路を断たれた私、目の前の『完全な食事』に目を落とす。
「……生きるのって、大変だァ」
目からハイライトを消して、私は渋味濃縮還元サラダを頬張った。
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