アンジャスティナ・マリス・ジオサイド・ヘルスクリーム、現在、土下座中。
「つまり――」
私がおでこを濡れた地面に押しつける先で、切り株に座る彼が言う。
「召喚の書とやらで、貴様が俺をここに転移させたワケか。この、サードを」
「はい、はい! その通りでございます! ごめんなさい、はい!」
硬くて冷たい声での確認。事情を語り終えた私は、ただひたすらに謝り倒す。
そう、彼――、
秘密結社ステラ・マリスのダークヒーロー、サードその人に。
佐伯勇士さんじゃなかった。
彼は〈太天烈騎ガンライザー〉の世界からやってきた、サード本人だったのだ。
そうだよね。
ゲームの世界があるんだから、特撮の世界だってあってもおかしくないよね。
つまり私、本物のサード様の顔面にポーションぶっかけちゃったワケだ。テヘ。
……今だけはちょっと死にたい。
っと、そうだ、先に確かめておかなきゃいけないことがあった。
「あ、あの、ところでサード様。……胸のおけがは、大丈夫なんですか?」
「……チッ」
すると、返ってきたのは露骨に不機嫌な舌打ち。あれ、何その反応。
「あの薬液がなくば、俺は死んでいた。ゆえに、一つ借りだ。愚物」
サードは、心底悔しげに言い放つ。愚物て。
でも、確かにあの胸の傷は深かった。死因になりかねないくらいに。
「え、でも、サード様はあのポーションを飲んでは……」
「貴様に顔射された際に、幾分、口から体内に入ったようだ」
「顔射はしてないです!?」
な、な、なんつーことを言うの、このダークヒーロー!
「偶発的にとはいえ、俺は貴様に命を救われた恩があるということだ」
土下座る私の後頭部へ、上からサードが言ってくる。
おお、これは意外にもいい流れ。もしや、このまま彼の助けを得られる展開か?
やっぱり、あの魔導書に召喚されたサード様こそ私の守護神――、
「だから、俺も一度だけ貴様の命を助けてやろう」
……え?
含みがあるその物言いに虚を突かれ、私は思わず顔をあげてしまった。
すると、そこに見えたのは切り株に座っているサードと――、
「これから、すぐにな」
笑って言う彼の背後に迫っている、巨大な人型の影だった。
「な、な……!?」
魔物。人型の魔物だ。
黒い毛むくじゃらの、狼みたいな頭をした巨大な獣人みたいな魔物が――、
「俺を見下ろすな」
バツンッ。
何かがちぎれるような音がした。
そして私が見ている前で、黒獣人の首から上がなくなった。
「……ぴゃ?」
黒獣人の首があった部分から、ブバァ、って血が噴き出した。
「ぴゃああああああああああああ!!?」
血、血ィィィィィィィィィ!!?
大量の血を辺りに散らしながら、黒獣人の身体がゆっくり倒れていく。
サードは、いつの間にかその傍らに立っていた。
「おい、愚物」
事態にまるで追いつけず、完全に固まっている私に彼は話しかけ――、
ドサ。
ドサ?
足元に音がしたので見ると、黒獣人の生首が転がっていた。
「ひぃ!?」
「俺が呼んでいるのに何故答えないのだ、愚物」
サードが、モノを放ったポーズで、機嫌悪げに私に向かって言う。
待って、私の呼称って「愚物」で固定なんですか!?
「俺は貴様の命を救った。――そうだな?」
「は、はい! そうです! ありがとうございます!」
「うむ。ではな」
私の返答に小さくうなずくと、サードはこっちに背を向けて歩き出そうとする。
…………あれ?
「え、ど、どこへ?」
「互いに貸し借りがなくなった以上、もう貴様には関係のないことだ」
あ、なるほどー。
貸し借りが清算されたので、私とはここでお別れってコトですねー。
「待ってェェェェェェ――――!」
理解した瞬間、私は全力で頭から突っ込んで、サードの足にすがりついていた。
「何で行っぢゃうんでずがぁ! だずげであげだじゃないでずがぁ!」
「その借りは今返した。よって、俺が貴様に従う理由はない。簡単なロジックだ」
いやあああああああ、いつもは全然簡単じゃないクセにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!
私が足に引っ付いたままの状態で、サードが強引に歩き出そうとする。
ズリズリ引きずられながら、私はそれでも、訴え続ける。
「ざ~どざまぁぁぁぁぁ~~!」
すると、不意にサードが歩くのをやめた。
「俺を元の世界に戻せるのなら、話を聞いてやってもよい」
そしていきなりそんな条件を突きつけられた。
私は足元から彼を見上げ、目をパチクリさせる。
「……元の世界に帰りたいんですか?」
え、帰りたいの? 元の世界に未練があるの? 孤高の一匹狼なサード様が?
えー、待って、それってちょっと私としては解釈違い――、
「別に未練などない」
別に未練なんてなかった。やった、公式と解釈一致!
「だが、俺には決着をつけるべき相手がいる」
「もしかして、セカンドさん?」
「知っていたか。そういえば、俺達の戦いは貴様らの世界では娯楽扱いだったな」
セカンドというのは、サードのライバル。
つまりは主役ヒーローのガンライザー本人のことである。
そして、彼が私の指摘を否定しないってことは、もしかして……、
「『――サード。一人で何でもこなせるおまえは、確かに完全だよ』」
私が切り出すと、サードは小さく体を震わせた。
「『だからこそ、おまえには決定的に欠けてるものがある。おまえは不完全だ』」
「おい、愚物。貴様、その言葉は!」
これまでよりはるかに激しい感情を表す彼に、私はひとつの確信を得る。
やっぱりそうなんだ。彼は、私が召喚したサードは、
「その胸の傷、セカンドさんにつけられたモノ、ですよね」
番組最終回で、ガンライザーとの決戦に敗れた直後のサードなんだ。
「私、知ってますよ、全部。観ましたから」
「そのようだな。まさか、その言葉を赤の他人の貴様から聞かされるとはな……」
サードが舌を打つ。私が告げたセリフに対してだろう。
あれこそ、まさにセカンドが最終回で彼に叩きつけたセリフである。
「だが、俺が不完全であることなどあり得ない。俺は〈無欠の月〉サードだ」
その言葉からもわかる通り「完全であること」こそが彼という人物の「根」だ。
本編での異名でもある〈無欠の月〉という呼称が、それを如実に表している。
つまり、そこが急所。
私ごときでも狙うことのできる、数少ないサードの隙なのだ。
「本当は、心の底では自分が完全かどうか、確信できなくなってるんじゃ?」
私は、努めて声を張って彼に問う。
しっかりとその足にすがりついたまま、でも顔はキリッとさせて。
「くだらん。俺が自信を喪失しかけているだと。バカなことを……」
「何言ってるんですか。自分でも認めかけてたクセに」
サードがものすごい目つきで私を睨んでくる。
その圧に、背筋が冷たくなった。生きた心地が全くしない。
でも、攻めの手を緩めてなるものか。私のガンライザー愛が今こそ火を噴くぜ。
「『何故、負けた。完全であるはずの俺が、いや――、俺は不完全なのか?』」
「なっ、貴様、そんなコトまで知って――!」
「爆発するブラックナイトの中での、サード様ご自身のセリフ、ですよね」
さらにこのあと「俺は――」と続いて、彼は爆発の中に消える。
それが本編におけるサードの最後の場面だ。一言一句、声の抑揚まで覚えてる。
「完全だから不完全。サード様はその意味を知りたい。違いますか?」
「…………」
サードは黙して答えない。
だが、その反応こそまさに、私の推論を裏付けるものだった。
今の彼にとって、芽生えてしまった疑念を晴らすことが何よりの大命題なのだ。
「私、答えを知ってます」
だから、私はサードが絶対に無視できないその一言で、トドメを刺す。
「……バカな!」
初めて、サードが狼狽した。私がほしかった反応だ。
今だ。今こそが、彼を味方につけて私の命脈を繋ぐための、唯一無二の好機。
「あなたが求めるその答えを、きっと、世界で私だけが知ってるんです」
いけしゃあしゃあと言い放ち、さらにその上、念を押す。
嘘なんかじゃない。この世界でそれを知ってるのは、絶対に私だけだ。
「私を助けてください。私が生き残れたら、答えを教えてあげます」
我ながらものすごい上から目線な物言いだ。
でも大上段からカマすくらいじゃないとサード様を説得するなんてできない。
「助けてくれないなら、今ここで殺してください。そして、晴れない疑念を抱えたまま、ありもしない元の世界への帰還手段を探してさまよえばいいと思います」
私は畳みかけるだけ畳みかけ、そして突き放す。
気分は全裸でジェットコースター、安全装置一切なし! つまり死にそう!
「…………」
私が言い終えたのち、サードがしばらく沈黙を重ねる。
そして私は、口の中をカラカラに乾かしながら彼からの応答を待ち続ける。
心臓の音がバカうるさい。
何か体もフワフワして変な感じ。もう暑いか寒いかもわかんないや。
「……フン」
やがて、サードが笑った。
そして膝を曲げて、私の方にグッと顔を近づけてくる。おひょ、おひょひょ!?
「いいだろう。貴様の幼稚な誘いに乗ってやろうじゃないか、愚物」
おお!?
我が願い、天に、そしてサード様に通ず!
「俺も一つアイディアが湧いた。その実現のため、貴様を利用してやろう」
……あれ?
「え、あの、それって……?」
「貴様、言っていたな。生き残るためにステラ・マリスの首領を名乗った、と」
ああ、事情を説明するときに言いましたね。はい。で、それが何か?
「やれ」
「はい?」
「この世界でステラ・マリスを結成し、貴様が大首領をやるのだ」
…………。
「ええええええええええええええええええええええええええええええ!!?」
真夜中の〈魔黒の森〉に、またしても私のあられもない絶叫がこだました。
ひぃん、叫びすぎてのどの奥がジンジンしてるよぅ……。
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