異世界なんてあちこちにある
ただどこかへ行きたかった。
ここではない、何処かへと。
そんな俺に――誰かが言った、人生は我慢の連続で、試練の連続で、理不尽で、先達奴らが全てを握っていると。
先ん出た奴らは、後からやってくる人間に追い越されまいと、綺麗な建前で作り上げた箱に人を押し込む。
型にハメる、そのために叩いて切って四角にして、押し込める。
そんな暗い箱の中、俺たちは貯め続ける。
鬱憤、怒り、ストレス、吐き気、疲労、嫉妬、敵意、悪意、憎悪、飢餓感。
黙ってそれらを噛み殺し、拳を握っていると、彼奴等はこんな事を言ってくる。
「お前には無理だ」
「そこから出るな」
「お前のためだ」
「誰もが我慢してるんだ」
前に出るな、後ろに遅れるな、横に並べ。
うんざりだ、なにもかもにうんざりする、お前だってそうだろ?
だから箱の中で夢を見る、ラッキーでチートでハッピーでリッチーな夢。
こんなご時世だ、一発当てて、この腐った泥沼から出て行きたい、そうだろ?
無敵のチートでハーレムを創って、好き勝手に、自由に行きたい、そうだろ?
だったら、その鍵がここにある。
一度回せば、扉が開き、エンジンが唸り、敵は血を吐き、吐瀉物に塗れながらお前を見上げる。
こいつを使えばいい、そして鍵を回せ、拳を握れ、溜め込んできた物を吐き出す時がきたんだよ。
撃て、撃て、そして殺せ、
撃て、撃て、そして壊せ、
撃て、撃て、そして稼げ、
ここはクソったれの現実から16,914 km離れた、異世界だ。
――、とまぁ、何を思ったのか、俺はそんな事を吹き込まれて、こんな国まで来た。
宗教と銃と麻薬と金の国。
ボリビア、南アメリカで最もクレイジナーな国。
稼いだか? 稼いださ、やろうと思えば誰でもヤレる、それがこの国の良いところだ。
稼いで、稼いで、稼いで、稼いで、そして今日――、俺は死ぬ。
§ § §
――、今日は午後から雨が降っていた、だから死ぬには良い日だと思った。
夕闇迫る山道、こんな日のボリビア山岳地帯の道路は最悪だ。
日本と違ってろくに舗装されていない道路はあっという間に泥濘みになる。
タイヤが地面を抉れば悪路に早変わりで、前を走るオンボロの軽トラに泥を跳ね上げられた運転手は舌打ちしてからワイパーの回転速度を上げた。
アクセルを踏み込んで強引に追い抜きながら、何かぶつぶつと喋っているが上手く聞き取れない、そもそも日本語ではないし、彼は英語すら片言の現地人だ。
せめて『煙草』と『ライター』と『お恵みください』という現地の言葉ぐらいは勉強してくるべきだった。
そうこうしている内に遠くにだが目的地が見えてきた。
もう使われなくなった列車の車両基地を改築した彼らの秘密基地らしい。
今では新型のコークやアイスが製造されていて、世界中の大人達を夢中にさせている夢のケミカルクッキング工場だ。
そして俺にとってはただの処刑場だった。
ワイパーが雨水を跳ねては滲むを繰り返し、幾度無く現れる目的地を見ていると、これから死ぬのだと何度も宣告されているようで気分が悪くなってくる。
なのに同乗者のこいつらは便所の一つにも行かせてくれない。
本当にサービスが悪い、レビューサイトには星1とクレームと書いてやる。
§ § §
バンのドアが開くと尻を蹴られて外に叩き出された。
手も足も結束バンドで拘束されているのでろくに立てるわけもなく、俺はそのまま泥濘んだ地面に倒れ込んだ。長雨になって既に周りは夜闇だ、地面は二日酔いの後の便所みたいに臭くてドロドロで、オマケに跳ねた泥が口に入った、最悪だ、せっかく舌の裏に隠してあった飴玉が台無しだ。ミントドロ味だ。
喚き立てまくるギャラリーの中から、黒人のマッチョがやってきて俺を無理矢理立たせた、どうやらボスが処刑を直々に見に来られたとかなんとか言っているが、知ったことじゃない。
ニヤつく顔に飴を吐いてやったら顔面を殴られた、それも銃のストックでだ。
痛ぇ……くそ、死んだらどうする。
ボヤける視界と雨の中を歩けと言われ、のろのろと歩く。
おいっちにー、おいっちにー、と半歩しか歩けないのだから仕方ない。
懸命に足を動かして、一面のコカ畑の中をノソノソ進むと、少し開けた所にでた。
「ヤァ、セニョールノブナガ、ご機嫌はイカガダナ?」
一人の男が両手を広げて俺を歓迎してくれた、ボスのガラノフティスグレイマンだ。
日本好きで好物は寿司、歌舞伎、あとは二丁目のオカマバーが大好きな豚の王様だ。
ここらの大人のお菓子工場を仕切っている顔役の一人でもある。
「コンナ、コトニナッテ、ザンネン、ムネン、かなしいネ」
グレイマンが指を鳴らすと男達が古びたAKを構える。
総勢20名の兵隊が並び、俺の死刑を見たくて人差し指をうずうずさせている。
よく見れば闘技場で何人か殴り倒した奴が混ざってる……あぁいや、違う、全員だ。
「なるほど仕返しか、八百長でしか俺には勝てないからって大人げないぞお前ら」
「ハハ、この人数にスデデ、殴られてシヌ、オコノミか? ノブナガ」
「あぁこれは慈悲ってわけか、優しいね涙がでるよ、そうだ最後にハグしてくれるか」
「オー、モチロン、モチロン」
そういってグレイマンは本当にずぶ濡れの身体で俺をハグしてきた、ついでに尻を揉みやがった。くそったれの穴堀豚め、特大の糞でも喉に詰まらせて地獄に落ちろ。
「あぁありがとう、人肌ってのはやっぱり良いな、落ち着いたよ、ところで相談なんだが」
「ソレハヨカッタ、それじゃ、アディオス、さよなら、ノブナガ」
「おい話ぐらい聞けって! グレイマン! このくそったれ!」
グレイマンが手を上げると、なんの気まぐれか雨がピタリと止む。
神の使いか何かのつもりか、本人もご機嫌そうに微笑むと、手を下ろした。
大いなる父よ、光あれか、くそったれめ。
一発の銃声が聞こえた、まぁ俺にしては、まずまずの人生だった。
「…………あれ?」
いや、どうやら死ななかった。
代わりに、グレイマンが腹から地面へと倒れた。
ドシャリと泥が派手に散る。
全員の視線がデブに集まった瞬間、辺りが一斉に光に包まれた。
何かが暗闇を照らしている、薄暗かった周辺がナイターの試合みたいに明るくなった。
また一発。
空気が震える、雷だと思った、しかし違う、200万ボルトの稲妻よりも鮮やかな一発だ。
また一人、男が泥の中へと倒れ込む。
ここに来てようやく異常事態なのだと気付いた兵隊達が叫びながら物陰や畑の中へ飛び込んで隠れた。ドラム缶やエンジン式の発電機、壊れたトラクターの裏に隠れた奴らはバカだ、ろくにそのデカイ図体を隠せていない。
また一発、発電機裏の奴が倒れた。
それをきっかけにそこら中から銃声が聞こえだした。
空に向かって手当たり次第に撃っているのを見て、光の正体が飛行ドローンによるものだとわかった。
一機じゃない、兵隊全員を追える程の数がそこら中に漂っていた。
なんでもいいがこんなチャンスを逃すわけないと俺は地面へと倒れた。
イモムシみたいに這いずって畑の中にでも隠れれば、なんとかやり過ごせるはずと必死に藻掻いていると、急に身体を持ち上げられた、俺をストックで殴ったデカブツだ。
「おい放せよデカブツ! こういうのは帰って嫁さんにでもしてやりな!」
背後から羽交い締めにされて頭に銃口を押しつけると男は何かを叫びだした。
そして近くのドローン目がけて片手で乱射すると何機かが落ちた
活気づいたのか他の兵士達もこぞってドローンを撃ち落とし始めると徐々に辺りが暗くなってきた。
どこの組織の狙撃手かは知らないが、三人で限界なのか?
お前ならまだやれる、がんばれ、諦めるな、誰かは知らないが。
残り18人もいたんじゃ、俺にはどうしようもない。せめて後5人減らしてくれ。
そう思った、その時だ。
視界を掠めるように何かが空を飛んだ、黒い何かだった。
俺を羽交い締めにしている男もそれには気付いたようで、飛んでいった先を一緒に見た。
人だ、兵隊の一人が空を飛んでコカ畑にぶっ刺さっていた。
トラックにでもはねられたのか?
こんな畑の真ん中でか?
そう思った瞬間にもう一人飛んできた。
体重200キロを自慢していたファイターでトロくさいデブだったが、今はサッカーボールの真似でもしているのか、叫びながら廃車になっていたセダンに突撃した。
何かが暴れている、直感でそう分かった。
キングコング、ゴジラ、いやもうちょっとコンパクトだ。
なら恐らくハルクだ、次点でマイティーソー、希望していいならもちろんアイアンマンだ。
だがどれも違った、暴れていたのは女子高生だった。
あぁ? 女子高生、だ?
あぁ女子高生だ、ヒーロースーツに身を包んだ金髪の女子高生らしき少女がお次は120キロある男を片手で持ち上げている。なるほど……夢か。
「おいメクルー、そっち投げるぞー、せーのっ」
日本語だった、日本の女子高生が次の授業で使う教科書を投げ渡すみたいなノリで120キロの男を投げる。巨漢がフリスビーのように回転し、
『 ォォォォァアアッ!!!!ッアアァォォォォ 』
ドップラー効果付きの雄叫びを上げて飛んでいった。
「oh,my……god」
後ろの男がそう呟いた、その言葉なら分かる、俺も同じさ、あぁなんてこった……。
男が飛んでいった先に、もう一人いた、いや人じゃない、あれは――死神だ。
ドクロのマスク、黒いフード、黒い防弾チョッキ、両手にはサプレッサー付きのアサルトライフルだ。
近代的な死神だ、アップグレードのパッチでも来たのだろう。
死神は飛んできて呻き声を上げる男に銃を向けると即座に一発撃った。
パスっと味気ない音がすると、男の声は止まった。命を持って行かれたのだ。
「……Santa Muerte……」
背後の男が呟いた、サンタ・ムエルテ、死の聖母、死という概念そのものだ。
この地方で崇められる、死という形で救いを与えてくる女神だ。
死の女神はゆっくりとライフルを構えると、続けざまに撃った。
パス、パス、パス、パス、なんて軽い音だ。
気の抜けそうな軽い音が鳴る度に、そこらへんに隠れていた男達が声一つあげること無く倒れていく。
ドチャリ、グチャリ、ドチャリ、グチャリ、ミリタリーブーツで泥濘みを一歩、一歩と詰め寄りながら、一発、一発と、確実に男達を仕留めていく。やがてコカ畑で息をしているのは、金髪のJKと死神、あとは俺と背後の男だけになった。
そして最後に死神は俺達の前に来た。
後ろの男は銃をその場に落としガタガタ震えている、こっちの背中に生暖かい湿り気を感じた、ちびってやがる、それも盛大にだ。
俺から手を放し、その場に跪くと両手を額の前に組み、祈りを始めてしまった。
なにを言っているかはわかる、死にたくない、だ。恐らくだが。
だが死神はなんの慈悲もなく、その男も撃った。
男は祈りながら死んだ、この中では幸せな方だろう。
「……それで、最後は俺か? 俺も殺すのか、なぁ死神さん」
祈りはいらない、できれば煙草を一本、最後に欲しいのはそれぐらいだ。
「いえ、誰も殺してませんよ? 全員寝てるだけです、鬼笛信長さんですよね?」
死神がそう応えた。俺の名前で、そして女の声だった。
「今から無人の車が来ますから、それに乗ってください、空港まで自動で走ります、パスポートと着替えは後ろのトランクに、現金はダッシュボードの中に少し入っているので、フライト前にシャワーを浴びた方がいいですね、怖かったのはわかりますけど、さすがにその臭いで飛行機に乗ると怒られますよ」
「ち、違う、これは俺が漏らしたんじゃない、誤解だ……、いやいや、そうじゃない」
なにがどうなってる、やっぱり夢なのか、現実味がなさ過ぎる。
「あ、一応、私達の事は部外秘ということでお願いします、それじゃまた今度、日本で」
死神は闇夜に消えようとしていた、呼び止めるべきか、素直に従うべきか悩んで、俺はバカな事に好奇心が勝ってしまった。
「ちょっとまってくれ、君達は……――何者だ」
答えは返ってこないと思った、だが死の女神は一度だけ振り向いてくれた。
「日本の女子高生ですよ、ちょっとだけ普通じゃないですけど」
そう言ってドクロのマスクを外した彼女は、どこか楽しげに笑っていた。
綺麗な日本人の少女だった。
そして彼女はドローンの放つ光の中へと、消えていった。
§ § §
後で分かった事だ。
ボリビアでカルテルの賭け格闘試合に小遣い稼ぎのつもりで挑んだ俺は八百長試合を申し込まれ、つい勢いで倒しちゃならない男を倒した。
その後の顛末は分かりやすいお決まりの型にハメられ、死にかけたところをキャプテンマーベルみたな女子高生と死神みてぇなの女子高生に助けられた。
で、もちろん俺は調べた、彼女たちは何者か。
分かったことは彼女達が我が家の愛するクソ兄貴の知り合いで、とある日本の特別な学園に所属する、特別な部隊の、特別な少女達だと知った。
学園の名は、『国立御影学園』
裏の世界じゃ有名な話だ、噂だけは聞いている。
なんでも超能力者を集めている学園という噂だ。
笑える、X-MENかよ。学長はスキンヘッドか、それとも若い頃の方か、なんにせよアホらしい。
あぁでも俺の話を映画化するなら監督はガイ・リッチーが良いな、特にホームズが好きなんだ。
なんて事を日本に帰ってきた俺は考えていた、後にあの死神から電話がかかってくるまでは。
『お久しぶりです、鬼笛さん、ちょっと私達の学園に来て欲しいのですけど』
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