チートで護る現実《この》世界 ー 乙女達は今日も異能者を捕縛する ―

腐敗の夏、乙女達は命で駆ける
兎野熊八
兎野熊八

嘘つきの教室 その1

公開日時: 2021年4月2日(金) 16:40
文字数:5,128

§ § § 



「……疲れた、私はぶっちゃけかなり疲れたぞ」



 既に疲労が顔に表れだしたアオメのぶっちゃけな訴えに苦笑いでメクルは応えます。



「お疲れ様、とりあずは第一段階はクリアだね」



 昼時、田中剛の通っていた第17校舎、その立ち入り禁止の屋上で注ぐ日差しを避けるように飛び込んだ日陰の中で仲良く肩を並べる可憐極まる少女と対照的な地味な少女。


 二人は日陰でも火傷しそうな程に熱されていたタイルにスカートをペタリと着け、階段出入り口の外壁にもたれかかりました。


 地味な少女は正座を、可憐な少女は強ばった足をグイと伸ばしてから、二人は遠くを見ます。


 ハワイアンソーダの青、空、山のように連なり聳える雲、少し湿った風に混じる遠くの雨の匂い、太股裏をジリジリと焼く屋上のタイルと目も眩む太陽の熱と揺らめく陽炎。



 そして足下の校舎には命を操る危ない男。


 とても……とても殺人的な夏でした。



「よくもまぁ得体の知れぬ化物がおるかもしれん中で平然と血縁者などと……、肝の強さをそれなりに自負する私でも冷えっぱなしの半日だったぞ」


「私もちょっとは緊張したよ、顔には出してないはずだけど」



 昼休みメクルとアオメを待っていたのはクラスメイトによる質問攻め包囲網でした。


 アオメのように目立たない人物を演じていても転校生に声をかけたがる生徒は多く、その対応に四苦八苦しながら包囲網を抜け、転校生同士でお昼を食べようとメクルがアオメと共に脱出を試みると、どんなクラスにも一人や二人はいるナンパな男子生徒が道をふ塞ぎ、お昼をご一緒しようとお誘いが来ました。


 優しさを貼り付けたような笑みに隠し切れない下心の宿った視線がメクルの身体を上下に舐めました。


 精一杯の作り笑いで応戦しながら、やんわりと断り急ぎ教室から出ると何人かの生徒がさりげなくメクルを待っていました。

 スマホをこちらに向ける二人組の男子生徒の会話が聞こえてきます。



『うっわ、引くほど美形……』

『まじでアイドル? 女優? てかなぁお前声かけろよ』

『まずは拡散希望、バズり確定演出キタヨコレ』

『ばっかとっくに拡散中だっつうの、パクツイすんなよ、叩かれるぞ』



 予想通り御影アプリのSNSを通じて転校してきた美少女についての噂が一瞬で拡散していたのだろうと、メクルは笑顔を引きつらせながらアオメの手を取り、向かうべき場所があるのだと意思表示をするような強い足取りでおっかけを巻きました。


 道中無断で何枚か写真を撮られもしましたが、この際気にしてはいられません。


 人目を避けて避けて逃げるように屋上へとやってきた二人は、とりあえずの初見を述べ合うために最初のミーティングを開きました。



「私は緊張しっぱなしだったぞ……、潜入するとは言っていたが、まずは遠くから見張ったり尾行したり周りから話を伺ったりなどを考えていたのだ、それが」



 まさか直接潜入すると誰が思うと、アオメは心労から溜息が止まりませんでした。



「私のパーティーだとよく使う手なんだけどね、でもレイズが見境の無い性格だったり、外見に関係なく相手の正体を看破できる能力とかじゃなくてよかったよ、もしそうだったら……、ね」



 メクルが戯けるように微笑んでみせると、アオメは物悲しげな顔でまた溜息を溢しました。



「まだ生きているのが不思議なくらいだ、しかしどうみても怪しげな娘が二人が珍妙な頃合いにて現れたのだから、くだんの男、レイズも間違いなく怪しんだと思うぞ?」


「だね、田中君の不幸と同時に現れた親戚、あからさまに怪しい、では彼ならどうするか」


「捕まえて正体を暴くのではないか? いや然し、奴にとっては敵地の最中でもあるのだから、あからさまに怪しい者に近付き調べれば逆に怪しまれるか? う、うーむ」


「と、レイズも悩むはず、下手に動けば敵地の真ん中で自分の正体と居場所のヒントを与えてしまうのは避けたい、なら次の行動はなにか、攻めか守りか」


「ふむ、どちらにせよ我々は攻めるわけだな、なんぞまるで将棋のようだな、メクルは良い将棋指しになりそうだ」


「私達の中から将棋なら私、オセロはピーシーで、チェスはヒロが一番強いよ」


「ふむ、チェスとはなんだ?」


「西洋の将棋みたいなもの、かな……はいこれ」



 メクルは持ってきたビニール袋から昼食と飲み物をアオメに渡しました。今日のランチはサンドイッチです。


 白刃の上を歩くような所業に精神を締め上げられ、食事も喉を通らない……などという事も無く、メクルは何事もなかったようにハムサンドに取りかかりました。



「よく食えるものだな……本当にその歳にしては肝が据わっておる、はむ」



 追いかけるようにアオメも1つ目のカツサンドを頬張ると、その弾ける旨味に思わず言葉ごと飲み込みます。



「美味しい? この学園の購買部どんな物でも美味しいけど、そのカツサンドは特にオススメかな」



 と、言い終わる前にアオメが一つ目を一気に口の中に押し込むと、黒縁眼鏡の奥で目をキラキラと輝かせながら膨らんだ両頬を押さえて頷きます。まるでハムスターのようでした。


 どうやらほっぺたが落ちそうな程、美味しかったようです。



「な、なんだこれは……、なんだこれはっ、うますぎるっ!!」


「地下の病院食は味気ないもんね、じゃぁこっちのタマゴサンドも是非、タマゴサンドはとにかく最高だから」



 メクルが自分のタマゴサンドを手渡すと、アオメは喉を鳴らしてまずは一口、押し寄せてきた卵のまろやかさと、マヨネーズの程よい酸味、そして舌を刺激するカラシが混ざり合った旨味にアオメが両肩を一度ぶるりと震わせ、さらに二口で残りを押し込むと、今度は飲み込むのが惜しいのか緩めた頬をモゴモゴと動かし続けます。



「気に入った?」


 勢いよく頷くアオメの興奮ぶりに、メクルも思わず笑みがこぼれます。


「よかったよかった、足りなかったら放課後にまた買いに行こうか」


 爛々と目を輝かせるアオメに満足したメクルは一緒に買っておいたイチゴオレにストローを刺して、一口飲みます。



(あれ……美味しい)



 普段なら胸焼けしそうな程にキツい甘味が今日はどこか心地よく、どうやら思った以上に自分の脳は疲労していたのだと今更ながらに気がつきました。



「そへへこへかはどうふる?」


「こら行儀が悪い、ちゃんと飲み込んで喋る」



 ストローをさしてから手渡したウーロン茶の紙パックを受け取ると、アオメは躊躇いなく口をつけて中身を吸い込みました。現代知識の馴染み具合も上々のようです。



「んむ、それで、これからどうする?」


「アオメにはこの後一人で行って欲しい所があるんだけど」


「ふむ、わかった、どこへ行けば?」


「手芸部、ちょっと離れた第一校舎だから午後の授業はサボる事になるけど、大丈夫?」


「私は平気だが、護衛がいなくても平気なのか?」


「教室の中にいれば大丈夫、第一校舎に到着したら図書委員の綴喜の紹介って言えば大体の事は話してあるから」


「ふむ、心得た、手芸部……、裁縫や編み物を作る所か、なぜそのような所に?」


「正確には異世界対策科特殊開発室って言うんだけど、私達の装備を作ってくれる頼れるハンドメイカーがいて、そこにアオメの装備を昨日のうちに受注しておいた、たぶん気に入ると思うよ」


 いざという時の備えとしてできる限りの事はしておきたいと、昨夜の内に知り合いの手芸部に無理を言って色々と思いついた対策グッズを注文、徹夜で仕上げたという報告がつい先程きたばかりでした。


「装備……、武器に戦装束か! これはかたじけない、ではさっそく……購買部に寄ってから行ってもいいか?」



 どうやらサンドイッチが足りなかったようでした。



「うん、私は昼休みの間はここで人を待つから、今からでも行ってきていいよ」


「む、教室まで送らなくてもいいのか? 人が来るのか?」


「早ければそろそろね、この半日で幾つかの種は仕込んでおいたから」


「種? それは園芸の話か?」


「話の種、噂で根を張り、芽を出し、花を咲かせ、そして秘密好きなを誘き寄せる」


「蜂?」


「そう蜜蜂、と刺すやつ」


「むー、メクル、少し意地悪に説明してないか?」


「リピートアフターミー、チクリ」


「りぴいと? あぁ繰り返してか、チクリ?」


「いえす、チクリ」


「ちくり、ちく、り……の事か!」


 現代辞書にヒットするまでに今度は少し時間がかかったようです。


「密告者が来るのか? そういえば休み時間に何人かと話していたな……」



 1限目から3限目の休み時間、メクルは幾度もクラスメイトに囲まれていました。


 田中剛の従妹という立場でもってこの容姿、自然とこの度の悲報に触れる会話や、生前の田中剛の状況、どんな人物だったかをクラスメイトは頻りに語りかけてきてくれました。



『あぁ、いい奴だったよ』

『ねぇ、いい人だった』

『あぁ、いい男だったよ』

『ねぇ、いい子だった』



 笑顔で語りかけられる度に、以前に調べたはずの情報と一致しない話が出てきます。

 彼ら彼女らはメクルの気を引きたくて、または慰めたくて、あっさりと田中剛の印象をこの場で偽っていました。



『いい人だったのに、どうして田中君が死んだのか分からないね、悲しいね』



 相手にレイズの可能性があるにも関わらず、メクルはそれをまったく表に出さずにお悔やみの言葉を真摯に受け止めながら話と連絡先を集めました。それでも何人かの男子はメクルを避けるように教室からそそくさと出て行きました、案の定『私刑』に直接加担した男子生徒数名ですが、これも逃がすものかと相手が一人になるタイミングを見計らってメクルは近寄り、



『あの、○○君、ですか? ツヨシさんから名前だけは良く耳にしていて、その、よければツヨシさんの事を知ってる人から詳しく話を伺いたくて……今度お茶でもどうですか?』


『あ、もしかして○○さんですか? よかった、ツヨ兄から○○さんは男子の中でも頼りにされてるって聞いてて、もしよかったら私とも仲良くしてください、そのこんな事があって、なんだか不安で』


『え、もしかして○○君っ? あの、その、私、秋のバレー大会の時に○○高校のマネージャーしてて……覚えてない、よね? ○○君は凄く目立ってたから覚えてて、あ、今もバレーやってますか? よかったら今度見学させてもらえない、かな?』



 そうやって相手の波長に合わせながら、男子生徒のみに絞って接触を謀りました。


 予めクラスメイトの名前、誕生日、家族構成、部活動、特筆すべき特徴を全て予め頭に納めているので、あとは直接見て感じ取れる情報を付け加えてペーシングすれば、殆どの男子の連絡先を手に入れる事ができました。


 それを護衛のため近くで見ていたアオメはメクルの七変化ぶりを思い出し、



「どれメクル口を開けて見せてくれ、主の舌は本当に一枚か? ああも口から虚実を織り交ぜて言葉がでるものだ、私には主の頭にキツネの耳が見えるぞ」



 メクルはスマホを取り出して何かを確認するように片手でスワイプとスクロールを繰り返しながら、もう一方の手でキツネの顔を作り、



「コンコン、私、役割を演じるのは得意なんだ、小説を書く時は幾つもの視点を抱えながら役割や性格を演じるからー、あ、今から一人ここに来るって」


「なぬっ! チクリか! ど、どうする? 私はここに居ていいのか?」


「今から下に行くとすれ違っちゃうから、できれば上の給水用のタンクの下とかに隠れて欲しいけど、登れる?」



 自分達が日陰代わりにしている3メートル程の壁の上には校舎の給水用の貯水タンクが設置されています。本来なら点検用の梯子があるのですが、生徒達が悪戯で登らないように梯子は片付けられていました。アオメは少し上を眺めると、



「貯水タンク、あの水桶の裏にでも隠れていればいいのだな、心得た」



 言葉だけを残してアオメの姿が瞬時に消えました。

 飛び降り事故防止用のの金網フェンスに向かって飛ぶと、それを蹴って反対の壁へと飛び、さらに壁を蹴ってあっという間になんの道具も無しで貯水タンクの置かれた場所まで辿り着きました。



「おー」



 思わずメクルも感心する登攀力と瞬発力です。ボルダリングの世界チャンピオンにだって今すぐ成れる程の身軽さを披露したアオメが縁からヒョコリと顔を出して、



「では私はここで忍んでおる、何かあったらすぐに相手を押さえるぞ?」


「はいそれだめー、もし相手が運悪くレイズで接触が条件の一つだったら危ないでしょ」


「ではこのボールペンを投げよう、この距離なら人の頭蓋程度ならば穴くらいは空けてみせるぞ?」


「殺しは無し、アオメ、私達は絶対に殺しはやらない、おっけい?」


「むぅ……足音がしておる、今は従おう、だがメクルを殺そうとする奴は殺す、メクルも殺される前に殺すべきだ」



 物騒な一言を残してアオメの顔とボールペンが引っ込められました。

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