チートで護る現実《この》世界 ー 乙女達は今日も異能者を捕縛する ―

腐敗の夏、乙女達は命で駆ける
兎野熊八
兎野熊八

不良娘宣言 その3

公開日時: 2021年3月30日(火) 16:25
更新日時: 2021年3月30日(火) 19:54
文字数:5,484

「……ヒロもこれぐらい素直になればいいのに」


「う、うっせ!」


「アオメ、素直、可愛い」


「お、俺も可愛いだろうがよ!」


「もっと素直になればもっと可愛いよ?」


「いや、ヒロ殿は私よりとても可憐だと思うぞ、京の都の姫君もかすむほどだ」


「素直っ! アオメ可愛いじゃん!」



 ヒシと隣のアオメを思わずヒロが抱きしめ、その頭を撫でて頬ずりまで始めました。



「よ、よしてくれ、三人に比べられたら私など面映おもはゆい限りだ、いやそれより、メクル、この二人の会話のどこが重要な情報となり得るのか、教えてくれないか?」


「あ、えーっとね、二人の会話はそこまで重要じゃないんだ、重要なのはこのアプリそのもの」


「んー、やっぱしわかんね、ただの裏アプリだろ? なーアオメ」



 まるで本当の仲間を得たかのようにヒロはアオメに頬ずりするのを止めません。



「ピーシーこの裏アプリ、ノーパソから昨日辺りでされてたんでしょ?」


「肯定、アポック社製、削除アプリ使用」


「つまり、レイズは裏アプリの存在、ってこと」



 それもただのアインストールではなく、削除専用のアプリケーションを使ってまでの削除です。


 ただの削除と違う所は、データを切り刻んでゴミ箱にいれる程度の復旧可能な方法ではなく、適当なデータで上書きした上にバラバラにするといった手の込んだ物。さらに削除アプリを使った履歴すらも削除する念入りな痕跡の消し方が人気の削除アプリです。



「ふーん、なるほどなぁ、てかまどろっこしい事しなくても、パソコンぶっ壊せばいいだろうがよ?」


「仮に部屋に入ってノートパソコンが壊されてたら、ヒロはどう思う?」


「ん? そりゃぁ隠したい何かがパソコンに……あぁ、そういうことか」


「目に見えた破壊はその行為自体が証拠になり得る、どこかに破壊して投棄しても回線の使用の痕跡は残る、だからレイズはパソコンを影柄君の監視と、私達追っ手の正体を突き止めるための『道具』に見せかけるためにも、あんな演出をしたんだと思う」


「監視、拷問、演出、意識誘導、証拠、隠滅、でも甘い」


「そう、レイズにとって最大の誤算は、私達にチート級のPC使いが仲間にいたことだね」



 ピーシーのスキルは無論ながらPCを自在に操る事も可能です。

 それは人間の肉体をPCのように扱うよりも、遙かに容易にできます。


 情報に情報を重ね、役割に役割を重ね、そして本当の狙いを隠すのが目的だとすれば、削除した裏アプリの形跡そのものまでこの短時間で復元し、突き止めてしまったピーシーの存在はレイズにとっても完全に不意打ちとなったはず。



「ふむ、つまりレイズの正体はこの裏アプリに関係した人間、チャット? あぁ会話か、ログ? うむ記録だな、会話の記録に残っている人物、つまり田中剛のクラスメイトである、このキットという人物がレイズである可能性が高い、そういう事だな? メクル」


「正解、、気になるのは仲の良いクラスメイトっぽいのにどうして裏アプリでやりとりしてたのか、だけど……」


「まぁ細けぇ事はいいじゃねぇか、おおっし、じゃぁそのキットって奴を見つければいいんだな!」



 そうと決まればと言わんがばかりにヒロは立ち上がります。

 それはもうやる気全開といった感じです。



「…………で、どうやって探すんだ? 裏アプリ使用してるって事は、匿名なんだろ?」


「うん、ピーシー、そっちの方はどう? 追える?」


「可能、でも時間、かかる、一日二日」


「じゃぁあれだ、田中のクラスメイトなんだろ? 直接乗り込んで掴まえようぜ!」


「危険、こっち、正体、バレてる」


「別に大丈夫だろ? 逃げ出したら、逃げ出した奴が犯人ってことよ」



 単純な話だろと、ヒロは得意げに胸をはります。



「じゃぁ、レイズが私達を見ても逃げ出さなかったら?」


「う? うー、あー、そうか黙ってりゃ分からないわな……でもクラスメイトなら精々30人程度だろ? 全員にピーシーがハッキングかけてー……あ、ダメだ」



 そこまで言って、ヒロもこちらの正体がバレた状態で相手へ無防備に近づく事がいかに危険なのかを理解します。



「不用意に近付けば影柄君の二の舞になるリスクが高まる、レイズの能力を完全に把握するまで生徒会にクラスへの潜入を提案しても絶対に許可しないと思う」


「仮に相手の顔を見て念じるだけで殺せるってなら厄介なチートだな……」


「それに今日の事が『御上おかみ』へ伝わってる、貴重な能力者を一人失った事で、既に生徒会の頭を押さえ付けに来てるはず。私達にも作戦の一時中断の指令が」



 と、メクルが話しきる前に三人のスマホが一斉に着信音を鳴らしました。



「……来たみてぇだな、どうする? でるか?」


「一先ず無視で良いよ、内容も分かってるから」



 今は近付くな、まず集まれ、これ以上は貴重な人材を失うわけにはいかない、きっとそんな所だよと、メクルはスマホの電源を落としました。


 現在分かっているだけでも、レイズには『蘇生』だけではなく、『命そのものをコントロールする可能性』という大きなカードがあります。

 

 掴めきれないそのカードこそが、ジョーカーとなって、この情況を大きく乱しつつありました。



「これ以上は能力者を失いたくない御上が悩んだ末、『執行部、帰還者、共に無傷で任務を達成しろ』なんて言ってきたら、次の作戦立案から開始まで相当に時間が必要になるし、剣真君の髪が真っ白になる」



 正体不明、能力不明、ただ『殺傷能力』の存在を匂わせるだけで、相手への劇的な牽制ともなったレイズの一手に生徒会はまんまとハマった状態でした。



「かぁっー! 走らず走れ、急がず急げかよ! 相変わらず国政のジジイ共は矛盾した要求ばっかだな! どうせ能力者一人担ぎ出すのに、やれ書類だ会議だので役にも立たねぇ癖に!」



 ヒロの怒りが再び沸点へと向かっています。

 ノーリスクでハイリターン、御上が快く頷いてくれるのはそんな事ばかりです。



「なので、我々図書委員はこれより、生徒会及び御上の指示を、



 それは、ヒロやピーシーにとってかなり意外な発言でした。



「へ、まじで?」


「……本気?」


「本気です、今日から私達は不良娘になります」



 優等生メクルによる、堂々たる不良娘宣言でした。



「おおっ! そうこなくっちゃよ!」



 真面目人間メクルから飛び出るとは思わなかった言葉にヒロが一気に興奮します。

 このの提案に俄然楽しくなってきたのか口端を持ち上げキシシと笑いました。



「いいじゃんいいじゃん! それで? どうすんだ? とりあえず盗んだバイクを乗り回すか? 夜の校舎に忍び込んで窓ガラスを割って周るか?」


「それは犯罪です、私達はバイクを買って経済を回そうか」


「真面目かっ」


「夜は校舎の窓を磨いて周り」


「真面目だ!」


「大人達に隠れてドラッグもキメようか」


本気まじでかっ!?」


「なんか、こう、美容によさそうな奴」



 サプリ的で健康的な不良娘達でした。



「まぁ冗談はいいとして、どうすんだ? 俺も剣真の髪の毛が心配だぜ」


「剣真君には悪いけど、リスクは承知で私達は田中君のクラスへ潜入を試みる」


「よしっ!」



 ヒロが嬉しそうに拳を手のひらに打ち付けましたが、ピーシーは静かに首を左右に振りました。



「反対、危険、危ない」


「でも今ここでお役所仕事に足並みを合わせてたら、取り返しのつかない事になると私は読んでる。レイズの行動は早いし、頭もキレる、なので更にここからは二手に分かれようと思う」


「二手? ピーシーはここでパソコンの解析、じゃぁ俺とメクルで別れるとしても、危なくねぇか? お前の能力だとレイズはしらねぇけど、たぶん彼奴に出くわしたら勝てねぇぜ?」



 メクルの能力は確かに戦闘向きではありません。

 発動の条件にしても、能力の応用にしても、仲間のサポートが必須です。

 具体的にはプロの格闘選手くらいまでは、なんとかなります。



「考えはある、でもヒロにはまず別にやって欲しい事がある」


「そりゃいいけどよ、じゃぁ誰がメクルのサポートに回るんだ? たった今電話で他の能力者は首根っこ掴まえられて、生徒会に根回しされた奴はどうせ協力してくれねぇだろ」



 十中八九、生徒会が今行っているのは能力者全員の安否確認と同時に集合をかけ安全な場所への避難誘導の最中でしょう。つまり大半の能力者にレイズの危険性を匂わせてしまっています。必要なのは命懸けの状況に身を投じられる人材、



「……一人、居る、でも反対、危険」


「お、知り合いか?」


「うん、そういう事で、アオメ」



 そう言って、メクルはアオメを見ました。

 新しい用語のオンパレードになかなか現状の話を飲み込めなかったアオメが、なぜか呼ばれた自分の名前に顔を上げると、



「……おおっ、すまない、ちと呆けてしまっていた、なんだろうか? 私に何かできることがあるのか?」


「はい、アオメ、私達に協力してください、これから私達は独自に動きます、レイズを見つけだし、彼と、明久を捕獲します」



 必要なのは腕っ節と度胸、先日のやり取りでアオメの冷静さは折り紙付きで、戦闘能力においても常人のそれとは格別です。


 問題は、



「でもここから先は、死地です、命の保証は有りません、でももし協力して貰えるのなら、私にできる事であれば何でも――」



 する、そう続けようとしたメクルの口をかざされたアオメの手が止めました。



「相分かった、それ以上は申す必要は無い、なんの機運が巡った縁、再び明久と相まみえる機会をそもそも逃すつもりはなかったのだ、現代語で言うと……おぉ、良い言葉があるなな、そう、ぶっちゃけ機を見計らって脱走してから明久めを追うつもりであった、うん、ぶっちゃけ」



 良い言葉を知ったと満足げに頷くアオメでした。



「ありがとう、アオメ」


「いやなんの、して、どうやってそのクラスへと潜り込む? 私もメクルも面は割れておるのだから、ならば遠くから監視観察か、ぶっちゃけその手の仕事は苦手だぞ、ぶっちゃけ」


「気に入ったんだね、その言葉……えっと、うん、そこで出番となるのがピーシーなんだけど……ダメ? 最悪私は地力でもやるつもりだけど」


「……不満、だけど、了承」


「そりゃピーシーの気持ちも分かるぜ、危険な目に遭わせたくねぇもんな……てか何してんだ?」



 立ち上がり、何故か足音を殺して移動を始めたピーシーが、ジリジリと距離を詰め出しました。

 そちらへとアオメの顔が向かないように、メクルがわざとらしく咳払いを一つ、目線をこちらへと向けます。


 

「では全員了承という事で、これより図書委員&アオメによる、レイズ捕縛作戦を決行します!」



 応っと答えるヒロに、うなずくアオメ、そして、



、『』」



 背後からアオメの両肩を掴んだピーシーの両目が、鮮やかに輝くのでした。





 § § § 





 田中剛君に不幸がありました。



 教壇に立つ教師がそう宣言すると、平教室に座る34名のクラスメイト各々が隣の生徒と見合いヒソヒソと耳打ち話。

 

 半数が好奇心での詮索を片耳に告げ、もう半数が天気予報でも当たったのかようにクスクスと笑みを溢しています。


 教師がありきたりなお悔やみの言葉を並べ、彼の交友関係、また何かを悩んでいなかったかを語り、自分の力無さを責めると共に今後の学生生活における健全な心の在り方についてかたります。


 この場を借りて黙祷もくとうを行うことになり、1分間の静寂の間に聞こえた声は4人、夜半に寮母から隠れて友人の布団に潜り込み秘めた笑いを堪えるようなクツクツとした小さなじゃれ声。


 黙祷を終え、教師が続けます。


 こんな時期にですが、転校生を紹介したいと思います。


 夏の長期休暇直前、季節外れの新たな顔ぶれに少し響めく教室へ、「入りなさい」の一言で扉を開き、二人の少女が入場すると、クラスの熱量が一気に増しました。



 最初に入ってきたのは、とても地味な少女。



 ボサボサとした長い黒髪を背中で三つ編みにし、真面目さだけが取り柄だと言わんがばかりの黒縁眼鏡、前髪で目元を隠し、少し猫背の風体、集まるクラスの視線から怯えるように目を逸らす、見るからに暗い雰囲気の少女でした。


 クラスの熱量を上げたのは、その後に入ってきた少女。


 教室のあちらこちらから小さな溜息が思わず溢れました。



 現れた彼女、それは歩く夜、星の空。


 流れるような長い髪は雲一つ無い夜を想わせる濡羽《ぬれば》色。


 その長い髪が夜ならば、あの大きな瞳は星と呼ぶのが相応しい。


 どれだけ暗い夜空でも彼女を示す双子星、黒曜の星を収めた頭蓋、そこに引かれた美麗の面貌が優しく微笑めば、星はより淡く輝く。


 思わず溢れる男達の溜息に、女生徒達から返る舌打ち一つか二つ。



「初めまして、皆さん」



 一礼に気品、笑みに優雅ゆうがさ、スラリと伸びる白い手足、フリルのブラウスにコルセットスカートは英国向けのデザインながら、完全に着こなす佇まいが、彼女の血筋の確かさを感じさせます。



「今日からこのクラスでお世話になります、『田中由紀たなかゆき』と言います」



 その名字に奇妙な偶然かと目を細める数名は、日本でもっとも多い名字の一つなのだからと、その嫌な予感を横に置こうとした瞬間、彼女は言います。



「お察しの方もいるかもですが、先日亡くなられたの、です」



 そのまま微笑む由紀に、まだ自己紹介もしていない黒縁眼鏡の少女は、この正気の沙汰ではない作戦には冷や汗が止めどなく流れ続けていました。



「皆さん、良ければ仲良くしてくださいね」



 この修羅の場で微笑み続ける彼女、メクルは恐らく

 


 どこかが人として決定的に壊れている。

 


 傾国けいこくの美女へと化けたメクルの横顔を見て、アオメはどこか薄ら寒いモノを感じながら、 なれない黒縁眼鏡の位置を直しました。




§ § §

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