チートで護る現実《この》世界 ー 乙女達は今日も異能者を捕縛する ―

腐敗の夏、乙女達は命で駆ける
兎野熊八
兎野熊八

御影城の戦い その3

公開日時: 2021年2月9日(火) 23:08
文字数:3,784


  ∞  ∞  ∞




「お、きたきた、おっせぇよメクル」



 三原から先にやって来ているのがヒロとピーシーだと聞いて、メクルはすぐに作戦本部を後にして正門をくぐると、すぐそこに外灯を背もたれにして待つ二人が目に止まりました。


 ヒロはゆとりを持たせた半袖の白と黒のスポーツジャージに際どいデニムのショートパンツ、そこにシューズで合わせて来ています、地味にジャージは高級ブランドです、着心地が抜群です。


 その隣で座り込むように持たれているピーシーは変わらず同じコート姿です、ファッションに興味が無いと自称するだけの事はあります、しかしやっぱりすごく場違いな格好です。夜とはいえ夏です。



「おまたせ、ごめん、また三原さんに捕まっちゃって」


「だと思ったぜ、俺みたいにピーシーを生け贄にして逃げればいいのに痛っ!?」



 立ち上がったピーシーがヒロの背中をぽかんぽかんと殴り始めます。


 口を結んであからさまに不機嫌です、尻尾があるならビタンビタンと地面を叩いて不満を表すところですが、無いのでそのままヒロを両手で叩いています。



「だからピーシー不機嫌なんだ、それはヒロが悪い」


「だってあのおっさん話なげぇし、暑苦しいし、あとなんか臭い、あれなんの臭いだ?」


「成分分析、煙草、お酒、体臭、あと、お線香……」



 ピーシーはテントの中で服に染み付いてしまった臭いを嗅いで再び眉を八にして唸りました。



「はいはい、帰りにクリーニングにでも出そうね、というか今すぐ脱がない?」


「脱がない、まだ、暑くない」



 嘘です、ピーシーの額には汗がうっすら光っています。



「だから見てるだけであちぃんだよ……よいしょっと」



 そう言って、ヒロは高級ジャージの上を脱いで腰に巻きました。


 ジャージの下は黒い無地のキャミソールです、ブランドはわかりません、しかし両肩を出すヒロの両胸は間違いなくハイブランドでしたが、……やってることは夏場のおっさんのそれです。



「ひょー涼しいー……」


「ヒロ、さすがにそのショートにそのキャミは……」


「あ? んだよ涼しいぞ、夜風がきもちいぞーお前らも脱げ脱げ」


「破廉恥、ヒロ、露出魔」


「おいおい俺は誰に見られても恥ずかしくない身体してるぜ、てか誰も見てねぇよ」



 確かに正門の中、本城の見える最初の広場は蝉時雨も鳴き止む夏夜の静けさだけが広がっています。


 本来ならライトアップされているはずの御影城ですが、今は夜闇に溶けそうな程ボヤけた本城が微かに見える程度。


 その本丸に向かう進路には敷き詰められた白砂利と舗装された歩道が延び、それを挟むようにして聳える松の木だけが夜風に吹かれてヒソヒソと囁きあっています。



「さすがに静かなもんだね、じゃぁここで装備すませるからちょっとまって」


「脱がねぇの?」


「脱ぎませーん」


 

 制服の下は肌着と下着だけですので脱ぐわけもなく、メクルはそそくさと支度を始めました。


 背負っていたリュックと、肩に掛けていた迷彩バッグを下ろすとジッパーを開きます。


 中に入っていたのはメクルの近代装備一式です。


 真っ黒なショルダーホルスターを広げ、背広を羽織るように両手を通します。マガジンサックがついたベルトをお腹の上に回してCバックルをカチリとハメて止めて、サックに予備のM9のマガジンを入れていきます。


 素早く準備を進めながらメクルは二人に尋ねました。



「それでなにか動きはあった? 私達の他にあと一人来てるみたいだけど」


「あぁ演劇部の奴が一人来てるってよ、ほれ、あの変身能力のチート持ち」


影柄かげづか君かな? 変身能力者は何人かいるけど、こういった現場にくるのはたぶん、戦闘にも向いてるしね、彼」


「そうそう影柄、なんか久しく見てねぇよな、アイツ……まぁそれでだ、メクル来るまで暇だし軽く散歩でもしようぜってなって、その時にちょっと……いやかなり不気味なもんを見つけちまった」


「不気味? ゴースト系とか、呪術系? だったら専門のチームにも応援を打診するけど」



 メクルが今まで一番不気味と思ったのは、第26異世界『グアヌン』で見た、名状しがたき邪神を呼び出す為に行っていた呪術儀式です。生け贄となる動物に特別な魔法をかけ、首だけになっても死ねなくなった動物達の頭が数百匹分ズラリと並び、肺も無いのに泣き叫ぶ大合唱を見た時は、SAN値がピンチでした。



「少し違う、メクル、直接、見識希望」


「ピーシーが見ても不気味なの?」


「不可思議」


「ほうほう、わかった、見てみるけど……どこ?」


「あぁほら本丸近くの、あれだあれ鳩の餌売ってる茶屋あるだろ」


「あぁあのおばちゃんまだ元気かな、よく鳩の豆をオマケで多めにくれたよね」


「あのおばちゃんが出してる茶屋のちょっと横に石碑あるの覚えてるか?」


「…………覚えてない、鳩が可愛かった事は覚えてる」


「じゃぁやっぱ直接見てもらった方がはええな、おいピーシー、もっかい登るぞ」



 そう言うとピーシーはあからさまに嫌な顔をしました。



「……無理、もう、無理」



 体力の無いピーシーには確かに酷な話でした。


 なにせこの御影城は本丸、つまりはお殿様達が住む場所までにはいくつもの石門を潜り、合わせて200段近い石階段を上っていく必要があります。


 そもそも簡単には登らせないように、かつ登ってくる敵を倒しやすいように設計されているのが日本の城というものです。


 苔に覆われた城壁の石垣は高く、多く積まれた所なら10メートル以上はあります。その上に組まれた白壁と日本瓦の渡櫓わたりやぐらによってグルリと囲われ護られている御影城は、それはそれは鉄壁を誇ったそうです。


 この防衛の櫓が覆うエリアが本城までに四段重ね、四角いウェディングケーキのように重なり、本丸に向かうためにはこれらを西へ東へと遠回りさせられながら登るのです。



「……ヒロ、おんぶ」


「えー、俺の髪なげぇからバサバサ当たって鬱陶しいぞ?」


「いい、一人、無理、もう、無理……」


「しゃぁねぇなぁ、わあったよ」



 やれやれと肩をすくめてからヒロはポニーテールを結っていたシュシュとヘアゴムを外します。月光に浸したような長い金髪を外灯の下で艶やかに広げると、今一度ぐいぐいと束ねていきました。



「ちょっひょまっへろよ」



 と、シュシュを手首に通してゴムを口にくわえると腰まである長い金髪を今度はサイドテールになるように結び直しました。

 手際よくまとめてヘアゴムで固定してシュシュで結い根を隠して完成です。


 腰に巻いていたジャージを解いて着直し、さぁ来いとヒロはピーシーの前にしゃがみました。


 すでに体力的に限界のピーシーがよれよれと背中にに抱きついた所でひょいと持ち上げます。



「うお、あちぃ……なぁピーシー、お前、コートの中に何かいれてんだろ、感触が変だぞ」


「……ヒミツ」


「あぁさいですか」


 ちょいと唇を尖らせるヒロでしたが、疲れたピーシーの居心地が悪くないようにとわざわざ髪型を変えてジャージを着る当たり、なんだかんだでピーシーに甘いのでした。



「よし、こっちも準備できた」



 メクルもM9を左脇のホルスターに入れて固定し、反対側の右ナイフホルスターには柄の高い黒塗りのククリマチェットを装備してあります。マガジンサックに予備マガジンを3ついれ、デジタルナイトビジョンの暗視スコープもサックに入れました。


 そして最後にと迷彩バッグから取り出した大物をみて、ヒロが目を丸くします。



「うわ! なにそれ! やっべぇー! かっちょいい! 見せて! 撃たせて!」



 それはいわゆるグレネードランチャーという武器でした。


 40ミリグレネードをポンポンと打ち出す回転マガジンで6連発、リボルバー式のグレネードランチャー、『MGL-140』通称『ダネルMGL』です。


 大きくメカチックなオモチャに目をキラキラと輝かせるヒロに対してメクルは、



「ダメ、手芸部からヒロはすぐ壊すから銃器を持たせるなってキツく言われております」



 鬼から赤子を隠すようにランチャーを抱きかかえ隠しました。



「なんだよケチ、いいじゃんかよー、一発だけ、一発だけでいいからヤラせてくれよー!」


「ヒロ、セクハラ、ぽい」


「ヒロ、セクハラ、だよ」



 メクルとピーシーに窘められると、ヒロは再び唇を尖らせ、



「ちぇーなんだよー、いいよーだ、今度手芸部に俺用の奴を作ってもらうもーんだ」



 子供みたいにいじける素振りをするヒロにメクルは思わず苦笑いでした。



「よし、それじゃぁ行こうか、鳩のお茶屋さんへ」


「その隣の石碑な、よし行くぜー、ピーシー、しんどくなったら言えよ」


「あんまり、揺らさず、ゆっくり」


「んー? 酔いそうだからか?」


「少し疲れた、少し寝る」


「ははは、そうかそうか、俺におんぶさせておいて寝ようってか? よしわかった、メクル、俺は全力で行くから後でな」


「あぁ、うん、でも静かにね? 目的わかってるよね?」


「わかってるよ、じゃ、お先に」



 意地悪そうな微笑みを浮かべています。走る気満々です。



「うそ、冗談、寝ない、だからゆっくり、ゆっくりぃぃぃぃおぁあぁあぁぁぁぁぉぁぁぁぁ――……」



 ピーシーの制止の声空しく、ヒロは走り出しました。


 背中に人など背負っていないかのように、軽快に走り去るに聞こえるピーシーの悲しい声があっという間に小さくなり、夜闇へと消えていきました。



「ヒロ、今日は出力上がってるなぁ……新作でも投稿したのかな、さて」



 迷彩バックを押し込んだリュックを背負い、メクルも小走りでスタートしました。



 目指すは本丸、最上段です。

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