「なんだそのイケメン風な接続の仕方」
藻掻くアオメと微動だにしないピーシーを横目にヒロは何故か少し不満そうです。
少ししてピーシーが接続したまま手を広げてパタパタなにか催促すると、メクルは取り出したスマホを手渡しました。
ピーシーがスマホを握り少しすると、スマートホンのムービー機能が勝手に起動、ノイズが少しありますが昨夜の光景が映り始めます。
夕日を背に立つ一人の人間がこちらを見ていました。
これはアオメの主観、アオメの目で記憶した映像です。
「学ラン、御影の高等部、たしかに男だな……ほせぇ体してんなぁ」
「身長は、170ちょいくらいか、もっとあるかな」
「くそ、学ランにパーカーとか、季節感考えろよな」
季節感出し過ぎているヒロのキャミ&ショートもどうかと思うけどと心の中で思いつつ、メクルも映像を注視します。
男子の学ラン姿にフードを被り、顔は確かに少し暗くて覗えませんが、骨格を見れば確かに男性です。
アオメがそう証言しているのですから、記憶の中ではこうなっているようです。
『争いを止めてください、二人共』
声がしました、男の声、しかし優しい声なのかどうかと問われれば、
「ピーシー、もっと声をクリアにできない?」
スマホから聞こえるのはノイズのかかった掠れ声。
もう少しクリアにできないものかと尋ねるも、ピーシーは頭を小さく左右に振ります、片手でアオメの顔を固定しているのでアオメも顔を振られます。
『……何者だ、儂はたしか死んだはずだと思ったが、此処が地獄か?』
明久です、その声も昨夜の本人の声とは少し違って石で削られたような声でした。
『地獄ではなく、現実です。僕が君達を蘇生しました、君達がこの御影学園の”死者の中でもっとも強い力”を放っていたからです』
『……蘇生だと? 都の陰陽師共が騙る反魂の術という奴か? して、此処はどこだ? 妙な匂いだ……臭い、淀んでおる、人の腐ったような臭いだ……、のう陰陽師の小童よ』
『ここは御影城ですよ。それに……ええ、この時代は腐っています、弱者は生きながら強者の餌にされ、また餌になっている事も気づけないように教育されました。貴方達が生きていた下剋上に次ぐ下剋上が許された時代からは400年以上たった時代です』
『儂の、城? よん、ひゃくねん? 四百年! ぬはははははっ!! これは痛快、くずれ狂言もここまでくれば小気味よい! 小童め琵琶の法師にでもなったつもりか!』
『嘘ではないんですけどね、とりあえず話を聞いて貰えますか?』
『いいだろう、面白い、まこと面白い、して何をする気だ? このような老体を起こしてまでなにを願う』
『分かっていると思いますが、もっとも力のあった年齢で蘇生してあります、動くはずですよ……死んだ時よりは』
『ほう、どれ……』
と、立ち上がる明久をアオメは見ています。
混乱しているのか浅い呼吸で、その視点が小刻みに震えていました。
自分も裸であれば男も裸、筋骨隆々、濃い体毛に覆われた肉体は確かに若々しさを感じます。
『ふは、ふははははっ、素晴らしい! 確かに力が漲る、あの怪鳥を撃ち落とした時よりも滾っておる!』
『いつ死んだのかは知りませんが、その状態がもっとも器が大きく、そこに命が満ちていた貴方の形です』
『いつ死んだか? 大往生も大往生よ、八人の女と三九人の孫に囲まれて天寿を全うして大手を振って黄泉に来たつもりだったが、まさか400年後の我が城ときたか、これを笑わずにいられるか! ぬはははっ!』
豪快に大声で笑う明久が手をかざすと枯れ木が折れるような音が連続して聞こえます。
バキバキバキと恐らく木材のへし折れる音です。
するとどこからともなく、長く黒い釘が明久の手に集まりだしました。
『すごい力ですね、鉄を操るのですか?』
『左様、儂も五行を会得した身よ、こっちの小娘もな』
振り向く明久に、アオメの瞬きが増えます、そして少し震えていました。
『して、何を願う? 我らをどうしたい?』
明久が男へと視線を戻し尋ねる、その隙にアオメが動き出しました。
視線が左右へと泳ぎ、やがて近くの茶屋にある土産コーナーにあった木刀が目に入り、それを取りに走ります。
『君達には僕の手伝いをして欲しいんです、僕には還るべき場所があるんです』
青年の言葉が途切れ途切れに聞こえると同時に、アオメが手にした木刀を握り込むと、明久めがけて走り出しました。
『ほう、まぁよい、後に詳しく聞こう、まずはこの怪鳥めを手籠めにしてからだ』
アオメの木刀が振り下ろされるのと同時に、明久の釘が木刀を弾きます。
映像はそこから逃げる明久を追いかけ、時には追われながら戦うシーンが続き、そしてしばし隠れて夜を待ちながらタオルを一枚拝借し、あとはヒロとメクルが見たシーンへと来ました。
「ピーシー、もういいよ、ここからは大丈夫」
「わはった」
ポンっとアオメの口から離れると、垂れる涎を制服の袖でぐいぐいと拭きます。
口を放されたアオメはなにやら視点を宙に彷徨わせてボウとしていました。
「大丈夫かよ、ピーシーの接続はわりと頭が疲れるんだよ、無理矢理脳みそ動かされるからな」
ヒロが呆けるアオメの目の前で手をひらひらとさせてみると、
「…………あれじゃ、昔飼っておった、犬を思い出しておった」
気を紛らわせるためでしょうか、なぜか神仏へと拝むように手を合わせたまま、懸命に犬に顔を舐められていると思い込む事で羞恥の心を押さえていたようです。
「へー! 犬飼ってたのかよ! 俺も飼ってるぜ、柴犬! 名前はレッド!」
急にテンションを上げ上げになったヒロは大の動物好きです、犬、猫、蛇、虎、狼が特にお気に入りです。
「ほう、奇遇だな、我が家は黒い柴犬であった、名前は九郎丸だ」
「黒柴! いいじゃん! おいおい写真とか……とか……あー、ねぇ、わな、すまん」
しまったと、ヒロは目を伏せました。生きているわけもなければ、そんな昔に写真という技術もなかったのですから。別れしてしまった家族の事を思う程、辛いものないのにと、ヒロが珍しくも顔にだして反省していました。
「かまわん、家族想いの、良い奴だった……久しく思い出すこともなかったが」
アオメも声が暗く落ちこんでしまいました。
「みたい? 映像、ある」
と、ピーシーが言いました。
「お、そんな昔の映像も抜いたのかよ?」
「部分的に抜くより全部抜いて一気に整頓したかったんでしょ、見られるの? 400年も前の映像」
「欠損、多い、でも、少しなら」
そう言うと、ピーシーは壁にかけてあったテレビへと向かいました。
Wi-Fi機能のついた70インチの新型です。
電源を入れて手をかざすと砂嵐が映し出されました。
「一体なにを? そのテレビに……テレビは、映像を、映像? あぁ映像というのか」
アオメは自分で口にした言葉を吟味するようにして繋いでいきます、インストールされた情報が完全に馴染みきるまでは、検索に若干のラグがおこるのは仕方が無いことです。
「昔の記憶も映像にできるんです、ピーシーなら」
「お、なんか見えてきたぜ、音量上げろよピーシー」
言われた通りにピーシーがテレビの音量を上げると、だんだんと笑い声と犬の鳴き声が聞こえてきました。そして、砂嵐が少しずつ和らいでいくと、映像が見えてきました。
柴犬でした、黒い柴犬が黒髪の少女と走っています。
その映像を前に、アオメが短く息を飲む気配がしました。
「そん、な、あれは――」
草原でした、青々とした草原、遠くには小川が、周りを大きな山に囲まれた草原を黒い柴犬と少女が笑いながら走っています。
春でした、風に舞う桃色の花びらを追いかけ芝犬が走って転ぶと、後を追う少女も笑って一緒に転がって走り回っています。
「九郎丸……、あれは九郎丸だ、それに、あぁなんてことだ……こんな、こんなこと……」
メクルが気づいた時には、アオメは大粒の涙を溢していました。
蒼い瞳から溢れる滴が、ポタリ、ポタリと、シーツへと落ちて弾けました。
「……そりゃ嬉しいわな、思い出すのと違って、実際に見られるってのは」
久しく見ていなかった旧友との再会、昔は映像を残す技術も無かったのですから、当然です。
映像では楽しげな声で走る幼い少女、そして九郎丸、つまりは主観の主がアオメならば一緒に走っているのは違う少女ということになります。
「アオメ、この女の子は――」
「あぁちょいまち、もうちょい待ってやれよ」
少女の正体を尋ねたメクルをヒロが止めます。
アオメはくぐもった声をあげて泣き出していました。
こぼれ落ちる涙は増え続け、次第に鼻を啜り始め、口に手を当てて嗚咽を堪えるように泣いていました。
肩を喜びで震わせながら、涙を滲ませながらも映像から目を離すことができず、
メクルとヒロはそんなアオメを見て、また見合います。
「ヒロ」
「おう」
「バスタオル」
「おうよ」
すぱっと立ち上がってヒロはバスルームに駆け込むと、バスタオルを片手に戻ります。
そしてそれをアオメへと差し出しました。
「ず、ずま、……すま、……すまない……まさか、また顔が見れられと、思ってなくてな」
また涙が溢れだして、アオメは受け取ったバスタオルを顔にこすりつけ、拭いても拭っても溢れる涙をタオルは吸い込み重くなっていきます。
「だよな、でも人間の脳ってのは覚えてるんだよ、本当はこんなにも鮮明にな」
「うっぐ、うん、すごいのだな、チートというのは、感謝する、本当に、ありがとう、ピーシー殿」
「だってよ、ピーシー」
感謝されたピーシーは何も言わず、ただ無言で親指をビシっと立てました。
「それで、この女の子は……妹さん?」
「……あ、あぁ……妹だ、6歳になった時のだな……」
黒い芝犬と笑顔で戯れる少女には、どこかアオメに似た面影があります。
「お、じゃぁ向こうにいるのは、アオメの父ちゃんと母ちゃんか?」
「……あ、ああ、あぁそうだっ 父様と、母様っ、それに村だ……故郷の神崕の村だ! すごいちゃんとまだ、大水車も……遠くの煙、あれは鍛冶場の煙なんだ! ああ御神の山々も見えるぞ!」
――神崕。
その一言に同時にメクルとヒロが同時に反応します。
「ちょいまて、神崕って、あれだ、ほらあの話の」
「二百野盗語りの……てことはアオメ、もしかして明久とは――」
メクルが尋ねた時、アオメの涙が止まりました。
病室の空気が音をたてて張り詰めたのかと思う程に、目の前のアオメの気配が鋭くなると、手にしていたバスタオルを握り絞める両手が強く結ばれ、震えていました。
「そうだ……明久は……同郷、私の父の弟、私の叔父にあたる男だ」
今まさに、記憶の全てを思い出したのだと、確かに思い出したのだと、怒りに震える身体を押さえ込むようにアオメは言いました。
「そして神崕の皆を……、やがて私を……、皆殺しにした男だ」
それが理由、昨夜、彼女があの男と戦っていた、使命だと、アオメの瞳は青い復讐の炎を揺らめかせていました。
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