チートで護る現実《この》世界 ー 乙女達は今日も異能者を捕縛する ―

腐敗の夏、乙女達は命で駆ける
兎野熊八
兎野熊八

腐敗 その3

公開日時: 2021年3月18日(木) 23:16
更新日時: 2021年3月22日(月) 12:37
文字数:5,511

「……ひでぇことしやがる」


 声に籠もる苛立ちと怒り、ヒロは彼と過去に何度か仕事も共にした仲でした。


 メクルも何度か仕事で肩を並べた事がある間柄、その能力の多様性もさることながら、特に好ましく感じていたのは彼の人柄でした。


 御影学園演劇部の影柄かげづか君は少し目立ちたがり屋の男の子でした。


 流行のファッションなんて目もくれず、独自の路線を突き進んではこれが意外にも部員からは好評で、部では個性的でいて信頼のおけるムードメイカーでした。



 そんな彼も、今やただの裸体の死体。



 7畳半の個室、小学校の頃から使い続けているのだろう古びた椅子と学習机、その上に開かれたノートPC、漫画や小説が詰まった本棚、変色した壁の色を隠すかのように貼られた世界地図、廊下と同様、一階と比べると整理整頓、そして清掃された部屋でした。


 そのせいか、打ち付けられた影柄君の遺体が際立って異様に見えました。


 青ざめた二枚目な顔立ち、少し筋肉質で焦げた肌、手、膝、足を壁へと何本もの釘で打ち付けられ、穿たれた穴からこぼれ落ちた血が筋を描き、下のマットレスに血溜まりを広げています。



磔刑たっけいだね……」



 磔の刑、大釘で穿たれた手足から抜け落ちきった血液が固まり、壁に二筋の線を描いています。事切れて支えきれなくなった身体を前へとダラリとしな垂れる姿は、まさにかの宗教的象徴を彷彿とさせます。


 大きく違うのは刺し傷が脇腹せいこんだけではないことです。


 両方の太股に複数の刺し傷、腹部への複数の刺し傷、胸への複数の刺し傷。

 

口はガムテープで塞がれ声も出せず、顔には涙が這った後が見えます。



「見てられねぇ……メクル、下ろすぞ、いいな?」


「ダメ」


「んだと? 御影の仲間がこんな目にあってんだぞ!」


「早く下ろしてあげるためにも今はダメ……待って、今、



 息を整えてから、ゆっくりとメクルは心の中で唱えます。

 

 この情況が、このシーンが、誰かに荒らされる前に、読む必要がありました。



 影柄輝男、彼の悲惨な結末、その先を読むためにも、メクルは力を発動させます。




(――私の目は全てを観ている、『脳内演劇プロット』の作成を開始)




 見開け、見ろ、観ろ、視ろ、診ろ。思考を加速させて情報を処理しろ。

 

 この状況を、ページを、場面を、残された文法と言葉と意図を繋いで紡げ。

 

 俯瞰ふかんしろ、ステージから出ろ、外から物語を読むために、意識と視感を空へと飛ばせ、物語という模型を眺めるように一歩外へ出ろ。

 

 情報はいけいを掲げ、情報せりふを繋げ、情報いんしょうを紡げ、私の脳は全てを覚えている。




(――私の脳は全てを覚えている)




 ―― 場面ステージ設定を開始 ――


 御影学園、日本政府とも深い関係を持つ能力者達が暮らす学園。

 その敷地内にある住居エリア、北野団地、田中家。

 ダイニングと私室。

 

 ―― 登場人物キャラクター設定を開始 ――


 田中庄司:田中剛の父親、4年前に離婚後、

      精神疾患を患う、通院歴有り、

      アルコールへの依存症あり、

      鬱の症状有り病状による無気力、

      性格による怠惰な生活、無職により貧困、

      生活保護の再審査結果は不適合

      追い詰められていた。遺体その1。

 

 影柄輝男:御影学園演劇部所属、

      異能力『三枚目どうけし

      無機物有機物を問わず自在に化ける。

      諜報、隠密活動を得意とする。

      遺体その2。 


  メクル:図書委員所属、異能『二次創柵』

      創造で構築した世界に相手を閉じ込める


   ヒロ:図書委員所属、異能『英雄像』

      自身のことを想う人間に比例し能力を得る。


 ピーシー:図書委員所属、異能『PC』

      人間をPCと同じように扱う。



  ???:謎の第三者、犯人?



 

 ―― 時系列タイムテーブル設定を開始――



 全ては4日前、影柄輝男が田中剛と入れ替わった時から始まる。


 一日目、レイズが現れた日、影柄は田中剛の死に関わる隠蔽工作に参加していた。


 二日目、レイズ探索が行われるも、予想していた生徒は全て白だった。


 三日目、御影城にての事件、生き返ったアオメと明久と現場にいた御影の生徒。


 四日目、病院でアオメの出自にまつわる詳細を確認。


 五日目、影柄輝男と田中庄司の遺体が発見される。




(――、全設定の構築完了、意図ぎじじんかくの接続を開始)




 記憶してきた情報を紡ぎ、作成した意図を登場人物へと繋ぐ。

 自らの精神へと舞台を創る。


 

 それは、世界を創造できるほどの情報量を有するメクルにしかできない事。

 それは、結末に至るまでの物語を鮮やかに演じる意図繰りの小人劇。

 それは、過去、境遇、情況、状態を知識で縫い合わせ、推測の意図で動かす人形劇。

 


 そして結果を見ることで、さの先の未来、『結末こたえを先読む』力。

 


 能力名『二次創柵ファンフィクション』応用技『脳内演劇プロット』 

 


 結末で待つ犯人へと証明しょうめいを当てる、これがメクルの先読みです。

 

 舞台が始まる、物語が始まる、ベルを鳴らせ、席に着け、幕を上げろ。




(まずははじまり




 田中剛は異世界ネピリウムと転送され、そこで得た能力により性格が変貌、帰還困難、また継続して異世界への居住は天災となるため、能力によりメクルが創造世界へと隔離した。


 その後、田中剛の家族、クラスメイト、知り合いへの帳尻合わせのための【台本】を演劇部が作成開始、事前に演劇部と調査していた情報を元に異世界へと転送される前の田中剛の物語を『脳内演劇』により作成、さらに田中剛本人の記憶データを手にしていたピーシーが演劇部へと協力、台本が完成。


 田中剛役に変身能力者『影柄輝男かげづかてるお』が配役される。




(次にことわり




 演劇部、現部長の異能力『脚本家エンターティナー』は作成した台本を相手に読ませる事で、台本通りに動く完璧な催眠状態を施す。


 これと影柄輝男の異能力『三枚目どうけし』による完全変身能力を合わせる事で、田中剛の擬似的ぎじてきな生活劇《せいかつげき》が始まる。


 台本では一週間後、学内で胸を押さえて倒れた田中剛が御影総合病院へと運び込まれ、同時に、『保健委員』制作のダミー人形との入れ替え、父親への報告となり幕が降りる。


 一連の流れを把握し、影柄輝男は任務へと着いた。


 その日の夕方には田中剛へと変身した影柄が完全に役を演じきっていたのが確認されている。


 その後、1人で田中家へと帰宅する。


 それから五日間、影柄輝男からの連絡が途絶える。


 演劇部、部長曰く、体調不良の演出のため部屋に引き籠もっている、当人も完全に田中剛へとなりきっているため、当時の精神状態を模倣もほう、軽度の新型うつに相当する症状も出ているはずとし、正確な確認を怠る。


 物語の三日目、御影城での一件、田中(影柄)が御影城への入城を警察により確認されている。これは催眠が解けていないとすれば、まずあり得ない行動パターンである。


 翌日、近隣住人による異臭への苦情、通報により両名の遺体を警察が発見。


 遺体から御影学園生徒会執行部の印が押された生徒手帳を確認、警察が生徒会へと報告、現場を緊急封鎖し現状へと至る。




(そしてころがり




 ――二人キャラクターの死。


 ダイニングにて田中庄司の遺体、後頭部からの銃殺。後頭部から前頭葉に向け貫通の弾痕有り、然し弾丸は確認できていない。犯人が犯行後に持ち去った可能性有り。


 死後、三日から四日程度の腐敗、胃液で融解し発生した腐敗ガスで身体が膨張。


 季節と衛生環境が腐敗を促進させた可能性有り。


 二階、七畳半の私室に田中剛を模した影柄輝男の遺体。


 現在はその変身能力が解けている。


 磔刑たっけいのように壁へ磔にされている、太股、腹部、胸部に見える範囲だけで数カ所の刺し傷を確認。


 状況を鑑みるに意図的な加虐の痕跡、もしくは拷問の可能性有り。


 死因、出血によるショック死、もしくは内臓への致命的な刺傷。


 

 加虐、拷問、磔刑、十字架、象徴、御影城にいたとされる影柄、あと『   』

 


  ――『   』――  ? 



 違和感、抜けているピースがある、どこに落とした?




 繋がっていない、繋がらない、なにが、どこが、どこで物語の意図がもつれた?


 『   』では辻褄が合わない、――違和感。


 欠片ヒント欠片ヒント欠片ヒント、この脳のどこかにある。この舞台のどこかにある。


  読み飛ばしてはいない、どこかにある、俯瞰しろ俯瞰しろ俯瞰しろ、目を凝らせ。


 気持ち悪い、臭いが邪魔だ、集中しろ。




臭い? 腐敗…………、あ、そうか『  』だ)

 



 メクルは影柄の遺体を今一度よくます。

 

 違和感の正体は遺体の腐敗度ふはいどでした。


 『  』の正体は『腐敗』

 

 下で亡くなっていた父親と比べれば、その差は一目瞭然。

 

 この異体は、まだ腐敗がまったくと言って良いほど進んでいません。

 

 まるでついさっき殺されたような、新鮮《フレッシュ》な死体。

 

 それなのに異常なまでに、凶悪なほどに強くて黒い……、




   『腐敗臭ふはいしゅう




「もういい、俺一人で下ろす」



 メクルが回答を導くと同時に、ヒロは前に進み出ました。


 ヒロは苛立っていました。


 ここへ来るまでに既に死亡について聞いていたはず、それでも押さえ込んできた苛立ち、つまらない冗談で誤魔化した怒り、それが影柄の遺体を見て限界にまで吹き上がりつつありました。メクルは叫びました。



「まって! ヒロっ! ピーシー! ッ!」 



 叫ぶメクルを無視するようにヒロが磔られた遺体へと近づき、打ち込まれた釘を掴むと素手でそれを引き抜きました。


 その、瞬間。




 ――景山輝男、その、持ち上がったのでした。





「……は?」




 まるで天から脳天に刺さった一本の糸を引き上げられたように、持ち上がった頭部。

 次に両の瞼が持ち上がった。

 白濁した両眼、命の消えた目、そこから涙が零れて、落ちて、そして叫んだ。





嗚呼ああああああああああああああああああああ!!!!」




 遺体が叫ぶ、死んでいたはずの男が叫ぶ。




イヤダア!! モウ嫌ダァ!! 嫌だ! 嫌だ! 止めてくれ、辞めてくれっ!! 止めろっ!!」




 叫び、暴れる、釘で打ち込まれた四肢が引きちぎれる程に、絶叫し捻り狂う。



「痛い痛い痛い痛い痛い嫌だ痛い嫌だ痛い嫌だ嫌だ嫌だ阿Aあ亞!!! もう、もう嫌だっ!!」



 生きたまま針を刺されたカエルのように全身を全霊で痙攣させて両肩両足を揺さぶる。


 次第に両の手首の部分から皮膚が裂け、血管が千切れ、血が噴き出し、やがては手を置き去りにすることで釘から解き放たれた両手を振り回し血を振り撒いてヒロに向かって叫びます



「もう僕ばっ!! これ以上ッ!! ごれ以上はっ!!」



 嗚咽おえつ絶叫ぜっきょう



ッ!!」



 彼は叫び、そして止まりました。


 糸が切れたように全身の力が抜け、その重みに耐えられなかったのか、膝からボキリと折れて、千切れて、マットレスの血溜まりへと彼は落ちました。


 反射で痙攣し、千切れた両手から血を吹き出しながらマットレスを新しい赤い色で染めていきます。



「くそッ!!」



 咄嗟に動けなかった自分への罵声を吐きながらヒロは飛び出すようにマットレスの影柄へと駆け寄ると、躊躇う事無くその身体を抱き上げました。



「おい! しっかりしろッ! 生きてたのかよ! 生きてるならさっさと返事しやがれ!」



 四肢の切断、再び始まった大量の出血、急げば間に合うのか、全力で走れば間に合うのか、そんな事を考えるくらいなら動けとヒロが再び変身しようとした時、



「待ってヒロっ、もう影柄君は……」



 駆け寄ってきたメクルがヒロの肩を掴んで止めます。



「わかんねぇだろ! 全力で走れば、いや血だけでもなんかで縛って止めればっ!」



 怒りと焦りでギラつく目を見開き、影柄の身体を落とさぬようにと肩と膝に手を入れます。死ななくて済む可能性が少しでもあるなら、とにかく急げばなんとかなるかもしれないと、ヒロが影柄を持ち上げた時、既に変化は始まっていました。



「あ、なっ!?」



 持ち上げた影柄君の身体がボロリと崩れました。


 熱いミルクに浸したビスケットのように、ボタボタと真っ赤な血を溢しながら、ボロボロと崩れました。


 ヒロが持ち上げた事で自重に耐えられなかった部分がブチリ、ブチリとマットレスへと落ちます。

 

 影柄の身体が急激に腐食を始めていました。


 バーナーで炙られたチョコレートが急激に溶けていくように、ブツブツと皮膚が泡立ち肉が溶け、ガスを吹き出し腐り落ち、巻き散らかされる強烈な死の香りが、部屋に留まっていた死臭をさらに強くしました。



「あ、あ、おい、影柄……消えてんじゃねぇよ……なぁ」



 溶け落ちた影柄だった物が今は制服の染みとなり、ヒロの手に残った骨も塵となり指先からサラサラと流れ落ちました。


 消え落ちた彼の痕跡に呼びかけても、答えは返ってきませんでした。

 



「ヒロ……ピーシー、どう?」



 俯くヒロの肩に手を置きながら、メクルがピーシーに尋ねます。

 

 影柄の磔になっていた横に置かれて学習机、その上のノートPCへと駆けつけたピーシーが、それを閉じた状態で首を横に振りました。




「ダメ、逃走……、誰か、




 机の上のPCは、なぜか椅子に向いてではなく、扉に向かって開いていました。

 まるで部屋の侵入者を見張るように。



「やられた……、この情況そのものが私達ついせきしゃの情報を手に入れるための罠だったんだ」



 開いていたノートPCの上部にはライブチャット用のカメラ、部屋へと入ってきた人物を写すために仕掛けられた罠であり、そして情況は攻撃。


 姿を映されたのは、メクル、ヒロ、そしてピーシー。


 凄惨な死を目撃させる事による精神への負荷。


 能力の威力。


 では、こんな事ができるのは誰なのか。

 こんな事をする理由があるのは、誰なのか。


 カメラの向こうにいるのは、何者か。


 御影学園に人間をこのように腐敗、もしくは溶解する事ができる能力者は数名います。


 しかしこの情況で、能力の使用を許可される人間は極めて限られているはず。


 なによりメクルは自分が作り上げた舞台、脳内舞台のラストシーンへと現れた答えに、確信を得ていました。




 物語のラスト、その照明の中へと現れたのは、間違いなく彼でした。




「――レイズ……、彼は恐らく、命を操れる




 ヒロの肩がブルリと震え、握られた拳がマットレスへと打ち付けられました。

 


§ § §

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