チートで護る現実《この》世界 ー 乙女達は今日も異能者を捕縛する ―

腐敗の夏、乙女達は命で駆ける
兎野熊八
兎野熊八

脳は覚えている その4

公開日時: 2021年2月28日(日) 23:56
更新日時: 2021年3月23日(火) 09:34
文字数:6,497

§ § § 



 アオメの華麗なジャンピング土下座の後、とりあえず、4人はお茶会を開きました。


 ソファーやテーブルを部屋の端に寄せてフローリングにベッドから引き剥がしたシーツをピクニックシート代わりに、枕や敷布団をクッションにして座り、4人は茶菓子とお茶、ケーキにパンを囲みます。


 ヒロは恥ずかしげも無くあぐらを組み、ピーシーは体育座り、メクルとアオメは正座をして向き合いました。


 アオメと昨夜の記憶を整頓して取り戻しつつ、現代の言葉を理解してもらい、そして今がアオメが生きていた時代から既に数百年が過ぎた時代なのだと説明すると、頭を抱えながらもアオメは状況をゆっくりと飲み込み始めました。


 何度かの休憩を挟みつつ、ヒロが購買で買ってきた現代のスイーツ、パン、お菓子などでブドウ糖と一緒に現代の状況を脳に吸収させつつ、ようやく一段落ついた時にはすっかりとお昼を過ぎ、オヤツの時間でした。


 何もかもが変わったはずなのに、なぜかその名称、用途だけが理解できてしまうという、不可解な状況にアオメは眉を潜めて言いました。



「信じられぬが、そうか……私は死んで、本当に生き返ったのだな、本当におかしな気分だ」



 手にした金平糖を投げ込むと、飲み込み難い現実を嚙み砕くようにして奥歯ですり潰し、苦いお茶と一緒に飲み込みます。



「御影城と火縄銃をご存じのようですし、恐らくはアオメさんが一度お亡くなりなられて440年くらい、鉄砲伝来は1543年、御影城ができたのは1567年とされてますから、アオメさんは戦国と呼ばれる時代の生まれという事になります」


「室町幕府、権威失墜、各国大名、国盗りゲーム」


「室町幕府か……あぁ、そうだな京の都、足利の為政に本当に困ったものだった、おかげで世は乱れに乱れていた……都ばかりが虚勢の花盛りを謳歌する一方で、その周りでは山川は血で染まり、食うに困った親が小枝のように痩せ細った子の死骸を食う……酷い有様だった」


「……アオメさんはその次代の京都にも行ったことがあるのですか?」


「ん、あぁ、生前に一度か二度、父上と一緒に都見物で赴いた事がある……、それが440年も前になるのか……、今の京の都は……はは、観光地というのだな、春の日よりに物見遊山で歩くには良い所だったのは覚えている」



 しみじみと語るアオメを見るにつれ、死者蘇生の事実が固まると、メクルはなんだか胃の辺りがチクチクとしてきます。


 何か大きな問題にならなければいいのになぁ、などと恐らく叶わない願いまで浮かぶ始末です。



「それで、アオメさんはどこのお生まれなのですか?」


「……すまぬ、そのメクル殿、私の事はアオメと呼んでくれぬか?」


「えっと、堅苦しいですか? 現代における目上の方への礼儀作法の一つなのですが」


「別に450歳というわけでもないのだ、それに驚いた事に肉体はやや若返っている……それに……そうだ……」



 瞳を陰らせて思い返す記憶に、未だ戸惑いを隠せないのか呟くように続けました。



「昨夜、私は明久めの奴を討ち取ろうと挑み、返り討ちにおうた……奴と討ち合ったのは私が二十歳そこらの頃だったが、今はそれより若い、なにより力が漲っている……それでも結局、また負けてしまったのだが」


「覚えているのですか?」


「ああ、昨夜の事もしっかりと思い出した……、あの夜、目が覚めたら私はあの男と二人、狭い箱のような物の中におった、しとねを共にする夫婦よう互いに一糸まとわぬ裸体でな、思い返すだけで身の毛もよだつ一時だった」



 アオメは両肩を震わせ、膝上の両拳を握りしめ震えていました。



「そのあと、なんとかして外にでた、無我夢中だったのは覚えておる」


「で、あのおっさんとバトってたと」


「……バトって?」


「バトルって意味です」


「バトル……あぁ、戦いという意味か、うむ、近くの茶屋に木刀を偶然みつけてな、それを拝借して奴を――」


「あ、ちょっとまってください、その前に聞きたい事があるんです」


「お、そうだそうだ、聞きたい事があったんだよ」



 昨夜のバトルの話へと移るのをメクルが止めます、聞きたいのはその前の事です。

 

 ヒロもさすがは図書委員、まずは聞くべき事をわかっています。

 

 二人とも同時にアオメに尋ねました。



「明久の他に誰かがいなかった教えてください」

「明久の野郎と戦った時のお前の能力について教えろよ!」



 二人ともまったく違う事を尋ねました。

 二人とも見合ってから、『こっちの方が重要じゃない?』と視線を向け合います。



「あぁ、……そうだな、ではまずはヒロ殿の質問から答えようか」


「よっしゃ!」



 ヒロ、謎の勝利のガッツポーズです。



「三人は『五行ごぎょう』というものを知っておるだろうか?」


「知ってるぜ! りんぴょーとーしゃーって奴だろ! 忍者がよくやるやつだろ!」



 シュシュシュっと興奮気味にヒロがそれっぽく十字を切るように指を動かすと、メクルはすかさず訂正します。



「ヒロのそれは『九字くじ』だね、それで五行って、あの『木』『火』『土』『金』『水』の?」


「うむ、『九字』は主に心信護身のために行う呪文、強き言葉で心を強く保つ術だ。『五行』は水木火土金の気、5つの気の相剋と相生を統べる術、五行は全ての理に在り、また全ての命に宿る物、命そのものと言ってもよい」


「中国、昔で言うところの唐の国から渡ってきた陰陽説と五行説のことですよね、でもその言い方から察するに……」


「左様、少し意味合いが異なる。起源を同じくするも、その有り様は長い時の中で2つに分かれた、例えばこれだ」


 

 アオメは手にしていた煎餅を2つに割ると、それを左右の手に持ちました。



「一つは、この煎餅の作り方を書に収め、それを伝聞し、国の政に役立てる……学術? んー、インテリ? 現代語は難しいな……つまりはその知識を極めて解りやすく、多くの人間に授ける事にした一派だ」



 割れた煎餅の片割れを事ありげに見ながら、ヒロはウンウンと頷きます。



「だ、そうだ、わかったかな、メクルさんや」



 と、知ったげな態度でメクルを顎でひとしゃくり。



「今で言うところの大学、当時で言う陰陽寮、陰陽師と言われている人達の事を指してるのかな、たぶん」


「え、陰陽師って除霊とかする奴らじゃねぇの?」


「んーちょっと違う……当時の厄災を陰陽思想って考え方で解決する人達の事で、その昔は国に起こった天変地異や疫病を邪、つまりは目には見えないナニカのせいとすることで国民の心のバランスをとってたんだよ、そしてそのナニカを解決する方法として用いられた方法の一つが陰陽道、陰陽師と言われる国から派遣される人達」



 目に見えない邪を払う、どうしようもないと思われた厄災を言語化、または具現化し、それを払うこと。

 

 国の中枢に務める人間が収める事で権威を保ったとの一説もあります。



「うむ、そのような解釈でかまわぬ……だが奴らが収めたのは、ただの知識、実を伴わぬまじない事に傾倒した。次第には大げさな祭壇、大げさな祝詞、大げさな舞踊、そのほとんどが見せかけで……あ、いや、確か1人か2人、本物がおったとも聞いてはおるが……まぁさておきだ、そこでもう一つの一派、つまりは私の先祖に当たる一族は奴らはと違い、これに実を伴う」


「実を伴う、ですか」


「うむ、つまりはこういうことだ」



 と、アオメは手にした半分の煎餅を口に投げ込むとガリガリと噛み砕き、飲み込みます。



「我々はその知を、術を、法をこの身に宿した、この通り身体の血肉として取り入れ、そして体現するために己の心と身体を鍛え上げた」



 言い終えると同時に残った煎餅の片方を宙へと弾くと、アオメは腰から刀でも抜くかのように手刀を構え、瞬間、その姿が僅かに揺らいで消えた。消えたように見えたのです。


 ヒロだけはその一瞬が見えていたようで、感嘆を漏らしました。



「ほえー、……おみごと!」



 弾いた煎餅が再び同じ格好で座るアオメの手へと戻ると、それは見事、真っ二つに割れていました。


 いえ、切れていました。


 固く焼き締めた煎餅、それが砕ける事なくまるで野菜を包丁で切るかのように、まっすぐに分断されていました。



「……恐ろしく早い手刀、俺でなきゃ見逃しちゃうね」


 

 と、ヒロはなぜか得意げに、ついに言ってやったりと腕を組みました。本当になぜか得意げです。



「今のが見えるとは、さすがはヒロ殿だ」


「へっ、まぁな」


「つまり我々はかの思想、知識を体現し、操る術を身に宿した。ここで五行の話に戻ろう、『木』『火』『土』『金』『水』、これら全てが人に元来宿る物、命全てはこれを持ち、そしてどこかへ偏る。まったく同じ人間がいないのと同じようにだ」


「………………なるほどな、そういうことだと思ったぜ」



 腕を組んだまま、得意げなキャラを続けるヒロに、アオメはさらに感動したのか、



「すでに察してくれていたのか、なんとも長けたる理知をお持ちだ……うむ、つまり私が偏る、属する気は『木』、木気は肝丹を御する、肝丹御すれば火気を生み、火気は血肉を御する、二つの気をぎょすれば『五行身体操術ごぎょうしんたいそうじゅつ』を扱えるようになる……これが現代で言うところの私が持つ能力というわけだ」


「……お、おおう、なるほど、な、ほうほう」



 絶対に分かっていません、メクルは確信します。

 ヒロの情報処理能力は恐らく少し前に限界を迎えています。



「ヒロ、理解、恐らく不可能」



 ここにきて、今まで疲労とカロリー不足で口を噤んでいたピーシーが意を唱えました。



「な、わ、わかってるっての! ていうかお前も分かってるのかよ!」


「わかる、アオメ、気、操る、にんにん」


「わかりやすい! 天才かっ!」



 指を組んで『拙者これにてドロン』のポーズのピーシーにヒロは羨望の眼差しを送りました。

 ヒロにはそれぐらいの説明が丁度よかったのでした。



「うーん、じゃぁ100年以上前からも既に現実世界はわりと異世界だったてことかなぁ、これは……」



 現実世界に気という概念が昔からあったのは知っていましたが、それはあくまでもフィクションだけの世界です、気で波動砲を撃ったり、気で空を飛んだり、瞬間移動したり、人から元気を集めるなんてことは本来ならできません。


 今でこそチート能力の研究は昔よりは進んでいますが、それでも解明されてない部分が大半なのが現状です。


 もしアオメの言うことが事実であれば、異能は持ち込まれたのではなく、最初からあった事になります。この情報が世に出れば御影に点在する学会の学者達があちこちで悲鳴を上げる大発見と大混乱になるのは想像に難くありません。下手すれば誰かが列車を止めかねません。



「つまり内臓、神経、脳に働きかけるのが木気で、木気で火気を強めると肉体が強化される……と」


「左様、人体にはもとより五気が備わるがかたよりがある、出生や血筋や星の巡りによってそれは変わる。もとより火気に属する人間は、往々にして幼少の頃から肉体が強く育つ、術などなくとも力が強い、幼少の頃になぜか飛び抜けて足の速いわらしなどがおったじゃろ?」


「いたなぁ、無駄にかけっこが速い奴とかデカイ奴……じゃぁよう、アオメの身体操術は筋力を上げる術ってことか?」


「多少は上げておる。だがそもそも木気の人間は肉体そのものが火気の者より強くない、筋力だったな、だが木気で補助する事により一時的にだが力が増す、木を燃やし火を得るようにな」


「そして同時に脳と神経系にも木気が作用するから、反射神経の向上により増強された脚力でも走る事ができる、と」


「メクル殿は慧眼の持ち主だ、その通り、火気の者より力で劣るが、速さでは誰にも負けぬ自信がある、そして燃やしてしまった木気を養う方法も有る。これはちと難しいが熟達者は燃やしながら補う、さすれば三十里を休まず走ることができるの……あー、そう、スタミナ? そう、木気に偏る者はスタミナがある」


 仮に走るための筋肉を体に移植したところで、内臓や神経や脳がそれに対応できなければ意味はなく、アオメは木気によって神経の反応速度を上げることで高速運動を実現してる、さらに筋繊維や内臓の負担を減らし、骨格筋細胞や神経細胞に負荷が加わった際におこる酸化ストレスをもコントロール、長距離を高速で走ることもできる……と、ここまでをメクルは心のメモ帳にまとめて頭の本棚へと収納しました。



「でも聞けば聞くほど忍者って感じだな! なっ!」



 ヒロは忍者が大好きです。それはもうオフの日には1人で忍者ごっこをしてしまうくらいに大好きです。

 

 そんなヒロのキラキラ視線に、アオメがたじろぐと、



「申し訳ないが、ヒロ殿、私は今の世に言う忍者ではないぞ?」


「え、違うのかよ? どう見ても昨日の動きは忍者って感じだったぜ?」


「違う、本来忍びは……諜報? を担う者達だ、我々武芸者や仙人とはまた違う、あー、ジョブ? だ……おお、気をえむぴーとも言うのだな、速度はAGIアジリティ? うむ、つまり私のジョブは武芸者、能力は『五行使い』、ステータス? は、AGIとVIT特化というわけだ」



 随分と偏りのある言語設定にメクルが思わず突っ込みます。



「……ピーシー、どんな現代辞書をインストールしたの」



 どうにもMMORPGぽい現代辞書をピーシーは選んだようでした。

 

 現代語といえば、確かに現代語の一つではありますが。



「じゃぁ今度は私に質問させてください、アオメさん」


「だからアオメでよい、私もメクルと呼ばせてくれまいか?」


「わかった、じゃぁアオメ、御影城での話しなんだけど、あの埋まっていたっていう穴について」


「茶屋の隣での一件についてだな、そこから出た後か……、私と明久は土より出た後、すぐにその場で素手で殺し合いを始めようとした、そこに」


「そう、そこに他に誰かいませんでしたか?」


、男がそこに一人おった」


「顔は見ましたか?」


「……すまぬ、その時はまだ頭もぼうと呆けておってな……それにそやつは面が割れぬように頭巾のような物をかぶっておった、夕刻時に日を背負っており子細しさいまでは……だが、細い体付きだったが、あれは男だった」


「なんで顔も見てないのに男だってわかったんだ? 現代の服着てたのなら、性別とかわかんねぇだろ?」



 ヒロの言うことはもっともでした。


 今ならアオメには現代の言葉と共に知識がインストールされていますが、その時はそこがどこかすら曖昧だったはずです。



「それは、



 そう言うと、アオメは何かを思い出すように目を閉じます。



「声、とても優しい男の声だった……優しく、悲しそうな、琴音のような声をしていた」


「……優しい声、ですか」


「あぁ、死合おうとしていた我らを止めようとした、事情を話すから争わないで欲しいとな、なぜか自然と頭に響く声だったことは覚えておる、その後は明久めが近くの釘を撃ってきてな、その場から逃げた」



 あの現場には確かに三人目がいた、そしてレイズは男、進展と言えば進展ですが、まだ弱いと感じたメクルは、すぐにピーシーに目を向けました。



「ピーシー、アオメのHDDからデータは抜いた?」


「まだ、即コピ無理、用量膨大、映像情報確認、なら接続」


「メクル、まだ現代の言葉が解りきれぬ故、説明して欲しいのだが、ピーシー殿はなんと?」


「えーっと、つまりもう一度アオメに接続する事で、アオメが記憶した映像や音を見ることができるんだけど、わかる?」


「接続……、繋がる、あぁ!」



 口を開け、ペロリと舌を出すピーシーに気付き、アオメは頬を赤らめました。



「い、いやいやいや、幼子がそのように淫らに、ひ、人と接吻するなど、良くない! 良くないぞ!」



 ブンブンとピーシーに手を振って接続を拒むアオメに、メクルは、



「その背格好だけでも見たいんです、今は少しでも情報が欲しい、沢山の人の命がかかってるんだ、アオメ」


「ぐ、うっ、その、なんだ……口でないと、ダメなのか?」


「粘膜接続、一番早い、他、長時間、5倍違う」


「……早い、のか……い、一刻を争うのか?」


「争う」


「ぐぬ…………、わ、わかった……」



 恩人のためじゃ恩人のためだ恩人のためだとブツブツ手を合わせて拝むアオメにピーシーはそそくさと立ち上がり近づくと、アオメの顎先を両手で持ち上げます。



「んぐっ!?」



 顎クイでした、顎クイからの速攻の粘膜接続でした。

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