堂々たる登場です、メクルが頭上で両手をクロスして大きなバッテンを作るのと同時に、踊り場の上で飛び上がったアオメが背にした貯水タンクの側面に着地した、次の瞬間、タンクの脇腹をベコンと凹ませ、黒い鳥が飛びたちました。
「あぁ? んガぁっ!?」
強弓にて放たれた一矢の如く、構えた足刀にてメクルへと迫る大男の顔面を穿つと、体重差40キロ以上はあろう巨漢が衝撃で捻れるように飛びました。
屋上の焼けたコンクリートタイルの上を二転三転と回って止まり、アオメは蹴り飛ばした衝撃をもって再び宙へと舞って一転すると、他の男達の前へとスカートを膨らませて降り立ちました。
彼らを襲うのは、衝撃と混乱。
三つ編みの、眼鏡の、制服の、美少女が、飛んできた?
その場に生まれた埒外の現実に男達が呆気にとられる中、夏の陽炎のようにアオメはゆらりと振り向き、鋭い眼差しで見据えます。
「なんだおめコッ」
コンっと骨が鳴り、顎の外れる小気味の良い音がしました。
「ぉ? ……ぉ、ぁ……」
何かを喚こうにも外れた顎がだらしなく揺れるだけです。
何が起こったのか理解する事も無く、風に吹かれた煙のように男の意識はふわり飛び消え、膝を折りタイルへと落ちました。
「は、へ? な、なんだよおメッ……こ……ぁ?」
アオメは次の男の言葉も『足』で遮りしまいました。
(っ! はやっ!?)
蹴りです、それも恐ろしく速く鋭い脚撃でした。
何も理解できないまま唐突に膝の力が抜けて前へと倒れる男が、自らの顎先を打ち抜いたアオメの足へと縋るように捕まると、高く持ち上げたままの足から重力に引かれてスカートがスルリと肌を這います。
露わになった白脚と下着に一瞬ですが男が頬を緩ませながら、意識と手を放し落ちていきました。
(城での動きは全力じゃなかったってこと……?)
明らかに以前より早いアオメの蹴り技をメクルは目で追うのがやっとでした。
鞭のようにしなる蹴り、初動を悟らせない滑らかな下半身の駆動、片足のまま微動だにしない姿は凛と咲く白百合のようでした。
「な、なんだよ、こいつ、話がちがうじゃ――」
再び咲き誇る鮮やかな一撃。
水辺に浮かべた花が風に吹かれて回るかの如く、続けざまに繰り出された連続の蹴り技にて3人の顎先を蹴り終えると、ここに立つのは残り3人だけとなりました。
「……さて、白昼堂々と女子に手を上げ、手籠めにしようなどという不届き者め、残りはお前だけだが?」
「ひっ」
と、アオメが最後に残した一人を見れば、男は声を引きつらせながら踵を返しました。
雄としてのプライドよりも動物としての本能が勝ったのでしょう、恥も外聞も無く入ってきた入り口へと走り出すも、
「む、これしきの事で逃げるとは、どこの武家の血筋か知らぬが立派なのは背丈だけか」
脱兎の如く背を向け逃げる愚行を許すはずもなく、アオメはその脚力をもって再び飛ぶと、翼を広げる猛禽類のように手を広げ男の背に飛び付きました。
そして冷たく囁きます。
「それ、うごくなよ?」
細い腕を男子生徒の首に回して絞り、おぶさるように両足で相手の脇腹を驚異の脚力で締め上げると、男は小さな嗚咽を漏らして止まりました。
「よしよし良い子だ、動くでないぞ、動けば次の一呼吸が本日最後の一吸いになるぞ」
いとも容易く4人の男達を蹴り倒し、最後の一人を捕縛したアオメに、メクルは、
(……あぁでも、やっちゃったなぁこれ、やっちゃいましたっ)
と、後の祭りに思わず心の中では頭を抱えるのでした。
「ちょっ、まてって、ギブギブ! ギブだって!!」
アオメにしがみ付かれたまま男は叫びます。
アオメはその状態で首を傾げながら、
「む、ギブとはなんだ? ギブ……、贈り物?」
「ちょマジギブだから放せよっ!」
「マジギブ……マジ、本気で、贈り物? おぉなるほど命乞いか、ならばタマゴサンドで手を打とう、逃がすわけにもいかぬが、やや加減をすることぐらいであればやぶさかではないぞ?」
「は? タマゴ、サンド?」
「まぁ見たところ持っていないようだ、では残念だが」
「は、はぁ!? マジ何言ってのかわっかんねぇよ! ちょマジでもういいから放せよ!」
「こらこら暴れるな、動くなと言ったはずだぞ」
「っ!?」
忠告を無視した男子生徒の首と胴体をアオメが絞め、男が落ちるその前に、
「あっ、まってアオメ、落としちゃ駄目、話をさせて」
メクルが静止を呼びかけると、アオメは素直に力を緩めながら、
「ふむ……いいか、ゆっくりとそのままだ、振り向かず、静かに聞かれたことだけを話せ、私はこの状態でもお前を縊り殺せる、贈り物など無駄な命乞いはやめておくのだな」
声音に籠もる尋常ならざる冷たさに、男子生徒は喉を鳴らして無言でカクカクと小さく頷きます。
(でもタマゴサンドで許したりして……さて、ここからどうしたものかなぁ)
予定が崩れましたが、やってしまったものは仕方ないとメクルは切り替えます、
「手荒なことになってごめんなさい、本当にごめんなさい……でも、こうなった以上はこちらの指示に従って貰えますか?」
男は再び頭をカクカクと上下させます、完全に怯えさせてしましました。
「ではまずこちらを絶対に振り向かないでください、そうすれば拘束を解《と》きます」
メクルの提案に何も考えていないのでしょう、男子生徒はただただ何度も頷きます。
「ありがとうございます……、アオメ」
「む? 本当に解いてよいのか? 念のために足の健の一つや二つ切っておこうか?」
「いいからっ、切らなくていいから!」
「むぅ、しかしだな後に復讐だ仇討ちだと我々を襲ってくるやもしれんぞ? その前に筋の一つでも切っておいた方が後々のためになる、こやつも畑仕事ぐらいしかできなくなれば己の愚かさを育てた野菜と共に噛みしめるわけだ、これぞ戦国の……戦国のー……ええっと、そうライフスタイルという奴だ」
とっても殺伐としたライフスタイルでした。
「ただのナンパだったら、それはあんまりにも可哀想だよ……いいから解いてあげて」
「むぅ……わかった」
不満げに拘束を解いて離れると、男は大きな安堵の溜息を溢すのでした。
「じゃぁ今から幾つか質問をします、素直に答えてください、まず……これってナンパ目的でしたか?」
そんなわけないと思いつつも、一応尋ねてみると男は振り向かずに首を左右にふります。
「ですよね、じゃぁ――」
洗いざらい話してもらおうと、録音のためスマホを取り出した時でした、
「そいつは何も知らねぇよ」
背後からの声に二人が振り向きます。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!