ヒロを人質に捕らえた少女が事も無げに続けます。
「よいか、少しでも動けば、このクナイで南蛮娘の目を抉る」
早い――、全員が咄嗟に反応できない程の速度でした。
「まぁまてよ、いきなりこんな状況だから慌てるのも分かるけどな、ちょっと冷静になれって」
「五月蠅い、喋るでない南蛮娘、お主らも近づくなよ」
なだめるヒロの腕を締め上げ、少女がメクルとピーシーを威嚇するように睨みます。
その目の色が、透き通るような青でした。
日本人の少女にしか見えない風体に、青い双眸。
「ヒロ、彼女は冷静だよ、だから動かないであげて」
メクルは思わず感心してしまいました。
この一連の動きをこの異様な状況下において全てを冷静に行っている事、クナイと言いましたが手にしているのはボールペン、それを握る手は震えていません。彼女はこの状況でとても落ち着いているのです。
現に心拍数が規定値になるほど上がってないのか、自衛隊さんがやってきませんでした。
「この子、たぶんすごく戦い慣れしてる」
「だろうなぁ、俺も反応できなかった、異常な速度だ」
「喋るなと言うたぞ、ではまずそこの黒髪のおなご、懐に忍ばせておる暗器を捨ててもらおうか」
「暗器……、これの事ですか?」
と、メクルは左脇に装着してあるホルスターと銃を指さしました。
「そうだ、先程はその暗器に遅れをとった怪たいな術にもだ」
M9の事を先程使われたテーザー銃なのだと思っているのでしょう。
「そろりとだ、そろりと手に取りこちらへ投げよ」
「わかりました、言うことを聞きます、だから状況を説明させてもらっても良いですか?」
「尋ねたい事はこちらで問う、まずはそれを捨てろ」
メクルは言われた通りホルスターへとゆっくり手を伸ばします。
ゆっくりと指で摘まむように持ち、引き抜くと、そのままベッドの上へと投げました。
「……先程の暗器とは形が違うようだな、娘、これはなんだ」
「銃って言えば分かりますか?」
「ジュウ?」
「……、鉄砲です」
「てつ、は、こっ、これが火縄だと申すのか? ぬし、私を謀ろうとしても」
「ちなみに今右手にしてるのクナイじゃなくて、ボールペンというのですけど、どこから持ってきたのですか?」
「棒流ぺ、ん? ……いや、質問するのはこちらからだ、黙って答えろ」
「黙ったら答えられねぇんじゃん」
「な、南蛮娘も喋るでないっ!」
「うん、なるほどなるほど、大体わかった、――もういいよ、ヒロ」
「あいよ」
許可と同時に、ヒロがすぐさま動きました。
「ま、まてっ! 動くなとっ」
「しゃらくせぇ、ぜっと!」
後ろ手に取られた右腕を無理に動かせば肩を痛めかねないにも関わらず、ヒロはただシンプルに力一杯に動いて腕を引き上げ、迫るボールペンに臆すること無くそれを片手で掴むと、そのままへし握り折りました。
「んなっ!?」
「パワーじゃ負けねぇよ」
脳筋丸出しの台詞と共に捕縛から脱すると、今度は振り返って少女に飛びかかります。
「よっと」
少女がその場から逃げようと足腰に力を入れます、がその前に動いていたメクルがベッドカバーを掴み「えいっ」と思いっきり引っ張ったのでした。
「んおっ!?」
足を着けていたシーツが動き、踏ん張りを失った少女がベッドへと倒れるのと同時にヒロが上から襲来します。
推定Gカップ、重量にしてメロン二個分のダイナマイトバディープレスが少女へと着弾しました。
「にぎぁっ!?」
と、尻尾を踏まれた猫のような叫び声と共に少女が巨大な胸に潰されました。
そしてヒロが正面から羽交い締め、というよりは、両手両足を使い抱き枕のように少女をギュっと抱きしめます。
「ふはは動けまい、これぞ必殺の子守熊ホールドだ!」
必殺と付くわりには楽しげで、そして可愛い技でした。しかし、
「いった!? いたたた痛いっ!? なんだその馬鹿力は! 熊かっ貴様はっ!!」
現在、ヒロの身体能力は昨夜に引き続き上昇気味なのか、抱きしめられる少女がヒロの胸の中で悲鳴をあげました。
「クマじゃない、コアラだ!」
いや、どっちかというと鮭を抱くクマっぽいよとメクルは口が裂けても言いません。
「ヒロ、そのままホールドしてて」
「おう、わかったクマ」
「やっぱりクマじゃん」
「まて! 私が悪かった! いたたたた傷が開くかもしれん! 放してくれ!」
「嘘ですよね、完治してるはずです、ヒロ、解いちゃダメだよ、あ、でもそのままだとしゃべり辛いから後ろから抱いてもらっていい?」
「おう、まかせろコアラ」
その語尾はどうなのでしょう……。
などと詮無きことはさておき、この状況をどう説明するべきかとメクルが腕組み悩み始めた頃、ようやく心拍数の異変に気がついたのか中へと突入してきた自衛隊のお兄さん。
まったく問題ない、仲良くなってじゃれているだけだと告げて追い返した所で、ようやく諦めたのか黒髪少女はヒロから後ろから抱きしめられて大人しくなっていました。
「じゃぁ、まずはうん、自己紹介から始めましょうか」
なにはともあれ自己紹介、大事なことです。
「初めまして、私は国立御影学園に所属する綴喜メクルと申します、お名前を聞いてもよろしいですか? このままでは不便ですので」
極めて丁寧に、そして礼儀正しくを努めると、
「……こくりつ、みかげ、よう分からん言葉だ……名は、訳あって捨てた……今はアオメと名乗っておる、見ての通りこの面妖な双眼の名よ」
面妖、確かに現代の日本人と比べると、かなり目立つ容姿でした。
腰まで届く長く艶のある黒髪、細身、昨夜の異常な脚力に明らかに見合わないサイズです。
精緻な顔立ち、整った目鼻、少し下がった眉にふわりと揺れる長い睫毛。
解けない警戒心につり上がる双眸には強い意思が蒼く燃えているようで、不思議な妖しさと炎の美しさを同時に見つめているような、惹きつけられる魅力がありました。
「ふん、この目に見られると病を患うと言われておるぞ? 死にたくなければ今すぐ逃げてはどうだ?」
病、魔眼の類いかなにかを連想しましたが、これはただ放して欲しいだけのハッタリともとれます。
とにかく事情は深そうですが、今はあえて問いません。
状況の誤解を解くのが先でした。
「初めまして、アオメ様、このような不躾な格好でのご挨拶、誠に申し訳ありません」
「……お主はこの中で唯一の日の本の生まれか? 都人のような喋り方だな、皆しておかしな格好をしおって」
「都人……、いえ、それよりも上方の出自でございます」
「ほほう、では上方から流れてきた武家の娘か何かか、して私はなぜこの様な事になっておる、気付けばかような所に繋がれ、なにもかもが朧気だ」
「両手はベルトで拘束していたはずですが、どうやって解いたのですが?」
「べると? あぁ腕を固めておった妙な金具と皮紐か……それはほれ、こうやってだ」
そう言うと、アオメは右足だけを動かすと、ゆっくりと天井へと持ち上げ、そのままぺたりと脛を顔へと着けました。
横たわった状態とはいえ、難なくI字バランスをするように開脚するアオメはどこか得意げです。
足が長く、白い太股は健康的で、なにより柔らかな股関節をしていました。
「おー、すげぇバレリーナかよ……てかパンツくらいはけよ」
そして病院着の下は何も穿いていませんでした。
抱きしめながらアオメの頭の上に顎を乗せているヒロが思わず呆れます。
「縄抜けは得意でな、幼少より散々仕込まれたもんよ、あとは……こんなこともなっ!」
そのまま器用に足の指先を自分の髪の毛に突きこんで弄り、足指で何かを掴み投げました。
足を使っての投擲、真っ直ぐにメクルの顔めがけ細い棒状の何かが飛翔します。
「ほっと」
メクルは手にしていたカルテを顔前に構えると、すぐにカツンと衝撃が来ました。
「ちっ」
カルテにぶつかり床へと転がったのは、またもボールペンでした。まだ隠し持っていました。
「こ、こいつ油断も隙もねぇ」
ヒロは足を伸ばすとアオメの両足も絡めて再び固定します。
「いったたたたっ! 痛いと言うとろうがっ!!」
「うるせっ、お仕置きクマァァァ!!」
「はいはい、話が進まないから、さてとアオメ様、今日は何年の何曜日かわかりますか?」
「んぐぐ……、ぬ、なんねん? ようび? なんだそれは……」
「ここは御影学園内にある総合病院の地下、特別隔離治療施設です」
「み、御影のなんだ? そごうびょう、院? ここは国の政に関わるところか?」
抱きしめられたまま、キョトンとして首を傾げる少女、言葉の意味を掴みかねると眉を曲げて唇を結んでいます。
「なるほど、どうやらこの子もレイズ絡みと思ったほうがいいみたいだね……、じゃ話の進みが遅くなっちゃうから、ピーシー」
「なに」
「まず現代語辞書、基本的なのだけインストールして」
「……現代語辞書、わかた」
依然として置いてけぼりのアオメを余所に、ピーシーは背負っていた鞄を置き、コートを脱ぐと、制服姿になりました。
そして小さく深呼吸してから、
「PC起動――接続開始」
そう呟くと、ピーシーの赤色の瞳が鮮やかに変わります。
赤から緑へ、電源を入れたパソコンのLEDランプのように瞳が変色しました。
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