§ § §
「つまり、その田中剛なる人物に化けておった影柄なる男が責め苦の果てに嬲り殺され、そしてその罪人は御影城で私が見た優男と明久の可能性が高い、と?」
「うん、私はそう読んでる」
病室の清潔なフローリングの上でピシリとした正座をし、互いに番茶の湯飲み手に尋ねるアオメと答えるメクル。
メクルが一口だけ熱い番茶をズズと啜って口を湿らせてから続けます。
「影柄君の磔に使われていたのは和釘、日本の古い家屋や城郭建築で使われてる物で、今詳しく年代を調べて貰ってるけど……、御影城に使用された物で間違いないと思う」
「和釘、つまりは鉄か」
神妙な面持ちでアオメも茶を一啜り。
温めた胃袋のほどよい空腹の訴えにメクルが時計を確認すると、丁度お昼を回った頃でした。
田中家での一件の後、メクル達は後からやってきた生徒会執行部の面々に幾つかの調べ事を依頼し、その後、ここ御影総合病院へとやってきました。目的は影柄君の体液を被ってしまったヒロの検査、そして液状となった影柄君の体組織を調べるためです。
病院地下の研究施設へピーシーとヒロが検査とその協力に向かっている間、メクルは見舞いと差し入れ、そして思いついた推察について話す事で他に何か思い出すことはないかをアオメに聞くため病室へとやってきたました。
「メクル、その使われていた釘を持っておるか?」
「え、うん、一本だけなら」
「かしてくれ」
メクルは手にしていた湯飲みを置くと、隣に置いてあったリュックから和釘を取り出し、アオメへと渡します。拷問に使用されていた十数本にも及ぶ和釘の一本、別の能力者に見て貰うために拝借してきたものです。
「……微かに金気を感じる、まず間違いなく明久の仕業だろう」
「触っただけでわかるの?」
「相剋、金剋木、奴は金の属に偏る、そして私の木は金に弱い、ジリジリと皮膚が食われているような感覚があるのだ」
返された和釘を受け取ると、メクルも試しに握り込んでみますが何も感じません。それを見てアオメがクスリと笑いました。
「五行の会得にはそれなりの時間と鍛錬が必要だ、体と心と気、三つの門を開く修行だけでも年単位を要する、あとは血筋も重要だが……あ、いや、今はそのような話の時ではないな……、磔の刑……ふむ、つまりは拷問か、ならば必要な情報を其奴から聞きだしたわけだな?」
「うん、レイズは私達の存在に気づいていた、恐らく影柄君を拷問して情報を手に入れ、私達に捕獲されないように動いてるのは間違いないと思う……そして、自分の情報を僅かにでも持つ影柄君を、あの場で見せしめに処分してみせた」
その拷問方法も凄惨の一言でした。
レイズは恐らく、蘇生と殺害を繰り返したのです。
刺し殺しては、蘇生し、また刺し殺す。
死、人生で一度しか味わう事の無い、誰も言い表せない体験を、何度も、何度もです。
影柄君はあれでも異世界を一度救った事もある人材です、そして帰還後に生徒会執行部へと就く人材は全員が拷問に対する訓練を受けます。
海外のスパイや非合法組織に運悪く捕まったさい、組織の情報を漏らさないためです。
しかしその訓練に、死ぬほど痛い目にあう課程はあっても、死ぬほど苦しい訓練はあっても、本当に死ぬ訓練はしたことがありません。
当然です。
「……な、なぁメクル、その影柄殿とやらは、唐突に腐り落ちて死んだ、のか?」
ここまで話して、メクルは少し青ざめるアオメを見てハッとします。
「あ、う、うん、そうだけど、たぶん条件があるんだと思う、もし何処に居ても自在に相手の命をコントロールできるなら、もっと情況は劇的な物になってるはず」
「それに敵の城に捕らわれた人間を、こうも長らくと置いておくわけもなし、か……ならばまだ、猶予はあるのだな」
そう納得した所で、アオメは少し安堵するように肩の強ばりを緩めました。
誰でも生殺与奪の権利を他人に握られていれば、心穏やかにとはいきません。
「影柄君がどこまで話したかは定かじゃないけど、警戒的な動向からして私達学園側の能力者の多くが能力の施錠、管理されている事は掴んだはず」
つまり、管理を拒む理由がある、それも強烈な動機がです。
「なるほど、だからメクル達との関わりが無い所で、自らの手足となる人間として力を持つ人間、明久を同行者に選んだか……、恐らく私も連れて行くつもりだったのだろうな」
「うん、なにかの目的のため、アオメが記憶していた情報からすれば、『僕には還るべき場所がある』……かな」
これが動機、誰かの生死をも厭わぬ程の、強い動機です。
「自分一人じゃ達成困難であるとすぐに理解して、生徒会の息が掛かっていない仲間が必要だと思い、行動を開始した」
その行動の早さ、判断能力、思考力、駆け引き、そのどれもが申し分の無い『帰還者』のそれでした。
「ふむ……、それでメクルは私に聞きたい事がまだあるのだろ? 茶飲み話にしては少々重い内容だ」
「うん、今知りたいのは明久について、それもできるだけ多く情報が欲しい」
この先の展開を先読むためにも、今はとにかくどんな些細な情報でも必要でした。
今度こそ完全に読み切るためにも、プロットの素材が少しでも多く。
「明久について、か……ふむ」
少し考えるように間を置き、何かを思い出した所でアオメはまた番茶を一口ふくみます。
「あ、いやあの、話すのが辛かったら無理には……」
「いや、大丈夫だ、ちと口を湿らせないと上手く話せぬでな……明久、奴がまだ私達と同じ里で暮らしておった時は、武芸に長け、聡明でいて温厚、精悍な青年といった出で立ちでな、腹違いではあるが年の離れた我が父との仲も良く、申し分の無い叔父であった……が、とある日を境に山へと籠もるようになったのだ」
「山に?」
「うむ、里の人間は元服を迎えるまでに五行習得の修行へ山に入る習わしがある、だが明久めは天賦の才をもって幼少にして五行を会得していた……にも関わらず、私の妹が生まれた日に山へと籠もったのだ、私が七つの頃だ、そして私が一三の年、奴は山から下りてきた」
思い返す記憶に鋭い返しの棘、引き上げる度に胸へと刺さるのか、アオメはもう一度湯飲みを口につけ、刺さった針を洗い流すように茶を飲み干し、続けます。
「山から降りてきた奴は、酷く様変わりしていた……精悍としていた出で立ちは見る影もなく、まるで山賊のような格好で皆の前に現れた……その日は、里にとっても重要な決め事について話し合いが行われている最中でな、まるで計ったように戸を蹴破り現れた」
「それは、その話し合いのために帰ってきたって雰囲気じゃないね」
「ああ、六年ぶりに帰ってきた明久は話し合いの場に乗り込んできたと思ったら、こう提案してきたのだ『このまま村に残るか、さもなくば今ここで全員、腹を切れ』とな」
「自害を? それは、また……なにかの私怨?」
「さぁな、だが里では足下にまで迫った戦火を避けるために村を捨てるか否かの話し合いが行われていた、満場一致だった。村を捨て、またどこか遠い土地か、縁の有る安全な上方の武家の城へ向かおうかと話がまとまった、その時だった」
「もちろんそんな提案には反対したんでしょ?」
「ああ、そこに居た全員が『なにを馬鹿な事を』と罵り、父が諫めようと近づいた瞬間……、斬り殺された。稲妻を思わせる一太刀だった」
握る拳に力が籠もるのか、アオメの肩が少し震えていました。
怒り、恐怖、悔しさ、その全てがその瞬間から始まったのだと。
「私はまだ五行の習得に励む未熟者だったが、多少なりとも自信もあった……だが、明久の強さは異様だったのだ、まさに荒神を宿したような、鬼神のような動きでな……、村の手練れが一斉に挑むも返り討ち、その後は一人、一人、女子供、童までもな……」
小さく震える肩に籠もる力、アオメの目に宿る蒼い蒼い復讐の炎が、今再び揺れて燃えているようでした。
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