チートで護る現実《この》世界 ー 乙女達は今日も異能者を捕縛する ―

腐敗の夏、乙女達は命で駆ける
兎野熊八
兎野熊八

脳は覚えている その3

公開日時: 2021年2月27日(土) 23:37
更新日時: 2021年3月23日(火) 09:26
文字数:3,644

 煌々と光る青、アオメの瞳とは少し色違い、新緑の目にまで変わるとピーシーの起動が完了しました。



「なんと……眼の色が……」


「最初は驚きますよね、これが彼女の起動状態なんです、まぁ見ててください」



 エメラルドグリーンのLEDを思わせる機械的な発色と輝きの中で、何かが瞬いていました。



「ピーシー、なにか手伝うことはある?」


「冷たい、麦茶、ほしい」


「了解、うんと冷たくしとくね」



 ピーシーから受け取ったコートを近くのハンガーラックへと掛けてからメクルは麦茶の準備を始めました。



「ネット、コール、接続完了、検索、現代語辞書、ヒット、ダウンロード開始」


「ねっと? なんだ、なにが始まるんだ?」


「うしし、アオメちゃんよう、ピーシーのインストは刺激が強いぜ」



 アオメを羽交い締めにしたまま、ヒロは楽しげです。



「ダウンロード完了、フォーマット、完了、外部出力準備、完了、……メクル、できた、繋ぐ?」


「うん、でもゆっくりね、一気に入れると、アオメ様の脳《HDD》が」


「な、なに!? お主今なんと言った? ま、まて、嫌な予感がする、放せ南蛮熊!」


「大丈夫大丈夫、痛くないから、先っちょだけだから」


「ヒロ、それ変態ぽいよ」


「ヒロ、変態」


 

 アオメの頭の上で嫌らしそうに微笑むヒロについて、的確に言い当てたのはピーシーの方でした。

 

 もそもそとベッドへと上った無表情のピーシーがアオメと見つめ合います。

 

 青い瞳と新緑の瞳が互いの像を映し合うと、アオメが身じろぎして抵抗を試みます。



「な、なんだ……まて、なぜ顔を寄せる、なにをする!」



 小さな抵抗を無視するように、ピーシーがその瞳にアオメを捕らえ、





 そう告げてから、ピーシーは少し震えるアオメの両肩を押さえると顔をゆっくりと近づけ、互いが吐く空気を循環させるほどにそれは迫り合い、……やがて。



開始スタート



 唇と唇を接続しました。



「んぢゅッっっ!?」


「ほい暴れるな暴れるな、ピーシー、噛まれるなよ」


「だひひょうふ」


「んんっ! んんん!?」


 

 涙目で藻掻くアオメに、さらに深くピーシーの舌が蠢きます。

 誰がそう呼んだのか、『熱の舌』との二つ名を賜る乙女ことピーシー。

 御影学園で最も接続が上手いと評される、その舌先は人よりも熱いのだとか。



「ん、ちゅ……」



 唐突の接続に驚愕し、強ばり怯えて食いしばるアオメの歯の根、それを優しく解くように熱い舌先で撫でながら、右手はアオメの耳を親指と人差し指で挟みます。



「ひぅっ!? ん――ッ!?」



 熱の籠もった指先で、茹で上がりを確認するように淡く力を込めて挟み、こねる。


 食いしばる顎に電流が走ったようなビクリとした反応、閉じた歯の中ではアオメの舌が行き先を求めて暴れている感覚が歯を隔てた向こう側からでもピーシーの舌先に伝わってきます。



「結構しぶといなぁ、力抜けよアオメ様、そしたらすぐに楽になる……ぜっと」


 

 助け舟のつもりか、それとも単なるセクハラ目的か、邪悪な笑みを浮かべたヒロが入院着の中に手を滑り込ませ、アオメのナニかを軽く揉むと、



「んんっ!? んっ!! ……――ッッッ!!」



 ついに全身が条件反射でビクンと跳ねました。しかしそれを許さないヒロによるホールド、溜まりに溜まった甘い快感の電流はついにアオメの口を開かせます。そこに――、



はひった入った



舌先を滑り込ませ、アオメの舌を絡め取ったピーシーによる侵略ハッキンングが始まりました。



「っ!? ッ――!! んっ……んあ……あ……」



 ビクつき暴れようとしていたアオメの身体から力がダラリと抜け、今、ピーシーの能力が彼女を支配下においたのでした。

 


 ピーシーの能力、それはコードネームと同じ、能力名『PCピーシー

 


 パーソナルコンピューターをその身へと宿した『パソコン人間』、ピーシー。


 パソコンにできる事は基本的に本人のメモリーとCPU次第で大体できます。


 従来のパソコンへのハッキングもお手の物、あらゆる現代機器を操作する……と、そこまでは高性能なノートパソコンと知識があれば誰にでもできます。


 ピーシーが図書委員において、もっとも重宝される特別な理由は他にあります。


 アオメとの粘膜接続を終えたピーシーが彼女の頭を包むように手を置くと、またその新緑の瞳が強く輝きます。



「…………侵略完了はっきんぐかんりょう、データインストール、完了、HDD内ログ……アクセス、エラー、プロトコル変更……アクセス完了、……メクル、この人……やっぱりすごく昔の人、あと、蘇生能力者レイズは、他にいる」



 

 能力『PC』はパソコンを自在に操る人間ではありません、



 、それがピーシーです。



「じゃぁ本当に蘇生した、と……予想はしてたけど、やっぱりレイズは実在すると考えた方がよさそうだね」



 メクルの中で、これで確信へと至りました。

 

 死者蘇生能力者、レイズが存在する。

 

 そしてこれを報告した剣真の血の気が引いた顔と、キラリの楽しげな微笑みも思わずセットで浮かびます。



「それで……、レイズの正体は映ってた?」



 ピーシーは首を左右に振りながらアオメから離れます。



「データの欠損、多い、一部防壁有り、高度な防壁、不可侵領域、この子、……たぶん異能力者」


「昨夜の動きからしてそうだと思ってたけど、身体能力フィジカル系?」


 

 昨夜の彼女はまさに飛燕、地を飛ぶ鳥のような身のこなし、人外の脚力と反射神経、それはあのヒロが認める程です。

 

 明らかに異能、そう情報が確かになった所で、ここで大きな問題発生します。



「おいおいてことは、御影学園ができるより前から能力者はいたって事かよ? まじもんの忍者も実在してたって話ならオイラわくわくするってばよ!」



 メクルが考えている事もそれでした、ヒロは好きな忍者漫画が実はノンフィクションになった事を単純に喜んでいるだけのようですが、事はそう簡単ではありません。



「身体強化系、たぶん、違う……説明、難しい、あと、もう、疲れた」



 ボフンと、そのままピーシーはアオメのベッドへと倒れ込みました。


 パソコン同様に能力を使用すると体温が上昇し、電源の代わりにカロリーを消費するのが難点なこの能力、今のでかなり熱くなったのか少し頬も赤らんで汗もかいています。


 普段のピーシーの自主訓練ふゆぎのおかげで空調の無い夏場の昼間であっても多少は我慢できるようになってはいるのですが、それでもここ連日の仕事疲れがピーシーの中には大量のキャッシュとして溜まっているようでした。



「おつかれさん、これで話が早くなるな」



 と、ヒロは力が抜けきってしまったアオメからコアラホールドを解きます。そしてピーシーを抱っこして近くのソファーへと寝かしつけると額の汗を拭っていると、アオメが目を覚まし起き上がりました。



「ん、んん、い、今のは一体……」


「おはようございます、アオメ様、大丈夫ですか?」


「まだ少し目が廻う、鼻の奥がツンとする、変な感覚だ……」


「ちょっと用量の多いデータを脳に入れさせてもらったので、どうぞ、粗茶ですが」


「お、おお、これはすまんな」



 予め準備しておいた番茶の湯飲みを差し出すと、アオメはベッドの上で姿勢を一度正し、正座になるとお茶を受け取り、丁寧な仕草で一口飲んだ。



「……うむ、美味い……粗茶などと謙遜を言う、結構なお手前で」


「ありがとうございます、時にアオメ様、これは何ですか?」



 と、メクルは手にした棒状のそれをアオメに見せました。



「……だ」


「はい、じゃぁこれは?」



 と、今度は天井の照明を指さします。



? ……なんだ、なんだこれはっ、なぜ分かる!?」



 アオメはベッドから飛び起きると、辺りを見回します。



「て、……ベッド、分かる、なぜか分かるぞ、なんだこれは、なにかの術か!?」



 ピーシーによって現代の生活に困らない程度の言葉を頭に焼き付けたので、頭では分かっていても心では良くわかっていないという、なんとも不可思議な感覚になるのはメクルも良くわかります。


 異世界に言っても、この方法で現地人から言語データを抜き、解析、翻訳し、それをさっきと同じように焼き付けて喋れるようにしているのですが、違和感になれることはなかなかありません。



「術、もしくは能力、チート、私達の時代ではそんな風に呼びます」


「ちー、と? 能力、わかる、はは、すごい、な、これは」


「それじゃぁ話を戻します、ここは御影学園にある総合病院の地下です、アオメ様は昨晩致命傷となる怪我をして、そこを私達が救出し、ここへと運び治療しました、結構危なかったんですよ?」


「学園、病院、治療……そうか、そうだった、私は御影の城で明久めに蹴られ……そうだ、あぁ、思い……出した」



 記憶を辿るようにアオメの視線が手にした湯飲みへと向けながら、少しして両肩をブルブルと震わせだしました。

 直後、再びメクルでは視認できない速度でベッドから飛び降りと同時に、





「す、すまなかった!! お主らは、私の命の恩人ではないか!!」





 額を地に着け、それは見事なジャンピング土下座でした。

 なぜか湯飲みをメクルへと献上するようなポーズになりました。

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