「……その、じゃぁアオメは、運良く?」
「いや、私はわざと生かされた……、なぜだかは知らぬ。だがそうだな、人の骸を辱めるような事はしてはおらんだな、それは全員の骸を清め、塚へと埋めた私が保証する、尽くを一太刀で済ませていた。父も、母も、妹も……苦しみはしなかっただろう」
アオメは深く溜め息をつくと、空の湯飲みへ視線を落としました。
「ごめん、辛い事を思い出させて……お茶のおかわり煎れるね」
事件の解決のためとはいえ、心の傷を抉るような事です。
メクルもここで話を止め、空の湯飲みを預かると席を立ちました。
明久について分析、ヒロとの情報も合わせるに好戦的な性格であるにしても、加虐を好むタイプでも無いように思えます。
ならば磔を指示したのは、やはり――。
備え付けの給湯ポットから急須に湯を注ぎ、二番煎じの柔らかい香りがゆっくりとメクルの頬を撫でた、その時でした。
病室のドアが勢いよく開く音と共に、
「今もどったぜ、あー腹減った」
ふわりと石鹸の香りを漂わせながら、制服からジャージへと着替えたヒロと、
「帰還、報告、事案、複数」
両手でノートPCを抱えたピーシーが病室へと戻ってきました。
「おかえり、丁度お茶が入ったところだよ」
追加の湯飲みを取り出して、3人分の番茶を構える事にしました。
メクルの後ろを二人が通り過ぎ、ヒロはアオメの前にドカっとあぐらを組んで座るとメクルの飲み残しのお茶を一気に呷って飲み干します。
ピーシーは冷房の当たる位置に来ると持っていたPCを床に置いてから、コートを脱いで放熱でもするかのように手を広げて上下にパタパタしだしました。
「ヒロ殿、ピーシー殿、この度は誠に災難であったな、なにか身体に障りないか?」
「いいやねぇよ、普通の人間の血と肉と内臓の液体が身体に着いただけだ、俺は元気なもんだ」
そう言って無理に笑って見せるヒロでしたが、メクルにはそれが強がりだと分かりました。
「メクル、お茶おかわり」
「はいはい、どうぞ、熱いよ」
「今はそんぐらいが丁度いい」
「あっ」
煎れたばかりの火傷しそうな程に熱い湯飲みを受け取ると、ヒロはまた一気に飲み干します。影柄君とは何度か仕事もした仲で、その死を目の前にして平常心を保てる程、ヒロは冷たい性格ではありません。今は迫り上がってくる怒りの熱を火傷しそうな程の痛みで流しこんで誤魔化しているようでした。
「それで、ピーシーの方はなにか分かった?」
メクルが尋ねると放熱を止めたピーシーが床のノートパソコンを開いて三人の前へと押し出しました。
「田中君のノートPC?」
「解析完了、やっぱり、田中最低」
両目を緑色にしながらピーシーが両手で挟むようにノートPCに触れると、電源が灯り起動、映し出された画面に表示されたのは『新しいフォルダー』と銘打たれたフォルダーの中身です。
三人がその画面を注視して、すぐに顔をしかめました。
「……あー、ピーシー、まぁ気持ちは分かるけど、田中君も思春期の男の子だし、これぐらいは普通じゃないかなぁ」
フォルダーの中にあったのは大量の動画データでした。
ファイル名を見れば内容を見る必要がない程度に分かりやすい、その手の動画でした。
「うわぁ……、なかなかエグい趣味してんなぁ、田中」
「ヒロ殿、これはなんだ? このえぬていあーる? やら、スワ、スワッピ……ピ、ピ……んピイ!? なっはれ、助平! なんだこの言葉はっ!! 恥を知れっ!!」
読み上げてしまった言葉が自動的に現代知識として脳裏に過ったのか、アオメが後方へとバッタンコロリンと後ずさるも、連鎖的に流れ続ける現代知識に顔を真っ赤にし口をパクパクさせました。
「ピーシー、お前はほんとどんな辞書を入れたんだよ……」
「……現代常識?」
「んな常識あってたまるか、てかアオメは見るな見るな、理解すると胸くそ悪いタイトル多いぞー、おー、やっぱ田中はそっちの素養が最初からあったんじゃねぇか、これ」
フォルダー内に詰まった動画一覧をスクロールさせながら、ヒロが呆れた様子で目を細めます。
「この手の動画を見て衝動を消化してるって話だし健全な方だよ、まぁそれは良いとして、これがピーシーが見つけた情報?」
「他、重要情報、有る、御影チャットのログ」
「それって御影アプリの?」
御影学園には学生同士が連絡や授業のスケジュール確認を円滑に行う独自のアプリが配布されています、入学当時に設定されるIDを入力する事で使用可能になる『神アプリ』です。学生同士の交流目的のSNS、オープンチャット、その日の学食のお得なメニューから、学内で生活するのにはあると便利な機能は大抵このアプリが備えています。
「裏の方、御影裏アプリ」
その一方で、裏アプリなるものが学園の生徒達の多くがインストールしています。
機能は前者とほぼ一緒でありながら、最大の違いは、その完璧な『匿名性』。
完全に匿名性が守られているネット空間では、表ではやりとりできない情報やドロドロとした陰口が綴られた掲示板、レポートの代行業から試験の内容の販売、さらには人には言えないサービスを提供する学生達のグループが潜伏する御影学園ダークウェブへのアクセスアプリです。
制作者、未だ不明、アンダーグラウンドに潜み逃げ続けているという噂でした。
「裏チャット、田中、飛び降り自殺の直前、誰かと居た」
「っ! それってつまり……ピーシー、ログ見せて!」
コクリとピーシーが頷くと、ノートPCの画面が切り替わります。
裏アプリ内で使用できるチャット機能での会話ログが一斉に表示されます。
「リチャードが田中か、このキットって誰だ?」
「まって、今読むから」
ログの殆どがキットという名前のIDとのチャットログでした。
メクルがキーを押しっぱなしにして高速でログを下へと流しながら、速読し情報を頭へと収めていきます。
遡れば数年前からのログを頭へと叩きこみながら、物語の構築を始めていました。
「……やっぱり田中君、相当に悩んでたみたいだね」
キットと呼ばれるIDとの会話、お互いの好きな趣味やゲームから始まり、同じオンラインゲームで遊び、映画を見たり、ゲームセンターにいったり、後半になるにつれてクラスメイトへの愚痴へと変わり、イジメられいてる事の告白と、その相談となり、最後にはキットなる人物と直接会う約束をしたところで、ログは終わっていました。
「で、相談相手がこのキットって奴か、フレンドリストもこいつしかいねぇじゃん」
「うん、この会話の内容からしてたぶんクラスメイト、田中君が異世界へと消えた日に会う約束をしてた人物がいたと、これで大分繋がってきたね、重要情報! ピーシーおてがら!」
片手でハイタッチするメクルとピーシーに、もちろんの事ながらヒロは手を上げました。
「はい先生、これがなんで重要な情報になるかわかりません、と、アオメが言ってるぜ」
自分の理解力不足をここではアオメを盾にするヒロでした。
「おお、ヒロ殿、お心遣い感謝する、うむ、浅学非才な身ゆえ大変申し訳ないのだが、私にはお二人が何に得心し頷いておるのかよくわからない、できればご指南いただきたいのだが、どうか頼めないだろうか」
そんなヒロの思惑を気遣いと勘違いしたアオメが深々かつ丁寧にその場で頭を下げました。
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