それは昔々のお話です。
まだ日本が野太刀三間槍衾を用いて、斬った張ったの戦絵巻、合戦からは血風漂い、鴉は死肉に事欠かず、屍山血河に蛆湧き蠅踊る、無残極まる戦国時代。
血生臭い日本史の中でも最も苛烈極まる乱世の頃合い。
三重山中の更に奥、霊験あらたかな山間に神崕村なる秘奥の村がありました。
都に迫る戦火を恐れ、高くは尊き神々の血を受け継ぐスベラギの一族が隠れ里としていた村は幸いにも神々の恩寵に護られ、神子達は幸せに暮らしていました。
そんな村に一人の男の子が生まれました。
男の子は尚深く神々に愛され強く、そして美しく育ちました。
少年が元服を迎える前の晩、村のすぐ近くにまで迫る争いに戦火に怯えたスベラギの一族は、再び村を捨て平和な天地を探し外に出るかどうかで割れておりました。
しかし血気盛んな少年は敵に背を向ける事を頑なに拒みました。
恩を受けた山の神々を見殺しにはできぬと、刀を手に一人村を飛び出したのです。
少年が最初に訪れた村は、それは酷い有様でした。
戦に敗れた落ち武者が野伏せりとなって収奪を繰り返し、田畑は荒らされ、男は殺され、女は子供まで慰み者にされる鬼畜外道の所業、悲惨極まる惨状を目にした少年は、義憤にかられ刀一つで野伏せり達との戦を始めてしまったのです。
その数、なんと二百の野盗、たった一人で無謀極まる戦だと、それは分かりきったことでした。
案の定、あっさりと捕まった少年は野盗が集まる宴にて、殴り蹴られの嬲り者とされ酒の肴にと礫を投げられる始末。
やがて酔った野伏せりの頭目が今夜の締めくくりにと明久の首めがけ凶刃を振り下ろしました。
捕まった村の女子供が絶望に目を伏せた、その時でした。
轟々と風が渦を巻き、黒き砂塵が辺りを覆ったのです。
少年の身体が太陽の如く輝き、頭目が打ち下ろした太刀がピタリ――と、首元で止まると、摩訶不思議な事が起こったのです。
神の村、そこで生まれ育った少年には古き神々の恩寵を、その魂には古き神々の力が宿っていたのです。
刃は決してその身体に届くこと無く弾かれ、放たれた矢は宙で止まり、秘蔵の種子島の弾は空へと逸れたかと思いきや、次々に方向を変えて撃った砲手を打ち抜く始末。
少年が手をかざせば野盗の刀や長槍は立ち所に手を離れて宙を舞い、次々と野盗達を襲い始めました。
神々の力を宿した少年の目覚めの時でした。
明け方、そこにはたった一人で200人の野伏せりを倒した少年が太陽を背負い立っていました。
そして生き残った盗賊達を説き伏せ自らの家来とし、今一度我らの力で日本に平安の世を取り戻すのだと少年は旅立ちました。
行く先々では次々と野伏せり盗賊を薙ぎ倒し、遠くで戦の煙あらば必ず劣勢の軍へと加勢する。
その破竹の勢いは止まる事を知らず、やがて少年は一国一城の主にまで上り詰めました。
城壁は高く、城は栄え、城下町は華やぎ、名を『明久』と改名した少年は、家来と共に人生を謳歌しておりました。
しかしそんな平和な城に怪しき影が差したのです。
それは太陽を隠すほどの巨大な怪異の鳥でした。
明久は刀を手に取り、怪鳥討伐へと挑みました。
戦いは三日三晩続き、仲間が次々と倒れる中、ついに明久の投げた刀が、怪鳥の喉元を貫いたのです。
打ち落とされた怪鳥は嗚咽と共に地に墜ち息絶えました。
見事、怪鳥を討ち取った明久は、その怪鳥の羽を毟り衣服を拵え、肉を捌き、城下の人間へと振る舞うと、城下の民はさらに活気づき、その後も大変に栄えたのでした。
めでたし、めでたし
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