「ハァハァ……ッ!!」
――あれから数日がたった。
俺は呪われた装備に身を包まれたまま逃げていた。
賞金稼ぎ達に追われ、森の中を駆けずり回っていたのだ。
「いたぞ! 勇者殺し!」
「アンタには死んでもらうぜ」
イグナスは死んだのだ。
そう……俺が殺した。あの女魔族を助けるために……。
勇者殺しの汚名を被った俺は、今日もこうして刺客が送り込まれているのだ。
「やめろ……頼む」
俺は懇願する。
命乞いではない、俺に敵意を向けないで欲しいという願いだ。
「頼むだァ?」
「お前の首を取れば、たんまり褒賞を頂けるぜ!!」
賞金稼ぎの数は計3名。
それぞれが剣や槍を持ち相当な手練れだ。
よく戦闘経験を積んだ屈強な戦士達。だが俺よりもレベルは低い。
「イヤアッハァー!!」
――襲って来た。
ダメだ……体が勝手に。
***
「またか、またやってしまった」
周りには賞金稼ぎ達の骸がある。
俺は彼ら一人一人の亡骸に対し祈りを捧げた。
勝手な話ではあるが、殺してしまった彼らへのせめてもの冥福だ。
「こんなものを装備してるばかりに……」
苦々しく俺は被っている兜を触った。そう、最近分かったことがあるのだ。
この『スカルヘルム』。
どうやら敵意、殺意に反応して体が勝手に反応するらしい。
俺は切り伏せられても構わない、それが殺してしまった仲間への償いだ。
そうは思うのだが、この兜を被っている限りは体が動き反撃をしてしまう。
「……そういえば」
だが、今思うと不思議なことがあった。
あの女魔族、ラナンとの戦闘だ。
敵意を向けていた彼女を、何故俺は素手で攻撃で来たのだろうか。
普通ならば、この鈍器で殴り倒しててもおかしくはない。
「……」
いや、そんなことを今更考えたところでどうしようもない。
俺は極度の疲労感に襲われていた。
それもそのハズだ。
あれからまともに休むこともままならず、刺客からただ逃げる日々。
街に戻ればいいが、今更戻ったとしてもどうしようもない。
どうすればいい……。
俺は当てもなく、森を歩く。
幸いモンスターにも会わず、襲ってくるのは人間ばかり、少しばかり都合がいいと思うも今はありがたい。
兎に角、どこかで休憩を……。
「眠い」
俺は無意識にそう述べた、そして今度はどんどん体が重く、鈍くなると視界が狭まった。
闇がどんどん大きくなる――そうか死が近付いてきたんだな。
俺はそう思うと逆に心が安らいだ。
「こいつが噂の人間ですか」
「うむ」
「あの方も物好きなお人だ。何故人間など」
「つべこべ言わず運ぶぞ」
「ヘイヘイ」
甲高い声、野太い声――二つの声がした。
妖魔、魔獣の類の声だ……一体これは。
***
――バッ!
目覚めると俺はベッドの上にいた。
ベッドの上……?
俺は生きているのか。
「――ここはどこだ?」
そこは黒い部屋だった。
周りには簡素なタンスやイス、鏡があった。
「そういえば体が軽いな」
ふと鏡を見た。
すると驚いたことに鎧兜は脱ぎ取られ、銀髪の男が映っていた。
黒い上下の服を着ている。
そう、呪われた装備をする前の俺だ。
「目覚めたようだな」
「なっ……!」
後ろから野太い声で呼ばれ振り向いた。
するとそこには一匹のトロルがいた。それも色違いの亜種。
紅梅色で体は大きい。だが肥満体でなく、筋肉質なものだ。
毛皮の服に身を包み、鋭い眼光で俺を見ていた。
「魔物ッ!」
素手であるが俺は咄嗟に構えた。
「武器もないのに戦うつもりか?」
「うっ……」
そのトロルの言う通りだった、今の俺は武器を持たない。
丸腰の状態で、このトロルと戦ったとしても無惨に殺されることであろう。
「ついてこい」
「どこへ連れて行くつもりだ」
「お前に発言権はない。黙ってついて来るんだ」
トロルはそう述べると扉を開け部屋から出た。
俺はこのトロルに付いていくことにした。
部屋を出ると怪しげな雰囲気を醸し出すも、暗いながらも壁に絵が掲げられた廊下に出た。
どうやら洋館のような建物だろうか。
「今からお前に会わせたいお方がいる」
「会わせたい?」
「だからキサマに発言権はないと言っている」
少しトロルの言葉に苛立ちを覚えると、のっそり歩くトロルの後をついていった。
ツカツカと二人の足音が廊下に響く、ここまで誰にも会わない。
一匹くらい魔物がいてもよいのだろうが……。
しかし、ここはどこなのだろうか?
おそらく魔物の根城なのは間違いないのだろうが……。
「ついたぞ」
黄金の装飾物で飾られた扉前まで来た。
するとまるで俺を誘うかのような、扉が開いた。
「入りたまえ」
部屋の中から男の声がする。
俺はゴクリと唾を飲み込むと警戒しながら部屋に入った。
「ようこそ、戦士ガルア・ブラッシュ君」
広い部屋には何故か人間がいた。
ヒゲを蓄えた中年の男だ。大きな椅子に座り、笑顔で俺を出迎えていた。
「私はサッド・デビルス……魔王ドラゼウフ様の部下だ」
驚いたことに目の前の男は、魔王ドラゼウフの部下だという。
見た目は完全に人間だ。これは一体どういうことだろうか。
「人間なのにか?」
「ハッハッハッ!君達の人間世界にも擬態する魔法があるらしいが、それと一緒だよ。今は人間の体を借りている、その方が話しやすいと思ってね」
確かに人や魔物の体を模す呪文を使う魔法使いがいる。
だがそれは修行中の魔法使いが、旅銭を稼ぐための云わば手品や奇術の類だ。
「何が目的だ。それにこれは一体……」
「そのことなんだがね」
サッドという男はそう述べると、どこからともなくワインを取り出しグラスに注いだ。
一口飲むと、サッドは俺に一つの提案を出した。
「君を仲間にしたい。次期、新魔王軍の戦力として人間である君を引き入れたいのだ」
「新魔王軍……戦力……一体、お前は何が言いたいんだ」
「口の利き方には気をつけろ、お前ではなくサッド様だ」
サッドはそう述べると俺を睨みつけた。
その威圧感に俺は少し押された、口からは少し牙が見え、一瞬であるが角のようなものが見えた。
おそらくは悪鬼、悪魔系の魔物が正体であろう。
「いやはや失礼、折角招き入れようとしたのに申し訳なかったね」
感情の緩急を使うサッド。
魔物ながら心理戦に長けているのだろう。
「さてと本題に入る前にだが、君に会わせたい人物がいる」
「会わせたい人物?」
――久しぶりね、お兄さん。
後ろから女の声が聞こえて来た。どこかで聞いた声だ。
俺は後ろを振り返ると、例の女魔族ラナンがいた。
数日ぶりの再会だった。
「お、お前は!」
「装備をとったら、なかなかいい顔立ちをしているじゃない」
ラナンはそういうと妖艶な微笑みを浮かべる。
ますます状況がわからなくなってくる。
「端的に伝えよう、魔王ドラゼウフ様は既に死んでいる」
「ドラゼウフが死んだ?!」
魔王ドラゼウフが死んだだと。
それでは俺達の冒険は何だったんだ。
ドラゼウフはどうやって、誰が……。
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