気のせいか。
部屋は桃色に染まっているように見えた。
甘い匂い……果実酒のような酔いを感じるほどだ。
俺とジェイドは特殊な装備にて正常を保っている。
――が集まって来た猛者達は目を虚ろにさせ、口はだらしなく開けていた。
「人間の男ってヤツは、この程度の魔法で簡単に引っ掛かるから面白いものね」
ベルタは笑っていた。
細い体をよじらせながら俺達の方へ近づいてきた。
「あなたがガルアさんかしら、その装備で私の誘惑魔法を防いだつもりでしょうけど――」
やつはそう言いながら指をパチリとならす。
それを合図として生き残った冒険者達は俺の方へと向いた。
「生き残った殿方が何れも手練れ……物理攻撃に弱いレッドレイメイルを着たあなたが勝てる?」
まずい。
誘惑魔法をかけた冒険者達に俺を襲わせるつもりだ。
それに……。
「うっ……」
俺は少しよろけた。
先程のウェアウルフ数匹に受けたダメージが残っていた。
俺の肉を切らせて骨を断つ戦法は無駄にHPを削るのだ。
そんな俺の姿を見て、ベルタは笑顔で語りかけた。
「あなたは殺すのがもったいないわ」
「サッドが女狐と言っていたのは本当だな」
今こそ、魔王から与えらえたアレイクを抜く時か。
そう思い柄に手を当てようとした。
――ゴッ!!
鈍い音がした。
後頭部に衝撃が走った。誰からか頭を強打されたようだ。
一瞬の出来事に何事か――俺の目に確かに映った。
横にいたジェイドが鞘に納めた剣を棍棒代わりに殴りつけたのだ。
「お前――」
その一言を最後に俺は闇に包まれた。
***
「何だ今日はこの二匹だけか」
「へへっ……すいやせん」
ここはクリスタルディの屋敷の裏口、そこには黒い服を着た男が立っていた。
黒服の前には中年の男がいて、傍には手錠と足枷をつけられた魔物達がいる。
中年の男は魔獣使いだ。
今宵、捕らえた魔物を闇カジノの中にある闘技場で戦わせるために連れて来たのだ。
「フーム」
黒服の男は魔物を品定めしている。
上から下までジックリと観察している。
「頭の悪そうなコボルトとドン臭そうなトロルだな」
魔物はコボルトとトロルの二体。
トロルだけは肌色が紅梅色で亜種のようだ。
「これくらいのしかいなくて」
「よく見るとトロルは亜種だな」
「へへっ……珍しい色でしょう?」
魔獣使いの男はペコリとお辞儀した。
「二匹合わせて400スピナだな」
「そんな殺生な、銅の剣二本分じゃあございませんか」
黒服の言葉に魔獣使いは反論する。
額が余りにも少ないからだ。
「低級の魔物だからしょうがないだろ、この辺りの魔物の方がランクは上だぞ」
「そんなこと言われましても……」
「だったらやめておくか?」
「まさか! 頂けるものは頂きますとも」
そそくさと、魔獣使いは400スピナを受け取ると小走りに逃げ去った。
黒服は魔物に繋がれた鎖を引っ張りながら言った。
「低級で期待はしてないが――頭数にはなるだろ」
コボルトは仲間らしきトロルに小声で言った。
「黙って聞いてりゃいい気になりやがって」
「落ち着け、潜入は成功したのだ。俺達の目的を忘れるな」
「分かってるよ。この闘技場の魔物の中にベルタってサキュバスに仕えるヤツがいるんだろ」
コボルトとトロルはフサームとハンバル。
二人の目的は、この闇カジノの闘技場に潜入することである。
先程の魔獣使いはサッドに買収された者である。
何でもこの闘技場で戦う魔物に、ベルタに仕える眷属の魔物がいるらしい。
訓練を兼ね、同じ魔物を倒すことで経験値を稼ぎレベルアップしているとの話だ。
「仲間を殺してレベルアップするなんて信じられねえぜ」
フサームが苦々しく言った。
黒服に連れられるまま、屋敷内に入り地下に繋がる階段まで降りる。
石で出来た暗い廊下を通ると黒服は立ち止まった。
「よーし……ワンコロとデカいのはここに入れ」
鉄の牢獄だ。
中には魔物ではなく何故か人間がいる。
ボロボロの服を着た男は鉄格子から助けて求めて来た。
「頼む! ここから出してくれ!!」
「うるせぇな」
黒服は男に目掛け電撃の球体を放った。
雷属性の魔法サンダークラッカーである。黒服はどうやら魔法使いのようだ。
「ギャアー!!」
男の断末魔が通路に響き渡る。
そうすると唸り声やせせら笑う声が通路に響き渡った。
「殺っちまった……まっ使い物にならねえからいいか」
黒服は冷たくそう述べると、ハンバルとフサームを牢獄の中に入れた。
そして、扉に閉め鍵をかけるとどこかへと行ってしまった。
「おい……この人間死んでるぜ」
フサームが倒れた人間の胸に耳を当てるとそう語った。
「人間が何故いるんだ。ここは魔物同士が戦わせられる場所だろ?」
「この闘技場は魔物だけでなく、人間同士あるいは人間と魔物が戦わせられる場所さ」
二人が囚われた牢獄から声がした。どこかで聞いたような声であった。
「そ、その声は!?」
フサームが指差すとそこには赤毛のコボルトがいた。
「久しぶりだな」
「ドビーダスか!?」
「知り合いか?」
ハンバルがそう述べると、フサームが懐かしそうにいった。
「俺の友人だよ。同郷で小コボルトから一緒に育った」
「ドビーダスだ。あんたは?」
ドビーダスと名乗るコボルトは、どうやらフサームの幼馴染らしい。
赤毛を見るところ、ハンバルと同じく亜種のようで珍しい貴重種であった。
「ハンバルだ」
ハンバルは軽く自己紹介をする。
一方、フサームはドビーダスを懐かしそうに見る。
「にしても久しぶりだな。『強いコボルト』になるって言って出てったきりだろ」
「フッ……あれから色々苦労したぜ。ところでお前、何でここにいるんだ?」
ドビーダスの言葉にフサームは頭をかく。
「いやあ……まあな」
「魔獣使いに捕らえられて連れてこられたんだろ。相変わらず弱いなお前」
フサームは少しムッとしながら答えた。
「そういうお前だって、牢獄に捕らえられているじゃないか!」
「バーカ! 俺様は敢えてここにいるんだよ」
「ハァ?」
ドビーダスの言葉にフサームは訝しげな表情となる。
そうすると通路から足音が聞こえて来た。
足音の主は、先程の黒服のようだ。
「ドビーダス、試合が始まるぞ。観客達を楽しませてやれ」
「あいよ」
黒服の口調が違った。何かがおかしい。
ドビーダスは爪を研ぎながら告げた。
「そこのAランクの冒険者、全然強くなかったぞ。ウォーミングアップにもなりゃしねェ」
「あんたが強すぎるんだ」
「へへっ!」
不思議な事に人間と魔物が親しげに会話をしている。
そして、牢獄で骸となっている男はどうやらそれなりの実力を持った冒険者のようだ。
よく見ると体中に爪痕がある。服がボロボロだったのはそのせいだ。
「ド、ドビーダス……どういうことだ?」
フサームの言葉にドビーダスは静かに答えた。
「勇者も魔王もねえ、これからは俺のような強いコボルトが成り上がるのさ。お前も大聖師様のところに行けば最強の魔物になれるぞ」
「ダイセイシ?」
「何れ話す。その時は俺だけの冒険譚が出来上がってるだろうぜ、最強のコボルト伝説ってのがな――」
――ダイセイシ。
ドビーダスは聞きなれない言葉を言い終えると、そのまま軽く肩を回しながら牢獄から出て行った。
「何だよダイセイシって」
フサームの言葉にハンバルはフッと息を吐く。
何やら知っているような雰囲気であるが、床にどっかりと座り込む。
「さあな」
それだけ述べると、ハンバルはそれ以上何も言わなかった。
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