クリムゾンファイアにより炎と煙が広がり始めた。
シンイーとロフを倒したイオはすぐさま指示を出す。
「脱出だ!」
「は、はい!」
「急げ! 早くしろ!!」
トウリやミラを始めとする人々は急いで部屋を出る。
傷病者は仲間におぶられながら、小さい子どもは父や母に手を引かれていく。
イオは肝を冷やす、もし戦闘が長引けば熱と煙で全員死んでいたに違いないと。
「これで全員か」
「はい」
全員の脱出を確認した後、イオはハンバルにおぶられたシンイーを見た。
「やはり君の心は強い」
「強い?」
ハンバルの問いかけにイオは答えた。
「加減してくれていたのは彼女さ」
「と言いますと……」
「彼女は操られているようで、僅かながら自我を残していたんだろう。シンイーの攻撃力はあんなものではない、君もレイ国の武闘家もわずかに急所を外していた」
ハンバルは納得した。
最初から最後まで繰り出した拳技は、一見派手に見えたが軽いものであった。
シンイーはブレーキをかけていたのだろう。
もし、全力で技を出さればと思うと恐ろしくなる。
「……!!」
イオは部屋から脱出する直前何かを思い出したようだ。
その表情を見てハンバルが尋ねた。
「どうされたのですか」
「逃げる人の中にラナンはいたかい?」
「はっ……!?」
***
「燃えている……」
俺とサッドが本拠地である建築途中のイオの屋敷まで来た。
だが、屋敷からは大きな炎と黒い煙が見えている。
「待っていたぞ」
そして、対峙しているのは赤いローブを身に付けた魔術師……。
「ジル!」
そう……ジルと向かい合っている。
その周りにはフサームとジェイド達が倒れており、共に逃げて来たであろう住民達が物陰に隠れていた。
フサームは俺と目が合うと微かな声で言った。
「ううっ……ガルア……気をつけろ……こいつ魔法使いなのに接近戦も……」
「この犬め。まだ息があったのか」
ジルは地面に転がるフサームを蹴り上げた。
「ギャワン!?」
「フサーム!」
俺はフサームに駆け寄る。幸い息はあるようだが気を失ってしまった。
ジェイド達はどうやら魔法の類でやられたわけではないようだ。
全員鈍器か何かで倒されている。フサームの言う通り、接近戦でも強いというワケか。
しかし、そこはやはり魔法使い。
倒された全員は悶絶して倒れているか、気絶しているかだけ。それほど腕力はないようだ。
「魔法は使わないのか?」
「温存しているんだよ。貴様が来るのを待って――」
「隙が多いぞ」
――ビッ!
サッドが隙を突いて先制の銭投げを仕掛けるも、
「不意打ちか? 獣に相応しい行動だな」
杖で弾いた。
「そんな技など児戯に過ぎん。他に芸はあるか?」
「面白い……」
サッドはジルの挑発に乗るかのように構えた。
「サッド、あいつの挑発に乗るな」
「命令するのか?」
「違う。あいつは言った『温存している』と……それにこれだけの手練れを肉弾戦で倒したんだ、これが何を意味するのか」
「魔法使いでありながら、魔法使いではないと?」
「ジルだけは特別――魔法使いという役割を与えられたが、それはあくまで仮の姿。イオの話ではあいつは『バグチェッカー』という存在」
「バグチェッカー?」
『バグチェッカー』という言葉を聞いたジルは静かに笑っている。
「フフッ……教えてやろう。バグチェッカーとは主人公がルートを外れぬための案内人……または死刑執行人だ」
「どういうことだ」
「ご存じの通り、イオのような勇者はこれまで多く生み出されてきた。しかし、殆どは冒険を途中で投げ出す臆病者……無茶な冒険を進めたり、無謀を勇気と思い高レベルの魔物と戦い死んだ者……失敗作が大半。そこで大聖師様は――」
――フッ……
「き、消えたっ!?」
ジルが突然消えた!
いや正確には……。
「勇者が決められた道を進むよう導く存在! バグチェッカーを生み出した!」
動きが速すぎて見えなかったのだ!
鈍い音がなり、振り向くとサッドの腹部にジルの杖が深々とめり込んでいる。
「うぐっ!?」
「サッド!」
クリティカルヒット。サッドは戦闘不能になった。
一撃であのサッドを倒してしまった。
「所詮はザコキャラだ」
「破ッ!」
「遅い!」
俺はアレイクで攻撃するも、ジルはカウンターの中段蹴りを放つ。
その蹴りはまさに槍、俺の腹部を突き抜けていった。
「ぐうう……」
「防具も装備していないのにタフだな。それにあれだけのボツモンスターどもと戦ったというのに、疲労感もあまり見られない」
ダメージを受けるも俺は倒れない。
不思議なことに体力的にはまだまだ余裕があった。
俺は再びアレイクを手に取り斬りかかった。
「破亜亜亜!」
「ちィ!」
――サンダークラッカー!
雷属性の魔法攻撃。
体に電撃が走るも俺は構わずに突進する。
「そんなもの!」
「ぬゥ!?」
アレイクの斬撃を浴びせるも、ジルは杖でガード。
ジルは数歩後退して構えようとするも、パカリと杖が寸断されていることに気付いた。
「攻撃力が上がっている?」
「いくぞ……」
「バグが手に負えなくなる前に消えてもらう」
――クリムゾンファイア!
――ホワイトアイス!
――サンドストーム!
――バイオレットミスト!
――デモンサイクロン!
あらゆる属性魔法の集中砲火。
本来ならば死んでいる攻撃だろうが、
「ふぅふぅ……」
俺は持ちこたえていた。
「バ、バカな……普通なら死んでいるはずだ」
――スキャニング!
ジルは敵能力を調べる補助魔法、スキャニングを唱えた。
すると……。
「HP95473921……?!」
ジルは何故か額から汗を流している。
戦況ではジルが圧倒的に優位だというのにだ。
「どういうことだ……お前はバグが起こり続けHPが9999になってはいたが……」
――フレイムショット!
「ぐわァ!?」
ジルの背中に火球が当たった。
フレイムショット――何度も見た魔法だ。
「ラナン!」
「ガルア……私にも手伝わせて!」
「大丈夫なのか?」
「ハンバルが回復してくれた……」
いや……ラナンは万全ではないだろう。
レフログス達との一戦で、消耗した体力と魔力はすぐには回復しないはずだ。
「急造されたザコの分際で!」
ジルが動いた。ラナンを攻撃する気だ!
「お前も何故勝手に動くのだ! あの村で捕らえられた時にすぐさま殺せばよかった!」
「……!?」
ジルの手には冷気の結晶が集まっている。
あれは大魔王レフログスが使ったヘルブリザード!
「やめろ!」
俺は急いで動く――その時だった。
「ジル! 止まれ!」
空を見上げると道化のような男が浮遊していた。
現れた男は指で何かの紋様を描く。
それは魔法陣、召喚の儀式だ――
「そいつらはまとめて削除する」
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