ベルタは言った。ダミアンを殺したのは私ではないと。
彼女の言葉は続ける、真実は何なのか。
俺達はベルタの言葉を聞くより他なかった。
「私は勇者に倒された。私の意識は少しずつ無くなるのを実感した……死んだ。私は与えられた運命通りにここで消えるハズだった」
***
「……!」
ところが私は生きていた。
意識が戻った私の目の前に、あの勇者パーティにいた戦士がいたんだ。
「目覚めたか」
「何故殺さなかった」
「お前は今まで戦ってきた魔物と違い人を殺してはない。だから助けた」
お人好しの戦士はそう言うと剣を抜き、私の首元に切っ先を向けた。
「勇者が魔王ドラゼウフを倒すまで監視しておいてやる」
こうして、戦士は洞窟近くに小屋を建て私の監視を始めた。
最初は隙を見て殺そうと何度も思ったが、戦士……ダミアンは強く隙がなかった。
今度は逃げ出そうと試みたが、私の気配を察知して先回りして捕らえられた。
得意の誘惑魔法も精霊石の腕輪を装備しているあいつには効かなかった。
そんな日々が続く中、ある日あいつから私を訪ねて来た。
するといつも装備している腕輪がなかった。
「腕輪がないようだけど……」
「もうその必要はない。これがあるからな」
あいつは嬉しそうに指輪を見せて来た。
何でも知り合いのドワーフに作らせたものらしい。
そして、あいつはもう一つ指輪を取り出してこう言ったんだ。
「これをお前にやるよ」
「これは?」
「人は愛を示す時に指輪を渡す風習がある」
ダミアンはそういって優しく私を抱きしめてくれた。
人間なのに魔物の私を愛してしまったらしい。
まァ……私も満更じゃなかったけどね……。
洞窟での暗く冷たい生活も終わり、ダミアンが建てた小屋で静かな生活が始まった。
退屈と感じながらも、穏やかで充実した日々。
魔物なのに愛ってものに目覚めてしまったらしい。
そんな時だ。冒険者の一団が大挙して洞窟に押し寄せた。
「この洞窟には精霊石やサンライトゴールドがあるらしいじゃないか」
「そいつをゲットすりゃ、クリスタルディさんから大金を頂けるぜ」
冒険者の一団はクリスタルディが雇った連中だ。
精霊石やサンライトゴールドは武器や防具、アクセサリーに使われる貴重な鉱物。
売れば高値になるからだろうね。
「ダミアンさんよ、あんたも物好きな人だ。何故こんなお得な洞窟を知っているのに、独り占めしなかったんだい」
「悪いが、世界が平和になるまでは誰にも入らせないことにしているんだ」
ダミアンは勇者との約束を守り、世界が平和になるまでは誰もこの洞窟に入らせないと決めていたらしい。
勇者が魔王が倒した後は、私が迷惑をかけた村にこの洞窟のありかを教えるつもりだったようだ。
最初から教えればよかったんだが、洞窟に来るまでは凶暴な魔物が現れる。
魔王が倒されれば、誰もが自由に洞窟に来れると思ったんだろう。
「て、てめぇ! 独り占めするつもりだな!!」
「そうはさせねぇ!!」
「幸いここに人はいない! コイツを殺せ!!」
冒険者一団はダミアンに襲いかかった。
醜いものさ、だが元勇者パーティの戦士だ。
逆に襲いかかってきたやつらを返り討ちにした。
「雇い主に伝えろ。ここには何もなかったとな」
「く、くそ……」
「ヒヒヒ……いや待て、そこに女がいるぞ」
冒険者一団は私がいることに気がついた。
「うお! めちゃ美人じゃねーか!!」
「毎晩楽しんでるんだろうな。ムカつくぜ」
「待て! その女は……」
動揺するダミアンに一瞬の隙が出来てしまった。
「ぐッ?!」
弓を持つ冒険者が一人、森の茂みに隠れていて矢を放ったんだ。
矢はダミアンの胸……心臓に命中した。
よろめくダミアンを見て、残りの冒険者達は剣や槍を次々に刺していった。
「ダミアン!?」
「ベ、ベルタ……逃げ……」
彼はそう言って息を引き取った。
元勇者パーティの戦士……あっけない幕切れだったよ。
「ビンゴー!」
「これで邪魔者はいなくなった」
「それよりもあの女はどうする」
「そりゃもうアレだよアレ」
冒険者一団がこちらに来た。私を襲うつもりだろう。
「薄汚い人間どもが――」
気付くと無惨に肉塊になった冒険者どもがいた。
無意識だった。この細い腕にどんな力があったのだろうか。
「それがお前の本来持つ力だ」
そんな時だった赤いローブに身を包む魔法使いが現れた。
「これが大聖師様が言われる『バグ』か。パーティから戦士は抜ける、その抜けた戦士はサキュバスと恋に落ちる安っぽいイベントだな……」
魔法使いは大聖師の使いだった。
そうさ、私は大聖師に育てられた魔物。
私はあの方がお創りなられる壮大な冒険譚の駒の一つに過ぎない。
思い知らされたんだ。私はあのイベントで死ぬべき存在だったということに。
***
「あの勇者……魔王もそうさ。何で王道的に冒険を進まなかったんだ」
「イベント? ダイセイシ? お前は何を言っているんだ」
「あんたら、何にも知らないようだね。元々魔王ドラゼウフも――」
俺の質問にベルタが答えようとした時だ。
「おしゃべりが過ぎるぞ」
振り返るとそこには、ターバンを巻いた異国風の男がいた。
見たことがある――確か屋敷での選別試験にいた男だ。
「お、お前は!」
ベルタは驚いた様子で男を見ていた。
どうやら知り合いらしい。
「ベラベラと勝手に話すな。それにまともに戦わずに倒されるなど、大聖師様が最も嫌いな状況だ」
そう述べると男は水晶玉を取り出した。
「サキュバスなどという淫乱な妖魔は仮初――」
水晶玉が怪しく光り始めた。
するとどうだろう、ベルタが苦しみ始めたのだ。
「アアアアアアッ!!」
体は徐々に変形していく、黄金の毛並みのバケモノだ。
狼の顔、口には牙が生え、手には大きな爪が生える。
コボルトやウェアウルフと同じ獣人族のバケモノの姿が現れたのだ。
「獣魔ゴルトアヌビス――それがベルタ本来の姿だ」
「待て!」
俺は追いかけようとするも、男は俺を見据えて言った。
「バグキャラであるお前にも会うだろう。バグチェッカーである私と必ずな」
――エアルート!
そう述べると男は瞬間移動呪文『エアルート』を唱え去って行った。
あの男……一体何者なのだろうか。
――グルアアアアアアアア!!
黄金の美獣が俺達に襲って来る。
既に理性は失われている。
「斬るしかあるまい……」
ジェイドは剣を構えながらそう述べた。
俺もラナンも同じく戦闘態勢に入る。
「……」
だが、ラナンは視線をゴルトアヌビスに向けていない。
視線を下げ地面を見ていた。
「どうした?」
「あれ……」
ラナンの視線の先を見る。
ゴルトアヌビスの足元には壊れた指輪があったのだ。
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