村に火を付けようとした女は魔族だった。
俺とジルは、このことを直ぐに村長に伝えた。
すぐさま村の屈強な男達が集まり、女魔族を縄で縛ると納屋に閉じ込めた。
「これで動けまい」
「村長どうします?」
「うーむ……どうするもこうするもなァ」
村長は困った顔をしていた。
魔族と云えど見た目は人間とさほど変わらない、その処遇に困っているのだろう。
だが、このまま目を覚まして逃げ出せば、また村へと災いをもたらすであろう。
「殺しましょう」
冷たくそう言ったのはジルだ。
「見た目は人間ですが所詮は魔物の類です、今ここで殺さなければ村に仇なす存在になります」
ジルはそう述べると、女魔族に向けて手をかざした。
掌からは火の玉が練り出されている。
それは皮肉にも、女魔族が行おうとしたものと同じ行為。
即ち……フレイムショットによる火あぶりだ。
「待て」
俺は何を思ったのかジルを止めた。
ジルは苦々しい顔をしていた。何故止めるのかという表情だ。
「ここで殺さんと村に災いをもたらすぞ」
「しかし……」
俺は何を思ったのだろうか。今思えば不思議だ。
この女魔族が村に火を放とうとした理由を知りたくなったのだ。
――私の友達を殺した。
確かにそう言ったからだ。俺とジルは暫く睨み合う。
睨み合いは数秒続いたが、ジルは折れたのかフッと溜息を吐いた。
「ふん……甘い男だな。とりあえず一日だけは生かしておく、明朝そいつを俺が処分するからな」
俺の心を察したかどうかはわからない。
ここは一日待ってくれるという、ジルは後ろを振り返り言った。
「イグナスには、このことは話しておく」
イグナスか……あいつなら何のためらいもなく、女魔族を殺すことに同意するだろう。
そして、ジルは納屋の出口まで歩くと不意に足を止めて言った。
「見張りはお前に任せる」
「……わかった」
俺は頷いた。見張りか……俺は女魔族の方を見る。
女魔族は静かに目を閉じていた。まだ気を失ったままだ。
一方、村長を始めとした村人達はジルを追いかけていく。
「お、お待ちを!」
「あの戦士一人に任せて大丈夫なのですか!」
「ジ、ジル様!」
村人達はジルを追って納屋から出て行く。
「う、うぅ……」
女魔族の声が聞こえた。どうやら意識を取り戻したらしい。
「お目覚めか」
「あ、あんたは」
目を覚ました女魔族は俺を睨みつけていた。
「ふふっ……生かしてくれたんだね」
「女を殺せるか」
「甘いね、私をすぐに殺さなかったことを後悔させてやる」
「やめておけ」
女魔族が魔法を唱えるよりも早く、俺は武器を手に取り構えた。
すぐ頭にハンマーを振り下ろせるほどの位置に間合いを取っている。
武器の効果で外れたとしても、魔法攻撃に耐えうる防御力はある。
ダメならば二撃、三撃だ。
「女の子の頭にそいつを振り下ろせるのかい?」
「できるさ、試してみるか」
俺はハンマーを上段で構えた。
「ちっ……」
すると女魔族は観念したかのように大人しくなった。
「早く殺すなら殺しなよ」
「友達を殺されたといったな、どういうことか説明しろ」
女魔族は下を俯く。よく見ると涙を流していた。
「人間のあんたに言ってどうなるのさ」
「それなりの……事情があるかと思ってな」
「バカじゃない、敵である魔族に理由を訊くなんてね」
確かに女魔族の言う通りだ。
魔族や魔物に理由を訊いてどうするのだろうか、そもそもヤツらに正当な理由などあるのだろうか。
人間を殺し、自分達の生きるテリトリーを拡げたいだけだ。
「それよりも、あんたの着ている鎧や兜だけどさ。魔族が作った代物じゃないの、人間如きがそんなものを着てどうするの」
この呪われた装備品は魔族が作ったものだったのか。
俺はそのことに少し驚くも、至極当然とも言える。
魔族の装備品を人間が完璧に扱えるわけがないからだ。
いや……そんなことを考えている時ではない。
「黙れ、そうやって関係のない話をして隙を作りたいのか?」
「フン、あんたのような人間に言ってもわかりゃしないよ」
それっきり女魔族は黙ってしまった。
俺は彼女の傍に座り、何時でも攻撃を加えられるように見張った。
呪いの装備で動きは鈍いが、この距離なら会心の一撃を加えることなど造作もないことだ。
俺と女魔族との緊張感が数分間流れた……。
そうすると納屋の外から足音がする。誰だろうか……。
――ドン
勢いよく納屋の扉が開いた。
「そいつが例の魔族か」
イグナスだ。防具をつけず、片手には剣を携えただけだ。
ジルの話を聞き、急いでここに駆けつけたようだ。
「どういった系統のモンスターか知らんが、強力な魔法を隠し持っているかもしれない」
「待てイグナス!」
「ガルア、何故そいつをすぐに殺さなかった」
イグナスに問い詰められた俺は黙るしかない。
この女魔族にも何か理由があってのことだとは言えなかった。
「見た目が人間……若い女の姿に惑わされているのか?」
「ち、違う」
「言い訳するな、やはりお前をパーティから追い出して正解だった。誘惑魔法を使う魔物相手じゃなくてよかったな」
そう吐き捨てると、イグナスは剣を女魔族の首目がけて振り下ろそうとした。
「……!」
女魔族は目をつむり、覚悟したかのような表情だ。
やめろ殺すな! 俺はそう思うと勝手に体が動いた。
――ガギィ!
納屋に大きな金属音が鳴り響いた。
俺は咄嗟に盾でイグナスの剣を受け止めたのだ。
「何考えてんだお前」
イグナスの言う通りだ。
相手は魔族、人間に仇なす邪悪な存在だ。
動揺する俺をイグナスは侮蔑するような目で見ていた。
「脳筋の戦士はこれだからな、状態異常攻撃に弱い。本格的にあの魔族の誘惑魔法にかけられたようだな」
「お、俺は……」
「どけ! 無能!!」
俺は腹部に衝撃が走った。イグナスを押し蹴られたのだ。
イグナスは再び構えると剣に閃光が走った。雷鳴の一閃だ。
「確実に殺さなきゃな」
「やめろ!」
女魔族は目を見開き、イグナスの光り輝く剣を見ていた。
気丈に振舞っていたが、よく見ると体を小さく震わせていた。
やはり死の恐怖があるのだろう。
「せめて苦しまずに殺してやる!」
ダメだ……。
このままでは……。
――ゴギャ
鈍い音が走った。
確実に骨が砕ける音だ。
雷鳴の一閃で斬られたか……。
いや待て!
『骨が砕ける音』……だと!?
「ガルア、貴様というヤツは……!」
俺はカタストハンマーでイグナスの胸を強打していた。
カタストハンマーは当たると確実に会心の一撃で出る.
……が命中率は1/3。今回ばかりは運よく当たった。
そう俺はイグナスを攻撃したのだ。
「ぐはっ!!」
イグナスは吐血してそのまま倒れた。
「あんた……」
一連の光景を見ていた女魔族は俺を見て驚いている。
それもそうだろう、まさか人間に命を救われるなどとは思わなかっただろう。
「逃げるぞ」
「えっ……」
「逃げると言っているんだ。さっさと魔法を発動して、その縄を焼き切れ」
女魔族は手から小さな火を練り出すと縄を焼き切った。
それでも女魔族は呆然と俺を眺めているだけだ。
「すぐにここから出る」
俺は女魔族の手を取ると納屋から急いで出て行った。
その細い手は不思議と冷たくはなく、むしろ何故か暖かい。
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