Cursed Bug Quest

~呪われた装備を押し付けられた戦士、勇者パーティから戦力外通告を受け魔王軍からオファーが入る~
理乃碧王
理乃碧王

ep03.逃亡

公開日時: 2023年2月23日(木) 10:00
更新日時: 2024年5月5日(日) 21:53
文字数:2,847

 村に火を付けようとした女は魔族だった。

 俺とジルは、このことを直ぐに村長に伝えた。

 すぐさま村の屈強な男達が集まり、女魔族を縄で縛ると納屋に閉じ込めた。


「これで動けまい」

「村長どうします?」

「うーむ……どうするもこうするもなァ」


 村長は困った顔をしていた。

 魔族と云えど見た目は人間とさほど変わらない、その処遇に困っているのだろう。

 だが、このまま目を覚まして逃げ出せば、また村へと災いをもたらすであろう。


「殺しましょう」


 冷たくそう言ったのはジルだ。


「見た目は人間ですが所詮は魔物の類です、今ここで殺さなければ村に仇なす存在になります」


 ジルはそう述べると、女魔族に向けて手をかざした。

 掌からは火の玉が練り出されている。


 それは皮肉にも、女魔族が行おうとしたものと同じ行為。

 即ち……フレイムショットによる火あぶりだ。


「待て」


 俺は何を思ったのかジルを止めた。

 ジルは苦々しい顔をしていた。何故止めるのかという表情だ。


「ここで殺さんと村に災いをもたらすぞ」

「しかし……」


 俺は何を思ったのだろうか。今思えば不思議だ。

 この女魔族が村に火を放とうとした理由を知りたくなったのだ。


 ――私の友達を殺した。


 確かにそう言ったからだ。俺とジルは暫く睨み合う。

 睨み合いは数秒続いたが、ジルは折れたのかフッと溜息を吐いた。


「ふん……甘い男だな。とりあえず一日だけは生かしておく、明朝そいつを俺が処分するからな」


 俺の心を察したかどうかはわからない。

 ここは一日待ってくれるという、ジルは後ろを振り返り言った。


「イグナスには、このことは話しておく」


 イグナスか……あいつなら何のためらいもなく、女魔族を殺すことに同意するだろう。

 そして、ジルは納屋の出口まで歩くと不意に足を止めて言った。


「見張りはお前に任せる」

「……わかった」


 俺は頷いた。見張りか……俺は女魔族の方を見る。

 女魔族は静かに目を閉じていた。まだ気を失ったままだ。

 一方、村長を始めとした村人達はジルを追いかけていく。


「お、お待ちを!」

「あの戦士一人に任せて大丈夫なのですか!」

「ジ、ジル様!」


 村人達はジルを追って納屋から出て行く。


「う、うぅ……」


 女魔族の声が聞こえた。どうやら意識を取り戻したらしい。


「お目覚めか」

「あ、あんたは」


 目を覚ました女魔族は俺を睨みつけていた。


「ふふっ……生かしてくれたんだね」

「女を殺せるか」

「甘いね、私をすぐに殺さなかったことを後悔させてやる」

「やめておけ」


 女魔族が魔法を唱えるよりも早く、俺は武器を手に取り構えた。

 すぐ頭にハンマーを振り下ろせるほどの位置に間合いを取っている。


 武器の効果で外れたとしても、魔法攻撃に耐えうる防御力はある。

 ダメならば二撃、三撃だ。


「女の子の頭にそいつを振り下ろせるのかい?」

「できるさ、試してみるか」


 俺はハンマーを上段で構えた。


「ちっ……」


 すると女魔族は観念したかのように大人しくなった。


「早く殺すなら殺しなよ」

「友達を殺されたといったな、どういうことか説明しろ」


 女魔族は下を俯く。よく見ると涙を流していた。


「人間のあんたに言ってどうなるのさ」

「それなりの……事情があるかと思ってな」

「バカじゃない、敵である魔族に理由を訊くなんてね」


 確かに女魔族の言う通りだ。

 魔族や魔物に理由を訊いてどうするのだろうか、そもそもヤツらに正当な理由などあるのだろうか。

 人間を殺し、自分達の生きるテリトリーを拡げたいだけだ。


「それよりも、あんたの着ている鎧や兜だけどさ。魔族が作った代物じゃないの、人間如きがそんなものを着てどうするの」


 この呪われた装備品は魔族が作ったものだったのか。

 俺はそのことに少し驚くも、至極当然とも言える。


 魔族の装備品を人間が完璧に扱えるわけがないからだ。

 いや……そんなことを考えている時ではない。


「黙れ、そうやって関係のない話をして隙を作りたいのか?」

「フン、あんたのような人間に言ってもわかりゃしないよ」


 それっきり女魔族は黙ってしまった。

 俺は彼女の傍に座り、何時でも攻撃を加えられるように見張った。


 呪いの装備で動きは鈍いが、この距離なら会心の一撃を加えることなど造作もないことだ。

 俺と女魔族との緊張感が数分間流れた……。

 そうすると納屋の外から足音がする。誰だろうか……。


――ドン


 勢いよく納屋の扉が開いた。


「そいつが例の魔族か」


 イグナスだ。防具をつけず、片手には剣を携えただけだ。

 ジルの話を聞き、急いでここに駆けつけたようだ。


「どういった系統のモンスターか知らんが、強力な魔法を隠し持っているかもしれない」

「待てイグナス!」

「ガルア、何故そいつをすぐに殺さなかった」


 イグナスに問い詰められた俺は黙るしかない。

 この女魔族にも何か理由があってのことだとは言えなかった。


「見た目が人間……若い女の姿に惑わされているのか?」

「ち、違う」

「言い訳するな、やはりお前をパーティから追い出して正解だった。誘惑魔法テンプテーションを使う魔物相手じゃなくてよかったな」


 そう吐き捨てると、イグナスは剣を女魔族の首目がけて振り下ろそうとした。


「……!」


 女魔族は目をつむり、覚悟したかのような表情だ。

 やめろ殺すな! 俺はそう思うと勝手に体が動いた。


――ガギィ!


 納屋に大きな金属音が鳴り響いた。

 俺は咄嗟に盾でイグナスの剣を受け止めたのだ。


「何考えてんだお前」


 イグナスの言う通りだ。

 相手は魔族、人間に仇なす邪悪な存在だ。

 動揺する俺をイグナスは侮蔑するような目で見ていた。


「脳筋の戦士はこれだからな、状態異常攻撃に弱い。本格的にあの魔族の誘惑魔法テンプテーションにかけられたようだな」

「お、俺は……」

「どけ! 無能!!」


 俺は腹部に衝撃が走った。イグナスを押し蹴られたのだ。

 イグナスは再び構えると剣に閃光が走った。雷鳴の一閃アラメイ・スラッシュだ。


「確実に殺さなきゃな」

「やめろ!」


 女魔族は目を見開き、イグナスの光り輝く剣を見ていた。

 気丈に振舞っていたが、よく見ると体を小さく震わせていた。

 やはり死の恐怖があるのだろう。


「せめて苦しまずに殺してやる!」


 ダメだ……。

 このままでは……。


――ゴギャ


 鈍い音が走った。

 確実に骨が砕ける音だ。

 雷鳴の一閃アラメイ・スラッシュで斬られたか……。


 いや待て!


 『骨が砕ける音』……だと!?


「ガルア、貴様というヤツは……!」


 俺はカタストハンマーでイグナスの胸を強打していた。

 カタストハンマーは当たると確実に会心の一撃で出る.

 ……が命中率は1/3。今回ばかりは運よく当たった。

 そう俺はイグナスを攻撃したのだ。


「ぐはっ!!」


 イグナスは吐血してそのまま倒れた。


「あんた……」


 一連の光景を見ていた女魔族は俺を見て驚いている。

 それもそうだろう、まさか人間に命を救われるなどとは思わなかっただろう。


「逃げるぞ」

「えっ……」

「逃げると言っているんだ。さっさと魔法を発動して、その縄を焼き切れ」


 女魔族は手から小さな火を練り出すと縄を焼き切った。

 それでも女魔族は呆然と俺を眺めているだけだ。


「すぐにここから出る」


 俺は女魔族の手を取ると納屋から急いで出て行った。

 その細い手は不思議と冷たくはなく、むしろ何故か暖かい。

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