サディドリームの誰もいない食堂。
従業員のマージルは白いテーブルに置かれたグラスにワインを注ぐ。
これもまた白い椅子に座っているのは女だ。
「どうぞ」
「ありがとう」
女は笑顔で礼を述べるとワインを口にした。
黒いフィッシュテールのドレスを着込み、藤色の髪を後ろでまとめている。
「これが魔王城周辺に自生する、ディアボログレープで作ったワインか」
「なかなか甘美な味わいでしょう?」
「うん、酸味も効いている」
対する席に座っているのは異形の魔物だった。
狼のような顔で頭には水牛の角を生やす、毛並みは氷のように青白い。
悪魔族の上位に当たる高位魔族グレーターデーモンである。
「サッドのその姿を見るのは久しぶりだね」
「勇者様……いや魔王様の鎧以外の姿を見るのは初めてです」
「そりゃあボクだって女の子だもの、オシャレくらいはするよ」
女は魔王。魔物はサッドであった。
「上手くやっているかな」
「ガルアの他にもジェイド氏もいるのです。ご安心下さい」
「ダミアン……彼は強く優しかった」
「昔のお仲間のことですか」
魔王は昔の仲間、ジェイドの息子であるダミアンを思い出し懐かしそうな顔をしていた。
***
魔王がまだ勇者としての使命に燃える頃だ。
武闘家シンイー、賢者クロノ、そして戦士ダミアンのパーティで冒険していた時だ。
村の男達がサキュバスの誘惑魔法に操られ、この地で取れる精霊石やサンライトゴールドを採掘させられているという。
そこでパーティはサキュバス討伐に向かう。
男であるダミアンとクロノは、誘惑魔法をかからぬよう精霊石で作られた腕輪をして準備万端。
サキュバスが住む洞窟へ行き、苦戦しながらも何とか倒すことが出来た。
「これで終わりだ」
弱ったサキュバス。
女勇者がとどめ刺そうとした時だ。
「待て!」
ダミアンが女勇者を止めた。
「何故止めるんだ。こいつは悪い魔物だ」
「こいつは人間を殺しちゃいない、ただ精霊石やサンライトゴールドを採取させていただけだ」
武闘家のシンイーは呆れた表情だ。
「あんた精霊石の指輪を装備しているのに、誘惑魔法にでもかけられたのかい」
「俺は正気さ」
続いて、賢者クロノは蓄えた白いひげを撫でながら述べた。
「何が心変わりさせたか知らぬが、こやつは所詮魔物じゃぞ」
「それはそうだが……」
ダミアンは戦いで既に意識を失っているサキュバスを見ていた。
それを見たシンイーは、小バカにしたような顔だ。
「ハハーン……あんたこのサキュバスに惚れたね。言っとくけど、容姿は人間のなりをしちゃいるが所詮魔物さ」
そう述べると、シンイーは拳に魔法を込めている。
魔闘技でその命を絶つつもりだろう。
「ダメだ!!」
ダミアンはサキュバスの前に立つと剣を構えた。
その目は真剣だった。
「自分が何をしているのか分かっているのかい」
「このサキュバスに手を出すことは俺が許さない」
「どうやら、腕輪の効果がないようだね」
ダミアンとシンイーはお互い睨み合う。
一触即発。
そこには見えない火花が散っていた。
「やめて、ここはダミアンの言う通りにしよう」
女勇者は二人の間に入って止めた。
同じパーティの仲間が仲違いする姿を見たくなかったからだ。
「よいのか、勇者殿」
クロノの言葉に女勇者は言った。
「いいんだ」
「ちっ……勇者様がそう言うなら仕方がない」
シンイーは納得出来ない表情で拳を降ろした。
ダミアンはホッとしたような顔になる。
そんなダミアンの顔を見て女勇者は告げた。
「ダミアン、その魔物の命は助けよう。だが言い出しっぺは君だ、責任をもって監視するんだ」
「俺が?」
「君のような甘いヤツはパーティから抜けてもらう。これからの冒険は過酷なものとなる、君の甘さが誰かを危険に晒す可能性がある」
「恩に着る」
女勇者の辛辣な言葉はわざとらしかった。
それはわざとダミアンをパーティから外すためだった。
これまで自己主張もなく、黙々とパーティのために働いてきたダミアンだ。
そんな彼が必死にこのサキュバスをかばっている、その思いを汲んだ。
「出来るかい」
「ああ、この女が変な動きをしたら即座に斬る」
こうしてダミアンはサキュバス……つまりベルタの監視をするためにパーティから抜けた。
後に分かったことだが、ダミアンは洞窟近くに小屋を建て監視と称し彼女と暮らし始めた。
最初は驚いたものの、不思議ではなかった。
シンイーの言う通り、ダミアンはあのサキュバスを女性として見ていたのだろう。
暫くは何もない状況だったが、女勇者の冒険も終盤に差し掛かると風の噂が入る。
ダミアンはサキュバスに隙を突かれ殺されたのだと。
「ボクの判断は間違っていたのかな……」
サッドもワインを一口飲むと静かに言った。
「もしや魔王様は、ガルアとダミアンという方を重ね合わせているのでは?」
「サッド、それは悪い冗談だよ。彼は使えるから招き入れた、それだけさ」
魔王はそう述べ、窓からのぞく月を眺めていた。
***
花は散り、冷たい夜風が俺達の頬に当たる。
上辺だけの言葉や仕草で惑わそうとしてもそうはいかない。
俺はこのサキュバス、ベルタが死にたがっているように見えた。
「その指輪の形状――ダミアンのものと全く同じだ」
「そりゃそうさ、あのバカでお人好しの人間が私にくれたものだもの。コイツを時々眺めながら思うのさ、人間は本当にバカな生き物だってね」
「息子を殺したばかりか、侮辱するつもりか!!」
ジェイドの剣を持つ手は震えていた。
魔物に惑わされ好意から上げた指輪、人の心を嘲笑うかのようにつけていたからだろう。
「私は殺していない!!」
だが、ベルタは叫んだ。今までにない感情的な声だ。
「あの人を殺したのは、あんたらと同じ人間さ!」
「どういうことなの……」
俺もラナンも呆然としている。
ダミアンという男を殺したのはベルタではないらしいのだ。
「――少しだけ話してやるよ」
そう述べるとベルタは淡々と語り出した。
「私はある方の命令で人間の男どもを誘惑魔法で操り、洞窟にある精霊石やサンライトゴールドという鉱物を採掘させていた」
「何でそんなことを?」
俺の質問にベルタは答えた。
「それが『イベント』だからよ。私が悪さをしてたら必ず勇者パーティご一行が来るからね」
イベント?
聞き慣れない言葉に疑問を持つも、ベルタの言葉は続くのであった。
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