――放たれた矢。
突然の奇襲攻撃だ。
当たる……狙われたのは素肌が見える額部。
突発的な危機状態に陥ると、人や物の動きが遅く見えるというが。
――ギィン!
俺の面前に鋼の剣が見えた。
矢を剣の峰で止めてくれたのだ。
「キミがボクの名前を言った時から違和感があったんだ」
イオだ。
「キサマッ!!」
青い魔物が再び矢筒から矢を取ろうとしたが、イオは素早く懐に飛び込み切り伏せた。
「ガァ――ッ?!」
断末魔の叫びが部屋に木霊した。
その声に気付いたのか、ラナンはベッドから飛び起きてきた。
「えっ?!」
何が起こったか分からないのであろう。
キョトンとした顔をしていた。
「危なかったね」
「あ、ああ……」
イオは剣を鞘に納めると事切れたであろう魔物の骸を指差した。
「死んだ魔物を見てみなよ」
「エ、エドワード?!」
死んだ魔物をよく見る。
俺は驚いた、それと同時にイオを睨みつけた。
あの青い魔物はエドワードだったのだ。
「何故殺した!」
「襲って来たのはその男……いや魔物だ。キミは危く殺されかけたんだよ」
確かにイオの言う通りだ。
襲って来たのは魔物で、その正体がエドワード……。
何故魔物になり俺を襲って来たのだ。
「そもそも、おかしいと思わなかったのかい」
「何がだ」
「そのエドワードって人が、なんでボクの名前を知っているんだ」
――ガルアとイオさん、それに魔物様ご一行を村へ案内するよ。
そうだ。
イオとエドワードは初対面だ。
それなのに何故知っていたのだ。
「既に大聖師が設定を変えはじめているようだ。この村人達は既に全員魔物になっている可能性が高い」
ダイセイシ。またこの言葉だ。
それにもう村人達は人ではないだと……。
確かにそこで息絶えているエドワードは、魔物の姿となり襲って来た。
しかし、急に言われても困る。
こんな意味不明な状況をどう理解しろというのだ。
この村は俺が育った村だ。
田舎で何もないところだが、村人達は皆優しい。
「里帰りさせて良かった。やはりキミの生まれ育った故郷も設定を変えられたんだ、大聖師のヤツのシナリオを歩まなかった制裁としての……」
「お前の言っていることは何もかも意味不明だ!」
俺は急いで外に出た。
コイツは何を言っているんだ。
やはりイオは人間と云えど魔王を名乗る狂人。
里帰りさせて良かっただと?
ふざけるな!!
何か魔法をかけ俺に幻覚を見せているに違いないのだ。
友人であるエドワードを魔物に見せてタイミングよく殺した。
その証拠に死体が魔物からエドワードになっていたではないか!
「ま、魔王様……」
「放っておきな。ラナンちゃん、現実は辛いものさ――この世界は大聖師の玩具、彼が飽きるまで続くこの世界は残酷だ。でも、それを受け入れて克服していかなければならない」
***
「ハァハァ……」
俺は村の中央にある井戸まで来た。
水を汲み上げ、一口……また一口飲む。
「何がどうなっているんだ」
俺は混乱していた。
魔王は……イオは元々賢者クロノと会うためにグリンパーマウンテンに入った。
グリンパーマウンテンには生息しない魔物がいた。
偶然とはいえ、エドワードと再会し村へと戻ることは出来た。
イオからは里帰りなるものを許可されたが、自分からは戻っていない。
あの異形の魔物との戦闘後、偶々エドワードと再会して戻れただけだ。
「待て……アレは本当に偶々だったのか?」
ふと疑問に思った。
冷静になればおかしなことだらけだ。
あの異形の魔物はイオの使役する魔物ではないのか。
村人が全員魔物に変えられたなどという、子供だましのような作り話も交え……。
「そうか! アイツは皆を殺すつもりなんだ!!」
そうだ、そうに違いない。
皆を幻惑魔法か何かで魔物の姿見せて殺し、俺を精神的に支配つもりなのだ。
何が元勇者だ。
そもそもイオ・センツベリーなどという勇者など聞いたこともない。
本当に人間であるかどうかも怪しい。
ヤツもイグナスと同じだ。
呪いの装備品を俺に押し付け、用が済んだらきっと俺を……。
「ガルア……」
俺は振り返った。
そこには村の長老がいた。
「こんなところで何をしているんじゃ」
「長老……俺は……」
「フーム……今にも死にそうな顔をしているぞ。ウン死んでる顔じゃ……アヒャヒャ!!」
「ちょ、長老?」
どうも長老の様子がおかしい。
普段と違い長老としての威厳はなく、表情はニヤニヤとしている。
「お前さ……ガルアって名前だけど、何で名前があるんじゃ?」
「えっ……」
突然の質問に俺は狼狽した。
そういえば……この長老の名前は何という名前だったか。
ここに住む村人達も……この村の正式名称も……。
「エドワードもそうだ。あんなモブキャラに名前なんぞ必要なのか? 大聖師様も設定がテキトー過ぎる」
ダイセイシ?!
何故、長老がその名前を知っているのだ。
「ワシも名前が欲しいのう! この村にも名前が必要じゃあ!! なァ皆の衆!!」
気付くと村人全員が俺を囲んでいた。
各々、金棒や大剣あるいは鎌を持ち構えていた。
「あたしヒロインになりたいわ! カッコイイ勇者様の恋人になるの!!」
「オイラは竜騎士になりたいぞ! ドラゴンにまたがり大空を翔るんだ!!」
「あたいは王国のお姫様になりたいわ!」
「オラはバトルマスター!」
村人達は皆、人間の姿から魔物姿に変わっていった。
赤、青、緑……頭から角が生え、虎の腰巻している。
グリンパーマウンテンで戦った、あの異形の魔物と同じタイプだ。
「コロセ! ガルアをブッ殺せば、大聖師様から神設定を与えられるぞい!!」
目の前の長老は長太刀を構えた黒鬼に変身した。
「そ、そんな……この村は俺の故郷で……」
――グガオオオオオオオッ!!
けたたましい唸り声が村に響いた。
俺は咄嗟に腰に差す魔剣アレイクに手をかけていた。
***
数刻の時が流れた。体中ボロボロだ。
何とか異形の魔物達を全員倒すことが出来た。
「ううっ……ぐうっ……」
俺は嗚咽上げている。
涙が止めどもなく流れた。
辺りは血の海だ。村人達を全員殺した。
その骸は魔物ではなく人間の姿に戻っている。
「ウワアアアアア――ッ!!」
不思議とアレイクを使っても体に倦怠感はなかった。
俺は夜に怪しく光る満月に向かって吼えた。
知らない人間から見れば俺は人狼に見えるだろう……。
「魔戦士ガルア……拙者が成敗いたす!」
俺が一人泣いていると男の声が聞こえた。
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