イリアサン王国にダビ地方という場所がある。
海に面した場所で平和な時代、浜辺で楽しむ観光客で溢れていたが今は昔だ。
1年前にドラゼウフが現れて以降は、魔物達が占拠し誰もいなくなった。
各観光所が寂れていく中、別世界のように人が賑わう場所があった。
「みんな、お気楽ね」
「ここだけは特別だからな」
ここは地方都市ゴルベガス。
娯楽の街、観光街として名高い。
街の中は明るく人々も活気にあふれている。
街より外には魔物や魔獣で溢れているのがウソのようだ。
「それより宿屋はまだなの?」
「……」
「ちょっと無視しないでよ!」
俺とラナンは魔王より出された指令により、この街に入っていた。
魔王城より北西に離れたゴルベガス。
この街に反乱をもくろむ妖魔が住んでいるという。
だが、その妖魔がどこにいるのか……顔も名前もわからないまま派遣された。
「ったく!ハンバルとフサームがいなくて、何でこんな朴念仁と……」
今回の作戦では、前回のゲレドッツォ討伐戦で共にしたハンバルとフサームは別行動とのことだ。
先に人間である俺と、人間に近い容姿を持つラナンがこの街に潜入している。
流石に魔物の姿の二人が入ればパニックが起こるからであろう。
――ドン!
「おい! 気をつけろ!!」
冒険者らしき男とぶつかった。
腰には鋼の剣をぶら下げ、革の鎧を着こんでいる。
「すまない」
俺が通り過ぎようとした時だ。
「ン?! ちょっと待て……」
男に呼び止められた。
(――まさか)
男はチラリと建物の石壁に貼られた手配書を見ていた。
そこには、凶悪犯や凶暴な魔物といった賞金首達の顔が並んでいる。
「うーむ……」
その中には、もちろん俺の姿もある。
懸賞金は高い、それもそのハズだ。
俺はこの国の希望である勇者を殺した男なのだから。
「いや、気のせいか。何となく顔立ちが似てるような気がしたが」
男はその場から去って行った。
手配書の絵が鎧兜姿で助かった。
俺はパーティでも常に鎧兜を身に付けていたので、顔はあまり一般人に知られていない。
それに主人公は勇者イグナスだ。
戦士である俺はお付きの従者程度に過ぎない存在だった。
「あんた有名人だね」
「うるさい」
ラナンの皮肉に少々うんざりだ。
俺とて好きでこうなったのではない。
感情的になり、自然と足を歩める速度が速まる。
「フン……褒めてやってるのにさ」
先を急ぐ俺に続き、ラナンはそう述べた。
お互いに軽口のやり取りしながらも目的は同じだ。
クリアするべきイベントと行かなければならない場所がある。
――サディドリーム。
この街にある宿屋の名前だ。
白い壁に囲われ涼やかな印象がある建物。
ここ『サディドリーム』はある人物が経営する宿屋である。
宿屋は大型の宿泊施設となっており、多くの冒険者達が訪れていた。
「お客様、ご宿泊ですか?」
褐色肌で大柄の男が丁寧に答える。
ここの受付を担当する従業員のようだ。
「こちらで2泊3日の予定で泊まりたい」
「お部屋はどのような?」
「ダブルベッドがある部屋で頼む」
「承知致しました。空いているかどうか確認させて頂きますね」
受け付けの男が空き部屋の確認をしている間、俺はラナンの顔を見た。
彼女は小悪魔的な笑いを浮かべている。
ふっと俺は溜息を吐いた。やれやれという気持ちだ。
「空いていますね、ゴールドとシルバーのお部屋それぞれありますがどうされますか?」
「ゴールドとシルバーで違いはあるのか」
「お部屋の広さが違います。ゴールドは広く、シルバーは狭く――」
「ダメだな」
言葉を遮り、俺はそう言った。
受け付けの男は少し困った顔だ。
「お客様、お部屋はこの二つしかないのですが」
「ホープダイヤの部屋が空いてるはずだ」
――ホープダイヤの部屋。
俺がそう言った時、男から笑みが消えていた。
「空いておりますね」
「じゃあその部屋で頼む」
「では、こちらに……」
男は受付から出ると丁寧に案内してくれる。
そう……あいつのところへと。
***
白い床に白い壁。
壁には絵画が飾られている廊下を歩く。
道行く途中、男は宿泊する客に軽く会釈しながら通る。
「ちょっと……いつまで歩くのよ。早く部屋を案内してちょうだいな」
ラナンはたまらずに言った。
魔族である彼女は尖った耳をフードで隠している。
何かの拍子でバレないか気にしているのだろう。
「いざとなれば『私はエルフです』と言えばよろしいのでは?」
男は笑いながらそう答えた。
そこには折り目正しい従業員の姿はなく、親しい友人や仲間に語りかけるような感じだ。
「エルフはプライド高くて嫌いよ」
「お言葉ですが、あのお方からお話を聞く限り、あなたもエルフ級にプライドが高いようですが……」
「むっ!」
男はニカリと笑う。
言われたラナンはむくれ顔だ。
俺は男の言葉に納得し、少し笑いながら尋ねた。
「それよりまだなのか」
「もうすぐです。支配人室は階段を昇ったところにあります」
ラナンは俺が笑ったことに気付いたのか、少々怒っている。
「今、あんた笑ったでしょ」
「かもな」
「……失礼な人間ね」
俺達は赤いカーペットが敷かれる階段を昇ると、豪華な装飾が施されている扉の前に来た。
男は丁寧にノックすると、部屋の中にいる支配人とやらに声を掛ける。
「サッド様……お連れしました」
「入りたまえ」
そう俺達を待っているのはサッド・デビルス。
ここゴルベガスで宿屋『サディドリーム』を経営しているのだ。
「随分とまどろっこしいことをさせるんだな」
「私のように人間に擬態する魔物もいるのでね。今回のクエストは内密に行いたい」
俺は魔王に、ゴルベガスのサッドが経営する宿屋『サディドリーム』に向かうように言われた。
ただし、受付でこう言うように伝えられたのだ。
宿泊は2泊3日、ダブルベッドがある部屋で泊まるように。
次に受け付けからゴールドかシルバーか尋ねられる。
それを断りホープダイヤの部屋を所望するようにと。
「まァ座りたまえ」
俺達はサッドに促され、ソファーに座った。
「マージル、この方達に飲み物を」
「かしこまりました」
受付の男――つまりマージルと呼ばれた男は丁寧にお辞儀をして部屋から出て行った。
「話は聞いているだろう。この街に新生魔王軍が気に入らず、反乱を目論む妖魔がいる」
サッドはそう述べると、俺達に羊皮紙に描かれた女を見せた。
「名はベルタ・メイプシモン……女狐だ」
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