サイネリア色の頭巾に体を包み込む白いマント……。
最初は道化かと思ったが、目を凝らすと神々しくも見える。
しかし、空に浮かぶ男は聖なる存在ではないのは理解出来る。
言葉では言い表せない嫌な雰囲気がするからだ。
「だ、大聖師様!」
大聖師!
あいつが……あの男が……!
俺はアレイクを強く握りしめた。
この世界の創造主であり、物語という名の世界を作り上げ、生物を作り、命を……。
魂を弄ぶ存在!
「『ゲームツクール』め――どこまでも僕を悩ましてくれる厄介な遊戯だ」
ゲームツクール?
俺とラナン、それにジルまでも困惑した表情となる。
一方、大聖師はブツブツとぼやき続けている。
「自立した意志を持つキャラ達が引き起こす、いくつもの『選択』と『分岐』の連続、先が読めない未来。僕が最も起こって欲しくない出来事――」
大聖師は俺を指差し叫んだ!
「全てを削除しなければならん!」
――ズッ……
魔法陣から女性の顔を模った巨像が現れた。
――ズズッ……
それはドラゴンや巨人よりも大きい白き女神像。
「召・喚・完・了!」
俺はその神々しくも、何故か優しい微笑みを浮かべる像を目にして恐怖する。
何がそうさせるか――それは生物としての本能か。
この女神像には隠された何かがある。
「ガルア!」
俺が女神像を見上げているとイオの声がした。
彼女は天空に浮かぶ女神像と大聖師を見ていた。
「あいつ自ら出てきたか……それにこの状況……サッド達がやられている」
「イオは大丈夫か?」
「なんとかね。まさか他に刺客が紛れ込んでいたとは思わなかったけど」
燃え盛る屋敷から続々とハンバルやゴルベガスの住民達が出て来た。
その中にはトウリやミラもいる。
「こ、これはどういうことだ!? あの巨大な像は何なのだ!」
「あれはシテン寺院の女神像……」
「それにアヤツもおるな」
トウリは二本の剣を抜いた。
ジルはトウリの殺気を感じとったのか構えを取る。
「ロフめ……失敗したか」
「ジルよ。そこの駄作どもを相手にするな、どうせ僕のエーターナールでリセットされる運命だ」
エーターナール。
その言葉を聞いたイオの瞳孔が大きく広がるのを俺は見た。
「エーターナールだと……」
「イオ?」
「マズい……全員急いで逃げるんだ!」
「ど、どういうことだ?」
「サファウダ国を滅ぼしたヤツの最終兵器だ!」
――ピシ!
その言葉を合図にして女神像に亀裂が入る。
――ピシ! ピシ!
体の隅々に亀裂が入ると――
「物語がうまく動かない場合は、何時でもコイツを動かせるようにしている」
――バリ"ィ"!
卵の殻を破る小竜のように姿を現した。
その髑髏型とも龍型ともいえるその造形は……。
――グオオオォォォン!
まさに邪神龍!
「人骨、いや龍人!?」
女性を抱えるハンバルが立ちすくむ。
禍々しい巨神が現れたからだ。
「全てをリセットする!」
全身は濁った白、アイボリーホワイトとメタリックブルーを基調に輝く。
頭には稲妻の如き角が生え、背中からは紅蓮の炎が上がっている。
体がほのかに緑色に光っているは魔力のオーラか。
前傾姿勢に構え俺達を睨む。
「ジルよ! 僕の元へ来るのだ!」
「ハ、ハハッ!」
ジルは魔法を唱えた。
それは風属性の補助魔法ブクウ、地面から足が浮き飛翔していく。
俺は飛び立つジルに言った。
「逃げる気か!」
「私は次の物語へと進む!」
「次の物語だと?」
「そうだ! 私が物語の役目から解放され自由に生きるために!」
自由に生きる――ジルの本音の感情だ。
敵とはいえ、あいつもあいつなりに生への執着心がある。
大聖師はニタリと笑う。
「ご苦労。 お前は汚れ役として存分に働いてきてくれた、次の物語では好きな役割を与えよう」
「ありがたき幸せ」
汚れ役だと?
「弱い魔物を倒して悦に浸る、他人の家に入ってモノを奪う、仲間を遊び道具に使う――お前の報告がなければあのままクリアへと導くところだった」
大聖師は何を言っているんだ?
「ありがとう、勇者イグナスを殺してくれて」
衝撃が走った。
イグナスを殺したのは、てっきり俺とばかり思っていた。
「イ、イグナスを殺したのは――」
ミラが体を震わせて述べると、大聖師はおどけながら答えた。
「犯人はジルだよ」
「な、なんで……」
「主人公に相応しくないからさ!」
「えっ……」
「物語の主人公は清廉潔白じゃないとダメだ。あいつは倫理観のない言動や行動が多かったからね」
「そんな……ジル!」
ジルは冷たく言った。
「勇者不合格を決定づけたのは、あのラナンを殺そうとしたこと……主人公に相応しい清白な選択を選ぶ最後のテストだったが、ヤツは『殺す』を選んだのだ」
ケタケタと笑いながら大聖師は続けた。
「その点トウリは勇者らしいけど、肉体も精神も未熟。和風要素を入れて、おもしろカッコイイ冒険させたかったのになァ!」
「拙者は……世界を守るべくして生まれたのではなかったのか!」
トウリは二本の剣を地面に突き刺していた。
辛く、苦しく、悔しいだろう――それはイオもイグナスもそうだ。
勇者など、この物語を彩る玩具でしかなかったのだ。
「物語は全て打ち切り! みんな本当に本当に――ご苦労様でした!」
――ヒャーハッハッハッハッハッ!
空に大聖師の笑いが響いた時だった。
ラナンが叫んだ。
「ふざけないでよ!」
「はっ?」
「私たち一人一人に確かな意志がある! 命がある! 魂がある!」
「てめらは僕にメイキングされた人形だろうが。僕の人形劇に逆らわず素直に踊っていろよ」
「あなたの壊れた心で作った物語を演じさせられるものの気持ちがわかる?」
「説教はゴメンだよ。だいたい僕の黒歴史設定集をイオに渡したのはお前か?」
「設定集? 何を言っているの。あの本は勇者ソルが――」
――エターナルレイザー!
「何故お前がそのことを知っている」
大聖師の指先から閃光の矢が飛び出した。
その矢は――
「うっ!」
ラナンの胸を貫いた。
「ラナン……!?」
迂闊……失敗……後悔……。
俺は前衛の戦士、仲間の盾となるべき存在なのに。
「ガルア……」
「大丈夫か!」
イオがミラに声を掛けた。
「早く彼女に回復魔法を!」
「は、はい!」
俺はラナンを優しく抱きかかえた。
「やっぱりね……」
「もう喋るな」
コホコホと咳をするが赤いものが飛散される。
もちろん血だ……。
ラナンの顔は見る見る青くなる。体も少しづつ冷たくなっている。
命が先細る、閃光の矢は彼女の心臓を貫いていたのだ。
「あいつが焦っている原因はバグじゃない」
「ラナン?」
ラナンは血で濡れた手で俺の頬に触れた。
「本当の真実を教えてあげる」
――インストール!
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