ベルタを倒したあの夜、俺は意識を失った。
覚えているのはベルタの哀しい眼、焼き焦げた屋敷の匂いだけだ。
「こ、ここは」
俺は目を覚ました。
目に広がるのは白い壁に白い床。
ここはサッドが経営するサディドリームだ。
気付くと俺はベッドの上に寝かされていた。
「目覚めたようだね」
そこには見知らぬ女がいた。
黒いフィッシュテールのドレスが美しく、神秘的な藤色の髪は後ろでまとめられ清潔感を出していた。
最初見た時は気付かなかったが、魔王が身を整え現れていたのだ。
「任務ご苦労だったね」
「何故、お前がここにいる」
「そりゃ新しい本拠地をここに移すからだよ」
「何だと?!」
ここゴルベガスが、魔王軍の新しい本拠地だと?
この街を魔王軍の首都にするとでもいうのか。
――ガチャ……
ドアが開いた。
するとそこには、フサームとハンバルがいる。
「よう、おねんねは済んだかい」
フサームが変わらず軽口を飛ばす。
しかし、何故か元気のなさそうな表情だ。
「ラナンとジェイドは?」
ハンバルは腰に手を当てながら言った。
「他の部屋で眠っておる。傷の具合から見て激闘だったようだな」
そうか、このトロルは回復魔法が出来るのか。
ということは、彼が治療してくれたということだろう。
魔王は俺を顔を見ると静かに笑った。
「君達は暫くゆっくりと休むといい。ゴルベガスは辛気臭い魔王城とは違い、明るく楽しい街だ。この街を拠点として新しい魔王軍が動くのさ、ラストダンジョンには似つかわしくないけどね」
ラストダンジョン?
昨日といい、よく分からない言葉が続く。
「まさかここに住む人々を――」
ゴルベガスには多くの人々が住む。
魔王軍がこの街を本拠地にするために侵攻したのならば……。
「安心しなよ」
俺の心中を察してか、魔王は窓を開けて外の風景を俺に見せた。
そこには魔物、魔族が街を警備しながらも人々は普段と変わらない生活を送っていた。
街は何一つ壊されておらず、綺麗なままだった。
「領主が死んだことを知らせ、魔王軍が入り込むと皆何も抵抗はしなかった。新しい支配者としてボク達を受け入れたんだ。結局人々は、これまで通りの平和な日常さえ送れればそれでいいんだよ」
魔王はその名に似合わない爽やかな顔だ。
「これからは共生共存の時代さ。このゴルベガスの新しい領主『イオ・センツベリー』がキチンと支配する」
――イオ・センツベリー。
それがこの魔王の本名か。
***
「キングオブクソゲーだね!」
シテン寺院で一人叫ぶ男がいる。
「テコ入れしても、クソイベントばかりでエタりそうだ」
大聖師である。
――キングオブクソゲー。
言葉の意味は分からないが一人怒り、地団駄を踏んでいた。
「大聖師様、魔王城には既にイオ達を始めとする魔物はいません。もぬけの殻です」
「な、ななな……敵が出ないダンジョンなんて考えられる?!」
そんな姿を見て、申し訳なさそうな顔するのはジル。
彼もまた大聖師の部下の一人である。
「バグチェッカーのキミがキチンと管理してくれないと困るじゃないか! ベル公も結局バグキャラで勝手な行動を繰り返しただけだしさ!!」
「それは……」
「アイツを殺して新キャラを作るべきだった。ベラベラとバグキャラどもに開発室のことを話したあげく、イオを消す役割も果たさずに死にやがって!!」
大聖師は壊れたライフキューブを足蹴にする。
その壊れたライフキューブは、彼らがベルタを使役していたことを意味していた。
「お言葉ですが『人と魔物の恋物語はホッコリする』と喜んでいたのは大聖師様では……」
「うるさい! うるさい! うるさーい!!」
大聖師はライフキューブを踏み割るとジルを指差す。
「それよりも、あいつからの情報はあるのか!」
「魔王軍は本拠地をゴルベガスに移したようです」
「ゲ、ゲェー?! お前、あの街はお遊びで作ったところだぞ。ラストダンジョンに相応しくない!!」
そう述べると大聖師は悔しがって床を叩き始めた。
「今回の物語は『王道RPG』を目指しているのに、キャラどもは何で勝手に動くんだーっ!! 僕のゲームツクールのイベントが上手く作動しやがらねェ!!」
「大聖師様……ゲームツクールとは?」
ジルの質問に大聖師は真顔となり答えた。
「それはジル君が知るべきではないことだ。君は勇者の魔法使いという役割を果たすのだ、そしてバグキャラどもを始末するバグチェッカーとしてもね」
「はっ……」
頭を下げるジル。
この大聖師に絶対服従しているようだった。
――コッ……コッ……
二人が会話していると一人の青年が歩んできた。
ジルと同じく黒髪であるが、黒々しさは青年の方が上である。
また、天を突いた髪型はどこか神々しい。
赤いマントを羽織るその姿は、英雄と呼べるに相応しい外見。
「ジル君に紹介しよう、彼は出来損ないの勇者イオやイグナスとは違い人格面を重視して作った新勇者だ。レベルはまだまだ低いが、君が責任もってキッチリとサポートし育てるんだよ」
「彼が今度選ばれた新勇者ですか」
「トウリ・エンメイと申します。必ずや鬼どもを滅してご覧に入れましょう」
トウリという新勇者は大聖師の前で片膝をついている。
忠誠心の高さを物語っている。
「今度は和風ファンタジーだ! タイトルは『トウリ伝説』さ!!」
トウリという勇者……一見すると王道的な勇者に見える。
――が腰に帯びる刀が異形であった。
厚く重ね鍛造された鋼の刀身。
日本刀と同じような形をした武器を腰に下げていた。
一つはクサナギソード。
もう一つはオニマルブレード。
二刀の剣にて悪を滅する勇者である。
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