俺は大型鳥類モンスター『ロックバード』の背中に乗っている。
人間を捕食する獰猛な魔物だ。
鋭い爪と風属性の魔法を使い、冒険でも何度か苦しめられた経験がある。
「まさか人間様と共に行くとはな」
栗色の毛並みをした犬顔の魔物が俺を睨む。
彼の名はコボルトのフサーム、腰から曲刀を下げているところを見ると剣士だろう。
「こいつ本当に役立つのか?」
この特徴ある甲高い声は聞いたことがある。
俺が疲労で倒れた時に救ってくれた魔物だろう。
「元勇者パーティの戦士だ。戦力としては十分すぎるほどだ」
野太い声のトロルが言った。
俺が目覚めた時に出会ったあのトロルだ。
彼の名はハンバル、見た目と違いどこか知性を感じる。
「人間如きに手を借りるとは、魔王軍も落ちぶれたもんだぜ」
フサームは相も変わらず不満を述べ続けていた。
どうも人間である俺がいる事が気に入らないらしい。
「よくしゃべるワンちゃんね」
そして、もう一人参加するのは……。
「フサーム、不満があるようなら降りても構わないのよ」
ラナンだ。
俺と彼女達を合わせての計4名。
これからドラゼウフの隠し子を名乗るリザードマン『ゲレドッツォ』を討伐するパーティだ。
「こんなところから降りたら即死だろうが」
「戦士が二人いても、しょうがないしね」
「オレはそこのウスノロと違って素早いんだ!」
「あっそう」
「こ、この女!」
フサームがラナンに飛びかかろうとした時だ。
俺達が乗るロックバードが急降下した。
「お、おわっ?!」
体勢が崩れ、フサームはロックバードから落ちそうになる。
何とかしがみつくフサームは俺に助けを求めた。
「だ、誰か! 助けてくれ!!」
しょうがないヤツだ。
俺は無言でフサームの手を取り持ち上げた。
息を乱すフサーム、ラナンは微笑みながら言った。
「お礼くらい言ったら?」
「誰が人間なんぞに」
悪態をつくフサーム。
しかし、俺はどこかこいつが憎めなかった。
魔物もやはり生き物か、こうやって接するうちに俺の中で何かが変わろうとしていた。
「それより、この鳥野郎! 急に動きやがって!!」
一方のフサームは、苦々しくロックバードを見ていた。
そんな時だ、ハンバルが俺達を見て言った。
「もう到着したようだぞ」
ハンバルの視線の先に城があった。
黒い城である。
壁は黒曜石で作られているようで黒い輝きを放っていた。
(あれが……)
禍々しくも威厳がある魔城。
本来ならばイグナス達と共に行くはずだった場所だ。
「どっから入るんだ?」
入り口には、リザードマンらしきモンスターが二体いる。
幸い上空にいる俺達のことに気付いていない。
このまま正面から突入するのだろうか。
「私達の狙いはあくまでもゲレドッツォの首のみ……」
ラナンがそう述べると、呪文を詠唱し始めた。
「炎と雷の輝き――二つの輝きをもって、爆炎の矢を放たん……バーストアロー!!」
火と雷属性の合成爆炎呪文『バーストアロー』か。
相当なクラスの魔法使いのようだ。
ラナンが放ったバーストアローは、黒曜石で出来た魔城の屋根に穴を空けた。
「あそこから突入するぞ」
ハンバルは作られた穴を指差すと、身体に見合わない軽やかな動きで穴に飛び込んだ。
「じゃあ、次は私ね」
ラナンも続いて入っていく。
「エクストリーム過ぎるだろ。それにさっきの爆音でトカゲどもに気付かれたんじゃないのか」
フサームをよく見るとしっぽが震えていた。
「どうした、お前もいかないのか」
「う、うるせえ!!」
俺はフッと息を出す。
「死ぬのは怖いか」
「バカ言うんじゃねぇ! オレ様は魔王軍の切り込み隊長だ!! ただちょっと……きちんとあの穴に飛び込めるかどうかをだな」
「先に行くぞ」
お喋りなコボルトを置いて、俺はラナン達を追って突入した。
今は成り行きに任せて、魔王軍の内紛に付き従うしかない。
そうしなければ、俺の村が故郷が滅ぼされるからだ。
「あっ……おい!!」
後ろからフサームの声が聞こえた。
だが、その声はどんどん小さくなった。
穴に入った周囲が暗いことに気付く。真っ暗で何も見えない。
――ボッ……
突然に火が目の前に現れた。
指先から簡易的な火属性の魔法を練り出したラナンだ。
「来たわね」
「あのトロル……ハンバルは?」
「敵の数を調べるために先に行ってるわ」
「一人で大丈夫なのか」
俺は自分で何を言っているんだろうか、と少し思った。
今まで敵として見ていた魔物の心配をしていた。
複雑な心境であるが、あの短い時間で彼らに親近感を持ったのだろうか。
「大丈夫よ、ハンバルはただのトロルと違うから」
「違う?」
「そんなことより、ロマンティックな雰囲気ね」
何を言っているんだこのラナンという魔族は……。
すると彼女は顔に似つかわしくない妖美な微笑みを浮かべた。
「キスしない?」
「はあ?!」
唐突なラナンの言葉に俺はもちろん驚いた。
一体何を考えているのやら……。
「人間の文化にキスってあるらしいじゃない。私、あれに憧れていたのよね。これから死ぬかもしれないし、ちょっといいかなって思って……」
そう述べるとラナンは俺の顔に近寄って来た。
髪をかき分け、顔は幼いながらも色目かしい仕草に俺はドキリとした。
「お、おい……」
彼女の薄く赤みがかった唇が近付く、この女は何を考えているんだ。
――ドサッ!!
大きな物音が響いた。誰だろうか。
「真っ暗で何も見えねえじゃねーか! チクショウ!!」
フサームの声だ。
「いい雰囲気だったのに」
ラナンは少し眉を吊り上げながらフサームを見ている。
一方のフサームは不服そうな顔だ。
「だいたいコソコソするのは……」
「よく喋るヤツだ」
俺が振り返るとハンバルがいた。どうやら戻ってきたようだ。
「ゲレドッツォはいた?」
「ああ、敵の数も何故か少ない」
敵が少ない……。
一体どういうことだろうか。
「敵が少ない?」
俺はハンバルに尋ねた。
ハンバルは通路の先を指差す、どうやらあの先にゲレドッツォというリザードマンがいるようだ。
「祭儀をやっている」
祭儀と聞き、フサームは続いて尋ねた。
「サイギだァ?」
「魔王ドラゼウフ様のご遺体を前に、ゲレドッツォを始めとする魔物が集まっている」
魔王ドラゼウフの遺体だと?
遺体を信仰の対象として崇めているのか。
それは魔王軍内での邪教が誕生していたことを意味しているのだろう。
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