「イグナスが何故ここに……」
イグナスが現れた。
あのときと同じ姿のままに……。
「イ、イグナス!?」
「ミラ、こんなところにいたのか。早く俺と一緒に行こう」
「い、行く?」
「そうさ、魔王ドラゼウフを倒しに行くんだよ。倒せば無事ゲームクリア、俺とミラは一生幸せになれる」
「幸せに――」
ミラがイグナスに導かれるように動いた。
俺はすぐさま彼女を止めた。
これはきっと罠か何かに違いないからだ。
「待てミラ! 騙されるな!」
「何よ離してよ!」
「イグナスは死んだ! 俺が殺したんだ! だいたいこんなところに――」
「うるさい!」
ミラは俺を振りほどいてイグナスの元へと駆け寄る。
ラナンもトウリも呆気に取られ動けないでいた。
「ちょ、ちょっと!」
「ミラ、そやつは人の姿を借りる物の怪だ! その男から異様な妖気を感じる!」
同感だ。
このイグナスから異様な臭気を感じる。
アンデッドか何かか――死んだ人間が忽然と姿を現すなど考えられない。
それにどうやってゴルベガスに……このサディドリームに……。
「ミラ、こんなヤツらのことは無視しろ。さぁ俺と一緒に行こう」
「うん……」
「待て!」
俺はイグナスの前に立ちはだかった。
「ガルアか。あの時は痛かったぜ」
「何故お前が生きている……」
「フン……そんなことはどうでもいいだろ」
イグナスはミラを向き直すとフワリと頭を撫でた。
優しく彼女の亜麻色の髪をとかすように触っている。
「ミラ、スコルピオナイフを持っているか?」
「武器の類は持っていないわ」
「そうか――それは安心したぜ!」
「なっ!?」
俺はイグナスの右手に反応した。
イグナスの指が変形し鋭利に尖っているのだ。
それはまるでナイフのような形状。そして、このイグナスが人間でない証拠とも言える。
「死ね!」
「イ、イグナス!?」
イグナスは手刀を作り出し、今にもミラの首筋を切り裂こうとしていた。
俺は即座に飛び込み、アレイクを抜き放った。
「破ッ!!」
「ぐぎゃあ!」
イグナスの手はアレイクの一撃で吹き飛んだ。
腕からはドクドクと人間ではない群青色の血が流れ出ている。
「ヒ、ヒヒッ……もうちょっとで僧侶ミラのデータを消せるところだったのに」
「貴様! 何者だ!!」
俺の問いかけに、イグナスを名乗る異形者は不気味な笑みを浮かべた。
「俺かァ? 俺はイグナスだぜ」
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
「ふざけてなんかいないさ。俺は正真正銘のイグナスだ」
「正真正銘だと?」
「俺は勇者イグナスのデータを元に魔族の力を得た新しいイグナス、ダークイグナスってところかな。ドフフフ……ッ!!」
なるほど……このイグナスは大聖師が作った刺客か。
見た目はイグナスであるが、似ているのは形だけ、人間離れした技といいコイツは妖魔の類だろう。
「それにしても痛い……よくも俺様の右手を切り落としてくれたな」
イグナスの右手は変形し円状を帯びた、これで止血完了か。
殺されかけたミラは地面にへたり込み、大粒の涙を流している。
「私は……イグナスを……なんで……なんで!」
「ミラちゃん泣くんじゃねェよ。愛しのイグナス様はここにいるからよ!」
イグナスに似た妖魔はヘラヘラと笑っている。
その声を聞いたミラは目を閉じ、両手で耳を塞いで叫んだ。
「やめて――!!」
「泣け、叫べ、いい声だ! 後でたっぷり可愛がってやるからよ!!」
「黙れゲスが!」
「あん?」
俺はアレイクを持ち構える。
それを見た妖魔は左手をかざした。
「けっ! 呪いの武器で何ができる!」
――バチバチ……
妖魔の左手から青白い光が現れた。
「大聖師様からその武器のことは聞いている! 呪われし最強の武器アレイク! 物語が違うてめえには扱えぬ代物だぜ!!」
「知っているのか?」
「その武器の威力は強力だが、使えば命と精神を削る曰く付きの代物! 自分の生命、他者の魂を捧げることで契約は完了する!」
「契約?」
「斬れば斬るほどに強力な武器へと――兵器へとクラスチェンジするとよ! これから死ぬお前が気にすることでもねえがな!!」
――バジジジ!
左手に電撃の球体が出来上がった。
それは妖魔らしからぬ聖属性の魔法だ。
「前作の主人公でも上手く扱うことが出来ず、精神がおかしくなっちまった。モブキャラの戦士が装備するには荷が重すぎるってもんだぜ!」
前作の主人公――イオからインストールされたサファウダの記憶にある勇者ソル・アルバースか。
「最強にしてはリスキーな武器だな」
「それは製作者様に聞いてくれ、そういう設定にしたんだからな」
勇者ソルがおかしくなったのは、このリスキーな武器により精神が消耗したからか?
いや……それもあるだろうがサファウダの記憶が言っている。
人間の負の感情を見たと。
精神が消耗した中で人間の醜い姿を見ればおかしくなるのも無理もない。
前作の登場人物、主人公でさえも大聖師のお遊びで狂わされてしまったのだ。
「とりあえず……死んでくれや! 勇者の魔法ライトニングジュピターでな!!」
妖魔は左手でライトニングジュピターなる魔法を繰り出そうとした。
俺はいつもの如く、仲間の盾になりながら突進しようとしたが……。
――フレイムショット!
「あ、あちイイイ!?」
ラナンがフレイムショットを放った。
「私もいることを忘れないでよね」
「て、てめえは……確かラナンとかいうザコ妖魔!」
「あら私のことを知っているの?」
「大聖師様から聞いているぜ。自分の役目を忘れたクソビッチがいるってな!」
ラナンは俺を見た。
「こいつ性格もコピーされたみたいね」
「性格?」
「ガルアの方が勇者らしいってこと!」
――フレイムショット!
連続魔法での2回攻撃。
妖魔は火に包まれながらも何とか体勢を立て直す。
「こ、このザコ妖魔の魔力、高すぎるんじゃねえか!?」
「今よ!」
ラナンの合図で俺は無言でうなづく。
妖魔はフレイムショットでひるみ隙だらけだ。
やるなら今のタイミングがベストだ。
俺はアレイクで横一文字に薙ぎ払った。特技も何もない単純な物理攻撃だ。
「ぐはァ!?」
俺は妖魔の胴体を真っ二つにした。
群青色の返り血を浴び、白い床や天井は妖魔の血で汚れてしまった。
俺はアレイクを鞘に直すと自分の体の不思議さに気付いた。
(どういうことだ、倦怠感がまるでない)
倦怠感がまるでない。
少しづつ慣れているのだろうか。自分でもわからない。
「ミラ、大丈夫か?」
トウリは体をゆっくりと動かしてミラの元まで行く。
ミラは絶望感に打ちひしがれていた。
トウリの呼びかけにも彼女は答えなかった。
それにしても――
「どうやってこいつが入り込んだんだ」
事切れた妖魔を見て、疑問が湧く。
どうやってこのゴルベガスに、サディドリームに侵入したのだろうか。
「監視者である私がご案内しました」
ホテルの通路から現れたのはマージル。
サッドの右腕的な存在だ。
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