「どういうことだ……お前はコイツを知っているのか」
「お部屋が血で汚れてしまいましたね。これはもう全て消してキレイにするしかない」
「質問に答えろ!」
俺の怒声がホテル内に響く。
しんとしている、恐ろしいくらいだ。
このホテルには従業員他、宿泊客もいるはずなのに誰も出てこない。
「た、助けて……くれ……こんなところで……死にたくねえ!」
イグナスに似た妖魔はまだ生きていた。
体を真っ二つにされたというのにまだ息があるのか。
懇願する妖魔を見てマージルは冷たい視線を送る。
「まだ生きていたのですか」
「お、俺は……次の物語にも……登場したい……」
「フゥム……データを消し損ねたのに図々しい人ですね」
「お、俺は……勇者だ。ここで終わる……わけには……次の物語でも……」
「紛い物が――」
マージルは手からは深紅色の炎が練られている。
何かの魔法だろうか、見たこともない術法だ。
「大聖師様が新たに考案なされた魔法『ルビジウムイル』の実験台になってもらいます!」
「や、やめ……!!」
「デッドエンドです!」
――ルビジウムイル!
「う、うわアアア!」
深紅色の炎が妖魔を包んだ。
美しくも、威力の強い火属性の魔法だ。
骨も灰も残さず消し飛ばした。
「さてと……次はあなたがたの番です」
――ギッ……ギギッ……!
肉をハンマーで叩くような異様な音が響いた。
マージルの体が変形していく、体からは赤い体毛が生え、頭からは2本の角が生えた。
顔は山羊に変わっていく、そうマージルの正体はレッサーデーモン。
下級悪魔ではあるが、先程の魔法といい、ただのレッサーデーモンではない。
「これが本気の私です!」
「一体どういうことなんだ」
「簡単な話ですよ。私は元々大聖師様の指示で監視者の一人として潜入したんです」
「潜入?」
「フッ……イオから聞きませんでしたか? 世界各地の消し忘れた登場人物、ダンジョン、アイテム探索の旅。その過程で彼女は魔獣使いの能力を活かし魔物を次々と味方に引き込んでいった」
イオは大聖師により上級魔獣使いの能力を植え付けられた。
シキナミ戦後、俺はイオにどうやって魔軍を作れたのか尋ねた。
勇者が如何に強かろうと、魔物は決して人間の味方をしないからだ。
するとイオはこう答えた。
「最初は不思議だった。消し忘れたデータを探す旅の道中、ボクは凶暴な魔物と何匹も出くわした。するとどうだろうか、魔物達は仲間になりたそうな目でボクをみつめ服従してきたんだ」
「服従? まるで魔獣使いのようだな」
「ボク自身も不思議だったよ。そういえば大聖師が〝ビーストむすめ〟とかよく分からないことを言っていたけど、その時に魔獣使いの能力を植え付けられたのかな。お陰で勇者が魔王を名乗るには説得力のある能力だけどね」
おそらくマージルは仲間にした魔物の一匹に混じっていたのだろう。
ヤツはただのレッサーデーモン、仲間モンスターとして潜入し俺達の動向を見ていたということか。
「おわかり頂けたかな?」
「急にベラベラと自分の正体を話したな」
「大聖師様の指令が下されたのです。この物語をリセットせよと」
「リセットだと?」
「そうリセットです。全て消えて頂きます」
全てをリセットする。
そうか世界からあらゆる城や街、更にはダンジョンが消えたのは大聖師の意志でか。
マージルはニタリと笑うとラナンを見た。
「名も無き魔族、そろそろ演技はいいでしょう! ご一緒にバグデータを消していきましょう!」
俺はラナンを見た。
彼女は無表情で目を合わせようとはしない。
「どういうことだラナン!」
「……」
俺の問いかけに彼女は答えなかった。
マージルは冷ややかな口調で言った。
「彼女は私と同じ監視者です。バグキャラどもがどう動くか監視するためのね」
「監視者だと?」
「YES! 大聖師様も逃げ出したデータを黙って見過ごすワケがないでしょう! イオが没になったり、消し損ねたデータを採集することを理解っておりました! そこで罠を張った!」
「罠だと?」
「元々洋館にいた『淡紅藤の魔女』は年老いた妖魔! そいつと成り代わったのですよ! 彼女を潜入させるために!!」
「その『淡紅藤の魔女』は……」
「私が殺したわ……可哀そうだったけど……」
ラナンは冷たく述べたが、どこか哀しげである……。
マージルは真相を伝えると両手を広げ、天を仰いだ。
「大聖師様は何としてでも、この『Ground Brave Quest』をハッピーエンドに持っていきたかった。イオを始めとするバグを修正し、物語を美しく完結させるために――」
――ボゥ……
マージルの手には再び深紅色の炎が現れた。
先程のルビジウムイルだ。
「あなたがたが悪いんですよ。そもそも、この物語のラスボスである魔王ドラゼウフをイオが倒したのがいけない……あれが全ての元凶!」
深紅色の炎が大きくなってきた。
このサディドリームごと焼き尽くす気か。
「さあラナンさん! あなたも魔法を練りなさい! この罪人どもを一緒に――」
――バシルウィンド!
「うごわ!?」
ラナンが見たこともない魔法を唱えた。
風属性の魔法か、烈風の衝撃波がマージルを襲い後方へと吹き飛ばした。
発動した呪文の威力はないが、相手を怯ませるには十分だ。
「な、何をするのですか!」
「これは私の意志よ」
「くっ……あ、あなたまでバグを起こしたのですか!」
「炎と雷の輝き――二つの輝きをもって、爆炎の矢を放たん……バーストアロー!!」
ラナンはトウリがいた部屋の壁を破壊した。
彼女は急いで外を指差した。
「逃げ道は作った! 一旦ここから脱出よ!」
「お、おいラナン!」
「今は黙って、全員私の手を触って!」
一瞬、罠ではないかと思ったが直ぐに思い直した。
ラナンの瞳は澄んでいた、ウソや偽りのない真っすぐな目だ。
俺はトウリとミラに声を掛ける。
「動けるか?」
「一応な」
「ええ……」
全員、ラナンの手を取った。
「これでよし……」
ラナンの体からはうっすらと緑色のオーラが見えた。
何かの魔法を唱えるための準備であろう。
「風の聖霊よ――我らを願い給う地へ送り届けん!」
――エアルート!
瞬間移動呪文『エアルート』だ。
空に浮かぶ俺達が向かう先はイオのいる屋敷の方向。
その間、俺は外の光景を見て愕然とした。
「ゴルベガスが燃えている!」
ハッキリと確認できた。
ゴルベガスの街のあちこちから赤い炎が見えたのだ。
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