Cursed Bug Quest

~呪われた装備を押し付けられた戦士、勇者パーティから戦力外通告を受け魔王軍からオファーが入る~
理乃碧王
理乃碧王

ep55.100万スピナの夢

公開日時: 2023年5月21日(日) 23:23
文字数:2,657

 高笑いの方向を見るとサッドがいた。

 金の装飾が散りばめられた豪勢な貴族服、ここは戦場だというのに優雅さを崩さないでいた。


「夢や希望……自分がなりたいものを語るのは結構だが、自分が与えられた配役以上のものにはなれない。それが『物語』というものではないのかね、マージル」

「サ、サッド!」

「呼び捨てとは偉くなったものだな」


 サッドは構えもせずに間合いを詰める。

 堂々した歩みだ、俺の傍を通ると横目で不敵な笑みを浮かべる。


らせろ。部下の不始末は私がつける」


 サッドの戦った姿は見たことがないが、これまでの戦士としての経験値が教えてくれる。

 この悪魔的な威圧感、彼は間違いなく上位種の魔物だ。


「フッ……あなたにはこき使われた恨みがあります。いいでしょう! あなたから殺してやりましょう!!」

「こき使われたか。大聖師よりホワイトな環境で仕事を与えてきたつもりだが……」

「消えなさい!」


――ルビジウムイル!


「サ、サッド!?」


 深紅の炎が二発同時にサッドを包んだ。


「ハハハッ! あっけないものですね、偉そうに現れた割には――」

「このカジノのネオンみたいな炎がどうしたのかね?」

「ま、まさか……!?」


 妖美に燃える炎から巨大な塊が姿を現した。

 魔獣の容貌、青白い毛並み、悪魔――青い悪魔だ。

 サッドの正体はグレーターデーモンだったのか。


「イフリガに毛が生えた程度の攻撃力だね」

「何ともないのか……」


 俺の言葉にサッドは返した。


「クロノ氏の魔法に比べれば、体に松明たいまつをほんの数センチ近付けた程度のものだ」

「バ、バカな……もう一度ルビジウムイルを――」

「ダメだ」


――ビッ!


「う、うぐわッ!?」


 サッドが指から何かを飛ばした。

 その何かがマージルの左肩にめり込んでいる。


「な、何を……」

「これだよ」


 太い指にはスピナ、この世界で使われる硬貨が挟まれていた。


「コ、コイン!?」

「正確にはスピナ――硬貨だよ」


 サッドが飛ばしたのは硬貨だった。


銭投げコイントスか」


 噂でしか聞いたことがないが、東方の戦士が使う特技だ。

 サッドは親指と人差し指で硬貨を挟みながらマージルに狙いをつける。


「その昔――大聖師はあるダンジョンを作った、その名は『宝玉の洞窟』。何の捻りもない、洞窟奥深くに財宝が眠るありきたりなダンジョン。私はそこの財宝を守る番人として誕生した」

「何をブツブツと! 取って置きを見せてやりましょう!」

「だが誰一人として現れない……洞窟に誰も来ないのだ。それもそのはず、洞窟は誰も寄り付かない孤島に設置されたのだ。云わば大聖師の配置ミス、思い付きの設定」


――ジバジジジ!


 マージルは左手を上空にかかげると濃い緑色の電撃を出現させた。

 またもや異形の魔法、大聖師に与えられた能力か。


! イオのミニョニルサンダーよりも威力は抜群ですよ!」

「誰も来ない日々、私は宝石や金銀財宝を見つめる時が続いた。何故人間はこんなものを欲しがるのだ、このピカピカにキラキラ光るだけの代物に何を求めるのだと――」

「喰らえ! トキワ……」


――ビシィ!


「うおッ!?」


 サッドはマージルよりもはや銭投げコイントスを繰り出した。


「詠唱なしに発動かつ強力な魔法のハズなのに――」

「つまらない手品は見たくないのでね」


――ビシィ! ビシィ!


「ぐはっ!」


 はやく。


――ビシィ! ビシィ! ビシィ!


「ガ、ガードを……」


 撃っていく。


――ビシィ! ビシィ! ビシィ! ビシィ!


 流星群のように輝く一枚一枚の硬貨、まるで光の帯だ。


「無駄だ。私の銭投げコイントスのキャッチフレーズは『相手が100万スピナの夢を見るまで打ち続ける』。君がたおれるまでね」


――ビシィ! ビシィ! ビシィ! ビシィ! ビシィ!


「た、助け……」

「眠れマージル」


――ビシ"ィ"!


「ぐふっ!」


 サッドが最後に打ち出した硬貨はマージルの眉間を捕らえた。

 気付けばマージルの体には何枚もの硬貨が突き刺さっている。

 そのままマージルは前のめりに倒れ込み虫の息だ。


「わ、私は……こんなところで……」


 倒れたマージルを見るサッドの目は冷たい。

 だが瞳の奥の潤んだ輝きは、このレッサーデーモンを哀れむ表れだ。


「力を与えられ勘違いしたようだが、お前は劣種レッサー……上位種グレーターに勝てるはずもない」

「レ、劣種レッサー…… 生物としての能力に差があったか……」

「ニワトリは空を飛べん。分相応をわきまえるべきだったな」

「分相応か……所詮私はただの……」


 マージルはそのまま事切れた。サッドはどこか哀しげな表情だ。


「愚かな。例え劣種レッサーとしても、幸福の中に生きていることに気付かないのか」

「幸福の中?」

「多くの魔物は名前もなく、与えられた仕事をすることもなく、ただ冒険者に狩られるだけの存在。このマージルは名前を与えられ、大聖師に役割を与えられた、それだけで十分幸福といえる」


 そして、サッドは前を向きマージルの遺体を見つめている。

 その傍らには無数の硬貨が落ちていた。


「人間が金を求めるのは何かの欲望があるからだ。強力な武具、美食、女……安心感や優越感でもいい……金と交換できる何かと……」

「だが、多くの人間は幸福の中にいると気付いていないと?」

「そうだ。魔物は殺されるだけの存在だが、どんな人間でも未来を夢見て生きることが出来る」


 その言葉を聞いて、俺は首を横に振った。


「違う、魔物も未来を夢見て生きることが出来る」

「魔物も?」

「ああ……少なくともお前は倒されるだけの存在だった。でもイオの仲間として存在しているじゃないか」

「それはあの方の能力だ。私は洞窟の中で倒されて……」

「でも生きている。どんな形でもここに生きて存在している」


 サッドは高笑いする。


「アッハッハッハ! 君からそんな言葉を聞かされるなんてね!」


 ゴルベガスに木霊する100万スピナの笑い声。

 その声に誘われるように異形の軍団が現れた。


「グルアアア! こんなところにいたか!!」

「根絶やしだ! 血を見せろ! 悲鳴を聞かせろ!」


 俺はサッドを見た。


「お前の笑い声のせいか?」

「失礼した」


 俺達は互いに構えると、黄土色の化けガエルが自信満々に現れた。

 でっぷりと肥え大きな体躯だ。手には巨大木槌が握られている。

 ブンブンと自慢の巨大木槌を振り回していた。


「ゲコゲコ! 俺は大聖師様の作品『ドラゴンファンタジア・サガ』の――」


――バーニングビーム!


「ひィギャアアア!?」


 上空から赤い熱線が黄土色の化けガエルに浴びせられた。

 哀れ化けガエルは骨も残さず溶けてしまった。

 俺が熱線の方角を見上げると魔那人形マナゴーレムがいた。


「ザコ狩りはマナレンジャーにお任せを!」

「ガルア様達は急いで屋敷へお向かい下さい」

「屋敷?」

「大変なことになってるわ!」

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