高笑いの方向を見るとサッドがいた。
金の装飾が散りばめられた豪勢な貴族服、ここは戦場だというのに優雅さを崩さないでいた。
「夢や希望……自分がなりたいものを語るのは結構だが、自分が与えられた配役以上のものにはなれない。それが『物語』というものではないのかね、マージル」
「サ、サッド!」
「呼び捨てとは偉くなったものだな」
サッドは構えもせずに間合いを詰める。
堂々した歩みだ、俺の傍を通ると横目で不敵な笑みを浮かべる。
「戦らせろ。部下の不始末は私がつける」
サッドの戦った姿は見たことがないが、これまでの戦士としての経験値が教えてくれる。
この悪魔的な威圧感、彼は間違いなく上位種の魔物だ。
「フッ……あなたにはこき使われた恨みがあります。いいでしょう! あなたから殺してやりましょう!!」
「こき使われたか。大聖師よりホワイトな環境で仕事を与えてきたつもりだが……」
「消えなさい!」
――ルビジウムイル!
「サ、サッド!?」
深紅の炎が二発同時にサッドを包んだ。
「ハハハッ! あっけないものですね、偉そうに現れた割には――」
「このカジノのネオンみたいな炎がどうしたのかね?」
「ま、まさか……!?」
妖美に燃える炎から巨大な塊が姿を現した。
魔獣の容貌、青白い毛並み、悪魔――青い悪魔だ。
サッドの正体はグレーターデーモンだったのか。
「イフリガに毛が生えた程度の攻撃力だね」
「何ともないのか……」
俺の言葉にサッドは返した。
「クロノ氏の魔法に比べれば、体に松明をほんの数センチ近付けた程度のものだ」
「バ、バカな……もう一度ルビジウムイルを――」
「ダメだ」
――ビッ!
「う、うぐわッ!?」
サッドが指から何かを飛ばした。
その何かがマージルの左肩にめり込んでいる。
「な、何を……」
「これだよ」
太い指にはスピナ、この世界で使われる硬貨が挟まれていた。
「コ、コイン!?」
「正確にはスピナ――硬貨だよ」
サッドが飛ばしたのは硬貨だった。
「銭投げか」
噂でしか聞いたことがないが、東方の戦士が使う特技だ。
サッドは親指と人差し指で硬貨を挟みながらマージルに狙いをつける。
「その昔――大聖師はあるダンジョンを作った、その名は『宝玉の洞窟』。何の捻りもない、洞窟奥深くに財宝が眠るありきたりなダンジョン。私はそこの財宝を守る番人として誕生した」
「何をブツブツと! 取って置きを見せてやりましょう!」
「だが誰一人として現れない……洞窟に誰も来ないのだ。それもそのはず、洞窟は誰も寄り付かない孤島に設置されたのだ。云わば大聖師の配置ミス、思い付きの設定」
――ジバジジジ!
マージルは左手を上空にかかげると濃い緑色の電撃を出現させた。
またもや異形の魔法、大聖師に与えられた能力か。
「トキワスパーク! イオのミニョニルサンダーよりも威力は抜群ですよ!」
「誰も来ない日々、私は宝石や金銀財宝を見つめる時が続いた。何故人間はこんなものを欲しがるのだ、このピカピカにキラキラ光るだけの代物に何を求めるのだと――」
「喰らえ! トキワ……」
――ビシィ!
「うおッ!?」
サッドはマージルよりも迅く銭投げを繰り出した。
「詠唱なしに発動かつ強力な魔法のハズなのに――」
「つまらない手品は見たくないのでね」
――ビシィ! ビシィ!
「ぐはっ!」
迅く。
――ビシィ! ビシィ! ビシィ!
「ガ、ガードを……」
撃っていく。
――ビシィ! ビシィ! ビシィ! ビシィ!
流星群のように輝く一枚一枚の硬貨、まるで光の帯だ。
「無駄だ。私の銭投げのキャッチフレーズは『相手が100万スピナの夢を見るまで打ち続ける』。君が斃れるまでね」
――ビシィ! ビシィ! ビシィ! ビシィ! ビシィ!
「た、助け……」
「眠れマージル」
――ビシ"ィ"!
「ぐふっ!」
サッドが最後に打ち出した硬貨はマージルの眉間を捕らえた。
気付けばマージルの体には何枚もの硬貨が突き刺さっている。
そのままマージルは前のめりに倒れ込み虫の息だ。
「わ、私は……こんなところで……」
倒れたマージルを見るサッドの目は冷たい。
だが瞳の奥の潤んだ輝きは、このレッサーデーモンを哀れむ表れだ。
「力を与えられ勘違いしたようだが、お前は劣種……上位種に勝てるはずもない」
「レ、劣種…… 生物としての能力に差があったか……」
「ニワトリは空を飛べん。分相応をわきまえるべきだったな」
「分相応か……所詮私はただの……」
マージルはそのまま事切れた。サッドはどこか哀しげな表情だ。
「愚かな。例え劣種としても、幸福の中に生きていることに気付かないのか」
「幸福の中?」
「多くの魔物は名前もなく、与えられた仕事をすることもなく、ただ冒険者に狩られるだけの存在。このマージルは名前を与えられ、大聖師に役割を与えられた、それだけで十分幸福といえる」
そして、サッドは前を向きマージルの遺体を見つめている。
その傍らには無数の硬貨が落ちていた。
「人間が金を求めるのは何かの欲望があるからだ。強力な武具、美食、女……安心感や優越感でもいい……金と交換できる何かと……」
「だが、多くの人間は幸福の中にいると気付いていないと?」
「そうだ。魔物は殺されるだけの存在だが、どんな人間でも未来を夢見て生きることが出来る」
その言葉を聞いて、俺は首を横に振った。
「違う、魔物も未来を夢見て生きることが出来る」
「魔物も?」
「ああ……少なくともお前は倒されるだけの存在だった。でもイオの仲間として存在しているじゃないか」
「それはあの方の能力だ。私は洞窟の中で倒されて……」
「でも生きている。どんな形でもここに生きて存在している」
サッドは高笑いする。
「アッハッハッハ! 君からそんな言葉を聞かされるなんてね!」
ゴルベガスに木霊する100万スピナの笑い声。
その声に誘われるように異形の軍団が現れた。
「グルアアア! こんなところにいたか!!」
「根絶やしだ! 血を見せろ! 悲鳴を聞かせろ!」
俺はサッドを見た。
「お前の笑い声のせいか?」
「失礼した」
俺達は互いに構えると、黄土色の化けガエルが自信満々に現れた。
でっぷりと肥え大きな体躯だ。手には巨大木槌が握られている。
ブンブンと自慢の巨大木槌を振り回していた。
「ゲコゲコ! 俺は大聖師様の作品『ドラゴンファンタジア・サガ』の――」
――バーニングビーム!
「ひィギャアアア!?」
上空から赤い熱線が黄土色の化けガエルに浴びせられた。
哀れ化けガエルは骨も残さず溶けてしまった。
俺が熱線の方角を見上げると魔那人形がいた。
「ザコ狩りはマナレンジャーにお任せを!」
「ガルア様達は急いで屋敷へお向かい下さい」
「屋敷?」
「大変なことになってるわ!」
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