「ギャアアア!!」
「何で獣人族の魔物がここに……」
阿鼻叫喚とする屋敷内、人間に化けた獣人達は集まった冒険者達を切り裂いていった。
地獄のような光景の中、俺は鋼の剣を抜いた。
「シェーンと言ったな。俺と背中合わせになりな」
ジェイドは俺にそう述べた。
――そういうことか。
お互いに背中合わせになれば、背後を取られるリスクは少ない。
俺はジェイドの指示通りにした。
「けっ!! 虎と犬ッコロが何匹集まろうと全員ひき肉にしてやるぜ!!」
一方先程、俺に絡んで来たアンドリューは斧を振り回しながらウェアタイガーにかかっていく。
「ぬぉリヤアアアッ!!」
「馬鹿力だけの低能の人間はいりませんね」
――ザクッ!!
「ふひょ……!!」
アンドリューはウェアタイガーに喉元を裂かれた。
鮮血がほとばしり壁や天井を赤く染め上げる。
迅い……瞬足の斬撃だ。
アンドリューは断末魔も上げず、巨体が床に倒れ込んだ。
「あの虎男は強いな」
ジェイドは執事に化けていたウェアタイガーを見てそう語った。
一流の冒険者となれば相手の技量が見ただけで分かるということか。
「しかも、風魔法『イダテ』を使っての爪攻撃だな」
「フム……素早さを増強させての攻撃か」
ウェアタイガーは同じく風魔法『イダテ』を詠唱し素早さを増強、それに加えて鋭い爪での疾風の如き切り裂き攻撃を行ったのだ。
その戦法はコボルトのフサームとそっくりだ。
おそらくは一部の獣人族に伝わる伝統技法、流儀みたいなものであろうか。
これまでの冒険でそのような魔物と出くわしたことはないが、旅の後半ではこのような魔物がゴロゴロ現れていたということか。
「ふっ……」
「今、笑ったか?」
「いやスマン」
俺はつい笑みをこぼしてしまった。
スキルも何もない戦士の俺だ。
肉弾戦だけでは先程のアンドリューのような目に合っていたということか。
悔しいが本当にイグナスの言う通りだ。
「――肉弾戦だけしか能がないが」
俺は背中合わせになるジェイドに言った。
自虐気味に語った言葉に対しジェイドは笑って答えた。
「ほう……君は肉弾戦しか能がないか」
「さっから何をゴチャゴチャ語ってやがる!」
一体のウェアウルフが俺達に襲って来た。
俺はタイミングを合わせて横一文字に切り裂いた。
襲って来たウェアウルフは血を吐き斃れる。
「ならば、その能力を買って頼みがある」
「何だ」
「盾になってくれ」
「理由は?」
「私の能力は時間がかかるのだよ」
そう述べるとジェイドは脚を広げ腰を落とし、柄に手をかけている。
よく見ると剣が淡い緑色のオーラに包まれている。
「そういうことか――」
ジェイドがやろうとしていることは大凡理解が出来た。
俺は乱戦する中、魔物のリーダー格であるウェアタイガーに目掛けて突撃をかける。
「グルアアア!!」
途中ウェアウルフに襲われ、爪で攻撃されるも耐える。
鈍い痛みが伝わるも、これしきのダメージなら大丈夫だ。
「破亜ッ!!」
反撃の一撃を叩き込み一匹……。
「不――ッ!!」
無声の気合を込め、また一匹と切り伏せていく。
少しづつ、少しづつではあるが、ウェアタイガーへと近付いていった。
「まだ頭の悪い人間がおられるようですね。ガルア・ブラッシュさん」
なんと――ウェアタイガーは俺の名前を知っていた。
どういうことだ。
極秘の任務は既に筒抜けということなのか。
「フフフ……屋敷内に潜入してベルタ様の始末したいのでしょうが、それは無理な話。ここでお前はゲームオーバーとなるのだ」
「何故お前如き三下のモンスターが知っている……それにスパイがいるのか?」
「これから死に行くものに教える必要はあるかね?」
ウェアタイガーは身を屈め飛び込みの一撃をするつもりだ。
「さァ……イダテを唱えました。バッドルートに進んだガルアさんの喉元を切り裂いてあげましょうかね。なァーに痛みもなく死ぬのでご安心を」
舌なめずりするウェアタイガー。
俺は剣を正眼に構え相手の出方を伺うも……。
「死にたくないヤツは頭を伏せろ!!」
ジェイドの大きな声が屋敷に響いた。
ウェアウルフとの戦闘を生き残る冒険者……強者はそのことに気付き身を急いで臥せた。
――風神乱刀ッ!!
ジェイドは鞘から剣を抜いた。
風属性の魔法剣『風神乱刀』――真空波を出す広範囲の攻撃だ。
くるりと旋回しながら剣を抜くが下手をすると仲間まで切り裂きかねない。
「な、なっ?! 何だコレは――」
それがウェアタイガーの最後の言葉だった。
周囲にいるウェアウルフ達と共に真空波により首を飛ばされたのだ。
「見事だな」
「君が時間稼ぎをしてくれたお陰さ。この技は時間がかかるんだ」
俺とジェイドは静かに笑いながらお互いの健闘を讃えた。
これが本来のチームプレイか……肉弾戦しか能がないがパーティの盾にはなれる。
そうだ……これが俺の役目なんだ。
少し自尊心を取り戻した俺は戦闘が終わり安堵していた。
「し、しかし何で魔物が……」
「クリスタルディのヤツは何を考えてやがるんだ!」
生き残った腕利きの冒険者達は憤っていた。
それもそのハズだ。このような目に合うとは思わなかっただろう。
アンドリューを始めとして殆どの者達が息絶えて、部屋は真っ赤に染め上がっている。
――パチパチ……
その時だ。乾いた拍手が聞こえて来た。
「おめでとうございます。あなた達は選別試験に合格されました」
女……女がいた。
金髪のフワリとした髪型に黒いドレス。
艶やで細い体は見るものを魅了するほど妖艶な雰囲気を醸し出していた。
「私はベルタ・メイプシモン。クリスタルディ様の秘書を務めております。この度は魔王討伐隊への御入隊おめでとうございます」
ベルタ・メイプシモン。
そうか……あの女がサキュバスか、俺がそう思っていると一人の冒険者が詰め寄った。
頭にターバンを巻いた異国風の男だ。
「おめでとうございます、じゃねぇだろ。何で魔物が屋敷にいやがるんだ、危く死にかけたんだぞ!」
それもそうだ、俺も彼らもこのような事態になるとは思わなかったからだ。
「まァ……そう言わずに強い殿方は私も待ち望んでおりましたのよ」
「え……あ……」
男の顔を見ながらベルタを名乗った女は桃色の吐息を吹きつけながら語る。
吹きつけられた男の頬は赤く染まり、目の焦点が合わなくなった。
その光景を見たジェイドは俺に小声で言った。
「気をつけろ……」
「どういう意味だ」
「もう気付いているだろ」
「――まあな」
そう……赤く染め上がった血の部屋は対照的に今度は甘い匂いに満ちていた。
時間が経つごとに、俺とジェイド以外の冒険者達は目が虚ろとなる。
「あんたは大丈夫なんだな」
「私は状態異常から守る『精霊石の指輪』を装備しているからね。君は?」
「レッドレイメイルを装着しているからな」
「物好きだな。呪われた防具を装備するなど」
「俺も好きでやっているわけではない」
あの女――ベルタは既に発動させていたのだ。
誘惑魔法を……。
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