『君がもし満足できるゲームを作ることが出来たならば、望むものを与えよう』
「望むものだと?」
『例えば死んだラナンを蘇らせるとかね』
ラナン……。
彼女を蘇らせるとエピックビルダーは俺に言った。
その言葉が心を揺さぶられる、ラナン――そう彼女が蘇るなら。
『ソルが残しているデータから復元――』
だが――俺の答えは一つだ。
「――断る」
『断る……私の聞き間違いかな?』
「断る! 何度も言わせるな!」
俺の言葉にサファウダが反応した。
「あなた、本気で言っているの?』
「俺達には確かな意志、命、魂がある。お前の玩具ではない」
『何だいそれは』
エピックビルダーの問いに俺は答えた。
「ラナンの言葉だ。お前を楽しませるために俺達は存在しているのではない」
『ハハッ! 聞いたかいサファウダ。このバグキャラは本当に楽しいヤツだ!』
――フッ……
そうするとエピックビルダーは姿を変えた。
それは死んだはずのラナンの姿だった。
「……ッ!?」
『なんだ動揺してるじゃないが、やっぱり君はソルが作ったこのキャラを忘れられないようだね』
「やめろ!」
『反応がつくづく面白い。自我を持ったバグは様々な表情を――』
――ミョルニルサンダー!!
その時、雷撃の塊がラナンの姿を借りたエピックビルダーにぶつけられた。
『何ッ!? この魔法は――』
そう見覚えがある。この魔法を扱えるのは彼女しかいない。
「イオか!」
そこには勇者、いや魔王イオ・センツベリーがいた。
その姿を見たエピックビルダーやサファウダは驚いた様子だ。
『この開発室は一部のキャラしか侵入できない場所だぞ』
「あ、あなた、どうやってここに!」
「簡単さ。バグチェッカーに開発室を案内してもらった」
イオの傍にボロボロになったローブ姿の男がいた。
ソルの攻撃で死んだと思っていたジル・ディオールだ。
「ジ、ジル……!?」
「あの方より、この遊戯の管理権限を引き継がせてもらった……」
あの方?
そうか、あいつが――。
全てを察した俺にイオは微笑みを浮かべる。
「残念ながら、彼は全ての力を使い果たしてここに来れなかったけどね」
「何で……みんな……」
動揺するサファウダ。
彼女を見るイオは哀しげな表情だ。
「サファウダ……ボクに色々なことを教えてくれたのは彼を――ソルを消すためだったんだね」
対するサファウダは半ば笑いながら答える。
その顔は悪鬼に憑りつかれたような狂気をはらんでいた。
「そうよ、あいつを消して次の創造主を生むためにね!」
サファウダは鋭くイオを指差した。
「特にあんたは、エピックビルダー様に見込まれていたのに残念だわ!」
「見込まれていただって?」
どういう意味だろうか。
エピックビルダーは元の姿に戻り、体についたほこりを払いながら説明してきた。
『君はソルが消し忘れたデータに触れた唯一の主人公だからさ。一本道のルートを無視し、アレイクにたどり着いた行動は称賛に値する』
エピックビルダーは剣を持った戦士に変身した。
その姿はよく見ると、どこか俺に似ていた。
彼は誰なのだろう? この世界のどこかにいる住人なのだろうか。
「ダミアン!?」
あの男がダミアンか。
サキュバスであるベルタの助命を願い、やがて彼女と恋仲になった男――。
イオの仲間だった戦士であり、ジェイドの息子だ。
『思えば最初にバグを起こしたのはダミアンだった。彼が最初にソルが用意したシナリオを破綻させたからね、その影響が少なからず君に影響を与えたのは間違いない。彼がスイッチとなり君にバグを引き起こした功労者だ』
エピックビルダーは元の姿に戻る。
イオに視線を向けながら尋ねる。
『解説はここまでだ。そこのガルア君は私の申し出を断った、イオ君はどうかね「はい」か「いいえ」の簡単な選択肢だが?』
問われたイオは拳を突き上げた。
その手は怒りで震えているようだった。
「答えは「いいえ」に決まっている!」
『なるほどね、流石はソルが作った駄作どもだ。やはり私にはサファウダしかいない』
ジルはサファウダを見て怪訝な顔だ。
「どういうことだ?」
「誰もダメならば、私が創造主になるのよ」
『彼女は〝嫉妬〟が原因でバグに目覚めた。ヒロインになりたくてもなれなかったからね』
「私なら誰もが幸せになる物語を作ることが出来る!」
サファウダは天を仰いでいる。
どうも様子がおかしい――彼女は何か精神が壊れているような。
『ハハッ! やはり自キャラが一番! 彼女なら美しい物語を作り、私を楽しませてくれるだろう!』
エピックビルダーはソルと同じような光子弾を練り出した。
――ヘイルボール!
だが動きを読んだのかイオが先制して、水属性の魔法攻撃である氷弾をぶつける。
だが、エピックビルダーには効いている様子は全くない。
「攻撃が効かない!?」
『当たり前だ! 真の創造主である私は実態があるようで実態はない! チェックメイトだ!』
どういう意味だ――実態があるようで実態はない?
だが考えている余裕はない。エピックビルダーの光子弾がどんどん大きくなる。
『Delete!』
閃光が――白い光が俺達に迫って来る。
「ガルア! これを使え!」
ジルは俺に禍々しい鉄槌を渡した。
それは当たれば会心の一撃であるが命中率は1/3の呪われた武器だ。
迷宮の森で手に入れ、俺がイグナスに渡された曰く付きの武具――。
「カタストハンマー……アレイクではないのか」
「あの武器ではエピックビルダーに対抗できない」
「対抗できない? あいつがそう言っていたのか」
「俺にも理由はわからん……だが、あの方の言うことならば確かなのだろう……この世界のことをエピックビルダーから知らされているようだからな」
今頃、この武器を取り出してどうするというのだ。
俺が疑問に思っていると、イオは力強く伝える。
「今は信じよう――ボクも半信半疑だがやるしかないんだ」
ジルは続けた。
「ここは中枢部――目の前にいるエピックビルダーは偽りの存在だと聞かされている」
「どういうことだ?」
「この空間全体がエピックビルダーなのだ」
「この空間が……」
「ガルア、今はそのハンマーを振るえ。想定外のデータが流入すれば機能が停止するはずだ」
「データ……? それは何だ」
「時間がない早く! チャンスは一回だけしかない! 振るのだ! 世界を救えるのはお前しかいない!」
「世界を救う……俺が……」
「そうだ……勇者ではない戦士のお前が……選択と偶然が重なり合い誕生し……自らの意志で考え行動したお前こそが英雄なのだ」
俺は黙ってカタストハンマーを見る。
チャンスは一回だけ――。
「破ッ!」
そのまま強くカタストハンマーを叩きつけた。
――ガルアの会心の一撃!
『なっ……』
――WARNING!
『なんだ!?』
――WARNING!
『コンピューターウィルスが侵入したのか!?』
――WARNING!
空間に警告音が鳴り響く。
エピックビルダーの動きは止まり、練り出した光子弾は止まった。
『システムにエラーが……』
すると白い空間が黒い空間へと変わっていく。
ところどころ青い線が飛び交い、夜空に流れる流星群のようだった。
『これはどういうことなのだ! HDが焼け付く!?』
エピックビルダーはジルを見た。
『何をした!』
「破損したデータをメインCPUが感受したか……やはりあの方の言う通りだ」
『破損したデータだと!?』
「あのカタストハンマーはバグアイテム、本来であれば存在していないもの……それをこの中枢部であるコア・プログラム内で使用すればどうなると思いますか?」
『そんなバカな……まさかあのアイテムは……ウソだ……そんなはずがない! カタストハンマーは私が作り出したアイテムだぞ!』
「元々迷宮の森に配置されていなかったのですよ。同じカタストハンマーでも別のカタストハンマー……何かしらの原因で誕生したバグアイテム……」
『何故処分しなかった!』
「消去対象はキャラのみ。アイテムの削除は私の仕事ではありませんので」
ジルは亜空間を出現させた。
「ここから脱出しろ。仮想空間上のお前達だけは生き残れるはずだ」
「それにしても、一体どういう風の吹き回しだ。俺達に協力するなんて」
俺の質問にジルは笑って答えた。
「あの方の意志であり、俺の意志でもある」
「意志?」
「罪滅ぼしだ。命を弄んだ製作者側としてのな……」
ジルは天を仰ぎ続けるサファウダを見ていた。
「それに彼女を置いていくのは気の毒だ」
そして、ジルは言った。
「仮初の仲間とはいえ楽しかったぞ」
「待て! お前も……」
イオは俺の手を掴んだ。
「ガルア、早くここから脱出しよう!」
「あ、ああ……」
俺はイオと共にジルが作った亜空間に飛び込んだ。
『サ、サファウダ! ヤツらを追いかけろ!』
「私はヒロインになる。そして主人公と――」
『う、動かん! フリーズだとゥ!?』
「あなたが彼女を都合よく改変し過ぎて壊れたんですよ」
『わ、私は楽しい物語を__ツクリ__ツヅケル__』
それには__
選択は常に正しいものを選ばなければならない__
主人公は主人公らしい行動を__
決して、ルートから外れてはならない__
そうでなければ_
私を_
感動させることは出来ない_
私は_
常に_
正しく_
美しい_
物語を_
ノゾ_
ンデ_
イル_
***
「終わったね」
「ああ……」
「何もないフィールドだけが拡がる」
「そうだな」
俺達は元の世界へと帰った。だがそこには何もない。
大地が拡がり、草や木、山々が続いているのみだ。
「だが俺達には仲間がいる」
「そうだね。これからボク達の手で色んなものを作ればいい」
俺の周りにはイオだけでない。
フサームやハンバル、クロノやサッド達がいる。
それに彼らだけではないトウリやミラ、ゴルベガスの住民や魔物達もいる。
全員どうやら無事だったようだ。
「これからの物語は俺達の手で作る」
そして、俺は彼女の手を掴んだ。
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