ベルタ・メイプシモン。
種族はサキュバス――誘惑魔法が得意な魔物だ。
見た目は20代前半の女性。
色がある雰囲気だ。細い艶やかな体は飴細工のように甘く官能的。
俺は絵に描かれた女に見とれていた。
「――ちょっと」
ラナンが俺の脇をつつく。
ハッとした思いで俺は絵をテーブルに置いた。
「人間の姿を借りようが、魔物の姿であろうが美貌の持ち主。――容姿に惑わされ操作されないことだ」
サッドはその様子を見て口角を上げる。
「今ので実感しただろう」
気まずくなる。ベルタはサキュバスだ。
容姿だけでも見とれるほどの女性。誘惑魔法でもされようものならイチコロで操作されるだろう。
「このベルタって女は何をしているの?」
ラナンの言葉にサッドは端的に答えた。
「この街で闇カジノを経営している」
――闇カジノ。
ここゴルベガスは娯楽の街だ、当然ながらカジノはある。
このベルタというサキュバスは、非合法の賭博場を経営しているのか。
一体何故……。
「失礼します」
マージルが入って来た。
トレーを持ち、そこにはティーカップとグラスが置かれている。
「ガルア様には紅茶を、ラナン様にはマンダレーツオレンジのジュースをお持ちしました」
「何で私がジュースなのよ」
「その方がよろしいかと思いまして」
「子供じゃあるまいし」
ラナンはジュースを用意されたことが不満らしい。
マージルに『エルフ級にプライドが高い』とからかわれてからだ。
ずっとむくれっ面で口数が少ない。
「失礼致します」
マージルは丁寧にお辞儀し部屋から出て行く。
するとラナンはストローでジュースを飲みながら尋ねた。
「アイツも魔物なの?」
「彼だけでなく、ここの従業員は皆そうさ。人間の姿を借りて暮らしている」
マージルだけでなく、ここの従業員が皆魔物……。
人知れず魔物が街の生活に溶け込んでいるのか。
サッドはさらりと述べたが、人間の俺としたら恐ろしい事実だ。
「従業員には、もう少しレディの扱い方を教えて欲しいものね」
「参考にさせてもらうよ」
ラナンは皮肉たっぷりと述べるとジュースの飲み干した。
それに合わせて、今度は俺がサッドに尋ねた。
ベルタがどういう目的で闇カジノを経営しているか気になったからだ。
「何故、魔物がカジノ経営など」
続けざまに更に質問を投げかける。
サッドが宿屋を経営している理由も知りたい。
「それにあんたもだ。宿屋を経営して何がしたいんだ」
サッドは眉をしかめている。
俺の言葉に『魔物が人間の生活に溶け込む必要があるのか』という意味が含まれているからだろう。
その質問に暫く考えていた、言葉を選んでいるのだろう。
「一つ目の質問に答えよう。ベルタは私のように変わった趣味を持っていてね」
「趣味?」
「金に執着する人間どもの姿を見るのが好きなのだ」
――金。
物や用役を交換価値がある総体だ。
人や物の価値を表す指数であり、取引に使われる交換手段だ。
だが、時に金は人の信用や信頼を崩し、親や兄弟、友人との間に亀裂を生む。
なるほどサッド達のような悪魔、妖魔が金に興味を抱くのは自然だ。
「二つの目の質問だが、私は仕事でこのサディドリームを経営している」
「どういうことだ」
「このゴルベガスは魔王城に近い、魔王に挑戦する無謀で愚かな冒険者達の情報を集められるからだよ」
なるほど、よく考えたものである。
勇者――いや自称勇者を名乗る者、英雄になりたく果敢に挑戦する冒険者達はごまんといる。
必然的にこのゴルベガスのどこかで宿を取るので、そういった者達の情報をいち早くキャッチするために建てたということか。
二つの質問に答えてもらうと、もう一つ気になることがある。
「魔王……あの女はどこかで認められた勇者なのか? それとも自称勇者なのか?」
「質問が多いね」
「何も知らずに戦わされるのが癪なんでね」
俺は反射的に質問してしまった。
彼女も勇者として魔王城へ乗り込んだのなら、必然的にゴルベガスに訪れたはずだからだ。
サッドが何らかの情報を知っている可能性が高い。
「自称勇者ならば、ミョルニルサンダーは使えまい」
「あれは勇者しか扱えない呪文だからな」
「かといって、どこかの国で認められた勇者でもない」
禅問答だ。
ではあの女勇者は――魔王は何者なのだ。
――コンコン……
ドアをノックする音がした。
誰か来たようだ。
「モヤネロ様がお見えです。例のモノをお持ちしたと」
ドア越しからマージルの声がした。
モヤネロ?
どうやら人の名前のようだが……。
「まどろっこしい話は後だ。これからクエストスタートだ」
***
一方その頃、黒いドレスを着た女が男と何やら会話している。
女は血のような赤いシングルソファーに足を組んで座っている。
片や男は魔法使い風だった。赤いローブを着て、手には木の杖を持っている。
部屋の床には凶暴なスノータイガーの毛皮が敷かれ、周りには黄金の甲冑が置かれている。
ハッキリというと趣味が悪い部屋だ。
「しかし、随分と趣味がいいんだな」
「あら、褒めて下さっているのかしら」
女はキセルを持ち、部屋は紫煙に包まれている。
言葉の一つ一つが桃色吐息――甘い匂いが煙と共に漂う。
金色の髪をかき分ける姿も艶やかでエロティック。
部屋中が桃色に染まっているようだった。
そう、女は誘惑魔法を発動させていたのだ。
「それより魔法を解け」
「ハイハイ」
女がパチリと指を鳴らすと煙は一瞬で解けた。
「あなたがカッコイイから、つい発動させちゃった♡」
「ベルタ、いい加減にしろ」
そう女の名前はベルタ・メイプシモン。
ガルアがこれから暗殺すべき対象だ。
「私は使者として来ている。お前の冗談に付き合うヒマはない、大聖師様のお言葉をお忘れか」
「『ゲームを正常に戻さねばならない』でしょう?」
ゲームを正常に。
何のことやらわからないが、彼女達は何やら目的があるようだ。
「そうだ。あの女のせいで物語が狂ったからな」
「フゥ――大聖師様は何がしたいかわからないけど」
ベルタはそう述べると煙を男に吹きかけた。
「ジル……大聖師様は次の魔王と勇者をご用意しているのかしら?」
「勇者は製作中だ」
男はジル・ディオール。
勇者イグナスのパーティにいた魔法使いだ。
「じゃあ、次の魔王は私?」
その言葉にジルは鼻で笑いながら答えた。
「フン……大聖師様曰く『ベルタは中ボス』とのことだ」
「残念」
紫煙に包まれる部屋。
人間と魔物が何やら共通の目的で動いているようだった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!