森の中に魔物達の死骸が積まれている。
スライム、ゴブリン、オーク、コボルト……。
冒険の序盤に出てくる凶暴な魔物達、初心者が必ず戦う敵である。
「最初はこの一帯の妖にも手こずったが……今は弱いな」
数々の戦闘を経たと思わしき男が一人。
手に持つは二振りの剣。
黒い髪は天を衝く猛々しさ。
血のような赤いマントは勁烈さを演出させていた。
彼の名はトウリ・エンメイ。
この度、大聖師により主人公に選ばれた勇者である。
「ミラ、回復を頼む」
「ええ……」
僧侶ミラ。
勇者パーティのサポート役兼ヒロイン的ポジション。
無表情のまま、トウリの身体に手をかざした。
――リカバル!
優しい淡い黄色のオーラが包む。
男の傷はみるみる回復していった。
その光景を見るのは、パーティの魔法使いジル。
「勇者トウリ、この辺りの魔物は一人で倒せるほどレベルが上がった。次のステージへ上がる時が来ました」
「フム……次のダンジョンは?」
「グリンパーマウンテン。その山に悪しき戦士がいるとのことです」
「悪しき戦士……」
次に向かうべきはグリンパーマウンテン。
その山を越えなければ、次の街にはいけない。
その前に山にいるボスを倒さねば物語は進行しない。
「ガルア・ブラッシュよ。あなたの前の勇者……イグナスを殺した男」
ミラが持つ杖は固く握られる。
その顔は無表情であるも、眼には復讐の炎が燃えていた。
愛しき人、ヒーローを仲間に殺された。
――許さない。
脇役が主人公を喰ったのだ。
前の主人公はイグナス、ただの戦士が……仲間が主人公を殺す展開など認めない。
「イグナスか……ゲームオーバーになった勇者だったな。冒険途中で死んでしまうとは情けない」
前主人公の死にトウリは呆れた様子だった。
全ては魔王ドラゼウフを倒すために出た冒険。
役目を果たせず、志半ば死ぬものを勇者と呼ぶことに嫌悪感があったのだ。
「真の勇者は拙者のみ。このまま順調に戦闘経験を積めば魔王も容易く倒すことが出来よう」
トウリはそう述べると剣を鞘に納める。
一方のミラは、その言葉に不快感を表した。
好きだったイグナスをバカにされたのだ。
「私はあなたみたい人を――」
ミラは『まだ勇者とは認めない』と述べようとした。
大聖師の課した勇者試験を突破したとはいえ、彼は異質過ぎた。
二刀流の戦法。
拙者などという変わった一人称。
勇者に認められたとしても受け入れられない存在だった。
見た目、話し方の問題もあるが――ミラは愛するイグナスを忘れられないでいたのだ。
「ミラッ!!」
ジルは声を荒げる。
この物語の主人公はトウリである。
ヒロイン的存在の彼女が主人公を否定してはいけない。
ここで仲間割れしては目的を達成出来ない。
「ごめんなさい……」
言われたミラは視線を落とす。
それは無意識的に己の役割を理解しているためか。
「トウリ、私……」
気まずい雰囲気のパーティ。
トウリはそんなミラを見て優しく声を掛ける。
「ミラは前の勇者が忘れられぬのか」
その問いかけにミラは無言である。
「ならば忘れさせてやる。絶対にな」
トウリはミラを見つめそう述べる。
始まったばかりの和風ファンタジー『トウリ伝説』。
勇者だけでなく、主人公に相応しい心技体を備えた人物になることを決心していた。
全てはこの物語にエンディングを迎えさせるために。
***
グリンパーマウンテン。
イリアサン王国にある山脈の一つ。
魔王城へ向かう場合は必ず越えなければならない場所の一つだ。
今回のパーティはラナン、フサーム、ハンバル。
そして……俺と2代目魔王イオを合わせて計5名のパーティ。
目指すは賢者クロノがいる洞窟だ。
「お、おい……」
フサームが剣を構えたまま動揺した姿となる。
目の前にいるのは、この辺りにはいなかったハズの魔物。
オーガであろうか……でもその姿は変わっていた。
頭からは角が生え、虎の腰巻をしている。
――ゴオオオオオッッッ!!
けたたましい唸り声と共にソイツは襲ってくる。
俺は腰に差したアレイクを手にかける。
今回の装備はスカルヘルム、ブラッドアーマー、以前に装備していたものだ。
暗黒の盾はゲレドッツォとの戦いで破損、そこで与えられたのは『ギガスシールド』。
魔族の剣士のために、巨人族が作り出した盾で何枚もの合金を重ね合わせて作り出したので防御力が高い。
だが、デメリットとして攻撃は必ず後攻となる。
素早さが落ちるブラッドアーマーの効果と相まって常に受けの姿勢だ。
――ゴンッ!
森に響く金属音。
異形のオーガからの一撃を受けるも盾でカバーしたのだ。
「破ッ!!」
衝撃が体に伝わるも、反撃の一撃を叩き込む。
――ガァアアア?!
魔物を横一文字に切り裂く、血は森に生える木にかかり赤く染まる。
少しづつ扱いに慣れて来たのか、疲労感は感じるも体がこれまでのように倒れることはない。
「うんうん。イイ感じにアレイクを扱えるようになってきたね」
イオは俺の姿を見て頷いている。
彼女は最初出会ったときのように鎧を着ず、黒いフィッシュテールのドレスを着ていた。
腰には自衛用の簡素な剣を差しているが、とても冒険に出るような恰好ではない。
何故このような格好をしているのだろう……。
「いい気なもんだな。魔王様は戦わずに見るだけか」
「ボクはゲストキャラだよ。戦闘は君達、護衛の役目だ」
魔王直々に動く今回のクエスト。
イオの護衛として、俺達4名が選ばれた。
最初のゲレドッツォ討伐戦から始まった、何の変哲もないパーティだ。
「ふん……」
ラナンは何故か俺とイオを半目の状態で見ていた。
どこか怒ったような顔だ……ヘンなヤツだ。
「魔王様、このグリンパーマウンテンにこのような魔物がいたでしょうか」
一方、ハンバルは魔物の遺体を見ていた。
アイツ自身も初めて見る魔物なのか動揺しているようだ。
それはフサームも同じだ。
「ここいらはホブゴブリン、デビルオークが出るハズ……こんな種類の魔物は初めてですぜ」
「一応、ボクは魔王なんだけど……いや人間だから襲ってくるのかな?」
イオはチラリとフサームを見た。
見られたフサームはしっぽを震わせる。
やはり魔物の本能か、強者の威圧感に押されている。
「い、いえ、人間であろうと魔王様を襲うなど言語道断です!」
何にせよ、おかしなことが起きているのは確かだ。
ここグリンパーマウンテンは、冒険の中級者が訪れる場所。
先程戦った魔物は、これまでの経験的にオーガ級の強さを誇る。
明らかに出現する魔物のレベルが上がっていた。
――ザッ……
木の茂みから物音がした。
当然ながら俺達は身構える。
「……」
だが、出て来たのは人間それも狩人。
男の顔に見覚えがあった。
「エドワード!!」
狩人の名前はエドワード。
俺の生まれた村にいた狩人。
よく村に迷い込んだ魔獣を一緒に仕留めたものだ。
――ギュッ……
しかし、エドワードは弓を構える。
一本の矢をつがえ力いっぱいに弓を引いていた。
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