「イグナス――彼は勇者に相応しい人格、技量、器だったかね」
突然にサッドはイグナスの名前を出した。
急に勇者に相応しい人物であるか、俺に質問したのだ。
イグナスは剣も魔法も一流の実力者だった。勇者に相応しい強さは確かにあった。
「勇者と呼べるに価する強さはあった」
俺は正直にそう答えた。
しかし、その言葉を聞いたサッドは体を震わせた。
それは笑い始める前の前兆だった。
「ハッハッハッ!あの程度の者を勇者か、私からはただの魔法剣士に見えるがね」
高らかに笑い声を上げた。
イグナスが、ただの魔法剣士に見えるだと……。
イグナスは王国、つまりこの大陸にあるイリアサン王国から出された『勇者試験』を受けた。
勇者試験とは、魔王ドラゼウフを打ち滅ぼさんと国中の優秀な若者を集め、その中から優秀な人物を一人選出するといったものだ。
イグナスは過酷な訓練、試験、課題がある勇者試験を突破したエリート中のエリートだ。
その勇者の称号を与えられた人物を、サッドはただの魔法剣士と切って捨てたのだ。
「ただ強いだけの者が勇者と呼べるに相応しいと思うかね。仲間に呪いの武具を装備させ、追い出すようなものに」
何故そのことをサッドが知っているか分からない。
しかし、よくよく考えると確かにイグナスは勇者に相応しい人格を持っているかと問われると難しい。
それは俺に呪われた装備を渡しただけが原因ではない。
イグナスと冒険するうちに感じたことは、彼は名誉欲に飢え、勇者の試験を突破したことによる傲慢さがあった。
そんな彼であるが勇者に違いない、共に魔王ドラゼウフを倒そうと旅に出た仲間だ。
「ふふっ……私からすればこのガルアの方が勇者と呼ぶに相応しい人格と技量かと」
俺の傍にいるラナンが不意にそう言った。
「私もそう思うね。まあ我々魔族や魔物に言われても、ガルア君は嬉しくないだろうがね」
俺が少し気恥ずかしさを感じながらも、サッドは言葉を続けた。
「君は知らないようだが、この世界には何人、何百人と『勇者』を名乗るものがいるのだよ」
「えっ……」
勇者はイグナスだけではなかったのか。
少なくとも俺はそう思ってパーティに加入していた。
「人間なのに、そんなことも知らなかったの。この世界がイリアサンだけだと思った?」
ラナンはそう述べて笑っている。
確かに彼女の言う通りだ。この世界には多くの国がある。
その中でも、俺はイリアサン王国領にある山奥の村に生まれた。
世界が広いことは知っていたが、情勢までは知らずにイグナス達と冒険を共にしていた。
「ドラゼウフ様は倒されたのだよ、それも女に」
「女……」
「女勇者といったところか。しかも、ソロプレイで倒された」
女勇者、それも一人に魔王ドラゼウフは倒されたのか。
何と言うことだ、俺達のここまでの冒険は何だったのだろうか。
「フム……辛い現実だったかな。魔王は倒された、君達の冒険は既に終わっていたのだ」
サッドはワインを飲み干すと俺にこう言った。
「さて君は勇者以外も人を殺している、戻る場所はないと思うのだが?」
「……」
俺は押し黙った。
スカルヘルムの効果といえば言い訳になるが、不可抗力で俺は何人か殺している。
「そこでどうかね、我が魔王軍で働く気はないかね?」
続いてラナンがそっと俺の傍に寄り語りかけた。
「今は少しでも戦力が欲しいのよ」
「……俺は人間だぞ」
「あなたはもうこちら側よ」
ラナンはそう言って微笑んでいる。
俺が人を殺したからか……。
俺は人間だ、魔族達に協力する気などさらさらない。
「断ると言ったら」
「君の生まれ故郷を滅ぼす」
…………!!
故郷を……俺の村を滅ぼそうというのか。
俺は拳を握りしめ前に出た。
「貴様!」
「アッハッハッハ!!」
笑った。
サッドは高らかに笑い上げた。
その笑いは人間のそれではなく、どこか悪魔的で威圧的な笑いだ。
若干たじろぐ俺を見て、サッドは言った。
「我々は全ての人間を滅ぼうそうとは思わん。利用するものは利用し、お互い対等な関係を作りたいと思っている」
「フザけるな! 脅しのようなやり方で、仲間に引き入れようとするお前らのことなど……」
信用できない。
俺がそう続きを述べようとした時だ。
「小僧……あまり俺を怒らせるな」
サッドの顔色が変わった。
そして声は低い、とてつもなく低い声だ。
また頭からは牛のような角が生え、口からは大きな牙を覗かした。
上級の悪魔系モンスター、その正体の一端が伺えた。
――パチン!
サッドは指を鳴らすと、俺が装備してた呪いの武具を召喚する。
今思うと、一体どうやって取り外したのだろうか。
色々とあり過ぎて、俺の頭は混乱していた。
だが、サッドはお構いなしに俺を脅してくる。
「君に拒否権はない、もし断るようであれば村を滅ぼす。家族、関係者を根絶やしにする」
「くッ!」
「そこにいるラナンと他2名を従え、魔王城へと突入しろ」
――魔王城へと突入。
この女と共にか。
「ドラゼウフの隠し子と名乗るリザードマンがいてな。そいつを殺せ」
ドラゼウフの隠し子と名乗るリザードマンがいるということを聞かされる。
何となくだが、今魔王軍内で何が起きているかだいたいの見当がついた。
おそらくは魔王が死んだことにより権力闘争が起こっているのだろう。
実力者や隠れた強者が、各々部下や手下を従え後継者であることを主張し始めているのだろう。
「名はゲレドッツォ、突然変異かわからないけど強力な魔法を使うリザードマンよ。彼の妄想を信じる魔物達がいて徒党を組み魔王城を乗っ取ったのよ」
ラナンが補足するように俺に説明してくれた。
しかし、俺には関係ない。
そういったことは、魔族や魔物達の間で済ませて欲しいのが本音だ。
「人間である俺には関係ない――といった顔だね」
サッドは俺の心でも読んだかのように言った。
「何度も言うが君には拒否権はない。故郷を滅ぼされたくなければ、そこにある武具を直ちに装備し魔王城へと向かえ」
俺は黙って頷くしかなかった。
またか……俺は恨みがましく呪いの装備品を見ていた。
俺はなし崩し的に新生魔王軍に入ることになってしまった。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!