「待て! エドワード、俺だ!!」
弓を構えるエドワードに必死に声を掛ける。
あいつは村で一緒に育った友である。
「その声はガルアなのか?」
「そう俺だ! よく森の中で一緒に遊んだよな」
「いや待て……何でお前が魔物と一緒にいるんだ」
禍々しい呪いの装備に固めたこの身なり、周りには魔物がいる。
確かにエドワードが警戒するのは無理もない。
「話は長くなるが、これには理由があって……」
その時だ。イオが俺の一歩前に出て来た。
「私は魔獣使いでガルアの婚約者です。今日は二人で村にご挨拶しに来ました」
「なっ……?!」
こいつ、こんな場面で何を言っているんだ。
口調も態度も猫を被っているのか変わった。
お淑やかなお嬢様のようだ。
俺はもちろん、フサームやハンバルも驚いた顔だ。
「ちょ、ちょっと!」
ラナンが慌てた様子で駆け寄って来る。
イオは駆け寄ったラナンを指差した。
「この子は妖精族の魔物のラナン。あっちにいるワンコはフサーム、そっちにいるデカイのはハンバル。私の可愛いペットです」
「ぺ、ペット……」
ペット呼ばわりされたラナン達は少し引き気味だ。
一方、エドワードは構えを解くと俺に言った。
「お前……結婚するのか」
「ま、まあな」
とりあえず、怪しまれないため俺もイオに歩調を合わせることにした。
こうなればヤケだ。
「魔王ドラゼウフの討伐はどうした?」
エドワードの言う通りだ。
俺はイグナスのパーティに加入するために村を出たからだ。
「主人はケガをして、イグナスのパーティから外されたのです」
イオはそう述べると視線を下に向き、泣くような仕草を見せた。
「パーティから外された?」
「ええ。元々私も勇者イグナスのパーティメンバーだったのですが、パーティから外れた彼をどうしても放っておくことが出来ず、私も勇者パーティから抜けました。無理に付いて来る私を最初は邪見にしていましたが徐々に……」
イオはそう述べると俺にしがみついてきた。
魔王……演技とはいえ調子に乗り過ぎだ。
「ガルア、お前も色々あったようだな。しかし、何だその装備はまるで魔物じゃないか」
エドワードは、禍々しい呪われた装備を見て言った。
それをフォローするかのようにイオが説明する。
「オホホ! エドワード様は知らないのですね、この装備は都会で流行っているのですよ」
「都会はおかしなところだな」
見つめる目は田舎から都会へ出て、何もかも変わった友人を哀れんだような感じだ。
頼む……余りそんな目で見ないでくれ。
「まっ久しぶりの再会だ。ガルアとイオさん、それに魔物様ご一行を村へ案内するよ」
エドワードは少し笑うと村へと俺達を案内するようだ。
正直、村へは帰りたくない気分だがここは成り行きだ。
「よいのですか、寄り道して」
ハンバルの言葉にイオは笑顔だ。
「うん。ボクもガルアさんの故郷の村とやらを見たかったしね」
こいつ……俺が裏切ったら滅ぼそうとしたクセによく抜け抜けと。
それにしても……。
「ラナン、お前何を怒っているんだ」
俺とイオのやり取りからずっと怒った顔だ。
何が気に食わないのだろうか。
「怒ってなんかいないわよ!」
ラナンはそう言うと先頭を走って行った。
全くヘンな女だ。
***
「久しぶりだなガルアよ、元気じゃったか」
この村の長老だ。相変わらず威厳がある。
「エドワードから色々聞かせてもらったよ、アンタも大変だったわね」
近くに住むおばさんだ。
よくパンを焼いて持ってきてくれた。
「奥さんも若くて美人だ。何なら家でも建ててやろうかい」
そのおばさんの息子だ。
腕のいい大工でよく屋根からの雨漏りを直してもらった。
「このワンちゃん可愛いね!」
「……しっぽを触るな」
道具屋の一人娘だ。
フサームのしっぽを触っている。
ちょっと見ない間に大きくなったものだ。
魔物がいるにも関わらず俺は村の長老を始め、村人達から歓迎を受けた。
――故郷に錦を飾れなかった。
冒険を途中で投げ出したと言ってもいい形である。
しかし、皆俺に優しい。旅に出る前から変わらない光景だ。
「皆、俺は……」
「ガルアよ何も言うまい。今日はここで休んでいくがよい」
長老も村の皆も暖かく俺を迎えてくれた。
勇者殺し……それに今は魔王軍に入ってしまっている俺だ。
情報が閉ざされた村。
しかし、ひょっとしたら俺の噂が村人達に届いているかもしれないと心配した。
だが、大丈夫のようだ。
「安心しなよ、この村には手を出さないであげる。それにこの様子では、勇者がどうなったか知らないようだ」
イオは俺の耳元で小さく囁いた。
俺を見つめる目は何故か暖かみと優しさを感じた。
「今のキミはボクの旦那様……最後まで頼むよ」
「あ、ああ……」
「これまで、こき使ってきたからね。久しぶりの里帰り……ゆっくりと羽を伸ばすといい」
偽りの夫婦ではあるが、イオの気転と配慮がなければ村へ戻ることは二度となかっただろう。
村へ戻れたことは偶々だ。
賢者クロノが住む洞窟へ向かう道中の道草ではあるが、ここはイオの言葉に甘えさせてもらおう。
***
「何で俺が馬小屋なんだよ!!」
「仕方あるまい。我らは魔物ぞ」
村にある俺の家の近くに馬小屋がある。
フサーム達には悪いが泊まる場所がないので、ここで一晩過ごしてもらうことにした。
「つーか、同じ魔物ならラナンも一緒だろうがよ」
「ラナンは見た目が人間と変わらないのだ。致し方あるまい」
「差別だ!」
フサームの不満にハンバルがなだめる。
まるで旅芸人のやり取りだが、仕方がない。
それよりもだ……。
「人間の女と魔族の女か……」
俺の家に女性が二人……。
かなり気まずい。
「ボクはそこの床で寝るよ、ガルアさんとラナンちゃんは二人でベッドで――」
「ま、ま、ま、ま、魔王様! そ、それだけはいけません!!」
ラナンの顔が赤い。
それは俺とて同じ、表情には出さないが若い女の魔族と寝ることなど……。
「俺が床で寝る」
「いいのかい? ここはキミの家なんだろう」
「……床でいい」
床であろうが、椅子であろうがどこでも寝れる自信はある。
俺は床に座ると眼を閉じた。
静かな時が流れる。
女性二人がいるためか、なかなか寝付けない。
「……」
そういえば呪われた装備をしたままだ。
俺はハンバルに『ケンバヤ』で装備を外してもらわなければならない。
しかし、もう夜だ。
窓から馬小屋を除くとフサームとハンバルはぐっすりと寝ている。
部屋のベッドでは、イオとラナンは寝息を立てている。
「マヌケなものだ」
ポツリと俺はそう呟いた。
これまで状況と俺の立場……少し自虐気味になる。
――シャキ……シャキ……
そう思った時だ。
刃物を研ぐ音が聞こえる。
音は玄関の扉からだ。
ドアノブに手を取ろうするが直ぐに辞めた。
――ザグ!!
ドアを突き破り剣が飛び出た。
俺は寸前のところで躱すことが出来た。
「突き殺すことが出来なかったか!!」
野太い声が聞こえると、ドアを蹴破り魔物が襲って来た。
その姿は、グリンパーマウンテンで戦った異形の魔物に似ていた。
体は青色で頭から角が生えている。
その魔物は武器を弓に変え、直ぐ矢を放てるように構えていた。
「死ねェエエエエエイ!!」
魔物はそう述べると矢を放ったのだ。
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