ドビーダス。
鉄仮面を付け顔は分からないが、獣の体としっぽから獣人族の魔物だろう。
クリスタルディは最強のコボルトとか言っていた。
赤い毛並みのコボルト――亜種か。
――シャキ……シャキ……
鉄爪の音が鳴り響いた。
ドビーダスという魔物は順手を下段、もう一方の手は顎に添えている。
脚は肩幅に開いたどっしりとした構えだ。
魔物らしくない洗練された構え、どこで覚えたのだろうか。
「俺に一撃でも当てられたら生かしてやろう」
ドビーダスは随分と悪党らしいセリフを言った。
魔物の言葉を鵜呑みにするハズもないが、生き残りを賭けた闘いだ。
俺以外の男達は木の棒を手に取り、各々が棒先をドビーダスに向けている。
「ほ、本当か?」
「ああ、本当だ」
「なら――」
――ズバッ!
一瞬の出来事だった。
男の一人が顔面を鉄爪で引き裂かれて絶命した。
「ウ、ウワアアア!!」
「ひ、ひィィィ!!」
「フン……今の動きを見切れねェか。さっきのAランク冒険者の方が楽しめたぞ」
イダテを使用した瞬足の斬撃か。
「い、今だ!」
――ゴン……
戦闘中にベラベラとしゃべるドビーダスの隙を見て、男の一人が木の棒で頭を叩いた。
男は先程のナルサスだ。
「おおーっと! 一発当てました!!」
クリスタルディは手を叩いて喜ぶ。
それに釣られて下衆な観客達も声援と拍手を送る。
「オメデトー!」
「ちからためから会心の一撃のコンボか?!」
「流石は元宿屋ザマス!!」
一方のナルサスは大喜びだ。
「お、俺は助かった! 助かったんだ!!」
そうドビーダスは言った。
――『俺に一撃でも当てられたら生かしてやろう』と。
「最強のコボルトである俺が……こんな人間のおっさんに……」
――ボッ……
鉄爪が赤くなり炎に包まれている。
まさか! コボルトが『魔闘技』を!?
「炭カスになれ!!」
「え……そんな約束がちが……」
――梅花古狼火!!
聞いたこともないような技を繰り出した。
『バイカコロウビ』……?
以前戦ったゲレドッツォも拳技をする際、よく分からない言葉を発していた。
「ギャアアア!!」
ナルサスの五体は切り刻まれ、鮮血代わりに切り傷から炎が巻き起こった。
哀れにもナルサスの身体は燃え上がり黒い塊と化した。
「えげつねぇな」
「ナルサスの炭火焼じゃねーか」
「気持ち悪いザマス」
「だがそれがいい」
残酷な観客達だ。
同じ人間が無惨に殺されたのに冷淡な反応だ。
人間とは何と残酷な生き物か。
俺はこの時、心のどこかに黒い何かが生まれたのを感じた。
世界の平和を守るために勇者イグナスの仲間になった。
それが……。
「へっまあいい、とりあえず前菜にもならねェ人間は邪魔だ」
――スカーレットスピア!!
紅蓮の槍が俺の後ろにいた男に命中する。
「ひィギャアアア!!」
槍を模した炎が命中すると、男はナルサスのように燃え尽きた。
続いて何やらドビーダスは呪文を唱えている……。
――アイスマグナム!!
「がッ?!」
ドビーダスは今度、氷塊の弾丸を残った最後の男に放った。
額に水属性の魔弾を受けた男は何が起こったかわからないまま絶命した。
「邪魔なゴミ人間どもは死んだ。やっとあんたとタイマンだ」
コボルトが魔闘技を使い、火と水の属性魔法をバランスよく使いこなす……。
ゲレドッツォと同じだ。
あのリザードマンも風と水の属性魔法を器用に使いこなしていた。
「ただのコボルトがどこで身に付けた」
俺は死んだ男の傍に転がっている木の棒を手に取り構える。
「これから死ぬモブキャラに答える必要はない」
一方のドビーダスは鉄爪で構えながら答えた。
「いよいよ残ったのは勇者殺し! 呪いの装備のガルアさんだけ!! ここでどっちが勝つかはったはった!!」
俺とドビーダスが対峙すると、クリスタルディは再び大きく手を叩きながら声を出した。
「ドビーダスに800万スピナ!!」
「俺は大穴で1千万スピナでガルアだ!」
ここは闇カジノ……屑どもが他人の命を肴に賭け事を始めた。
「落ちぶれたとはいえ元勇者パーティの戦士……あんたを倒したら俺様の最強コボルト伝説に一歩近づく」
「最強、最強と――えらく拘るんだな」
「冒険初心者の経験値稼ぎに、俺の仲間が殺されまくったからな」
「復讐か?」
「違うね、殺されたところでそいつが弱かっただけだ。俺は強くなって、そこいらのコボルトとは違うことを見せてやりてぇ」
仲間を殺された復讐で強さを目指してはないらしい。
このコボルト――最初は哀れと思っていたが……。
「赤毛の俺は貴重種だ。ある日、魔獣使いに捕らえられた俺は見世物小屋――」
――ガン!
おしゃべり好きは、同じコボルトのフサームにそっくりだ。
悪いが無駄話をしている間に先制攻撃をさせてもらった。
「魔物如きの過去話に興味はない」
「クソが――!!」
逆上したドビーダスは反撃するも雑な攻撃だ。
ひらりと俺は身をかわした。
「最強が笑わせるな。隙が多すぎるぞ」
「うるせー! 俺はアックスブロンコ、オークメイジをぶっ殺しまくってレベルを上げたんだぞ!! てめえみたいなモブキャラに……」
アックスブロンコもオークメイジも冒険の途中で出てくる中級程度の魔物だ。
どうやらこのドビーダスという魔物は、同じ仲間を殺すことで経験を積んでレベルを上げたらしい。
「人間だけでなく、同じ仲間である魔物も殺して来たのか」
――ドッ!
このドビーダスは救えない魔物だ。
どんな事情があるにせよ同じ魔物に手をかけ、人間を遊ぶように殺す――。
「お前は強くなったようだが偽りの強さだな。自分より少し強いか、格下を倒して自己満足してただけだ」
「な、何を! その木の棒で何が出来るってんだ!!」
――梅花古狼火!!
先程の魔闘技だ。
俺は手に持つ木の棒で受けるも、柄の部分を切り落とされてしまった。
「武器が無くなったな! その腰に下げてる剣でも使ったら――」
――ズッ!
俺はいよいよ妖刀を抜いた。
顔面へ向けて下から上へと跳ね上げる。
「ぐゥ!!」
ドビーダスはギリギリで避けた。
被っていた鉄仮面はキレイに割れて地面に落ちた。
鉄を裂くとは。
何という威力であろう……だが……。
「うっ……」
一振りしただけで倦怠感が襲って来た。
俺は崩れ落ち、膝を地に付けてしまった。
「この野郎! 大聖師様に教わった強力魔法で吹き飛ばしてやる!!」
――バーストアロー!!
ドビーダスは合成爆炎呪文『バーストアロー』を俺に目掛けて放った。
閃光と炎が混ざった巨大な矢が眼前へと迫って来た。
装備するレッドレイメイルが反射し赤く輝いている。
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