「さあどうする! ここで焼け死ぬか! このシンイーに殴り殺されるか!」
「卑怯だぞ……」
「勝てばいいのさ!」
ロフの前にはシンイーが構えている。
共に冒険してた頃と同じ戦闘のスタイル、懐かしくもあり、脅威的な攻防一体の構えである。
両手は正中線を守るようにクロスさせる。その名も『水龍の構え』たおやかで流れる水のようであるが――。
「FIGHT!」
清流は時に岩を砕く激流にもなる!
――K連打 流星脚!
「……!」
シンイーは無言で蹴りの嵐を見舞う。
ハンバルはイオをかばうように仁王立ちした。
「これしき蹴りなど!」
ハンバルは両腕を肩の位置で止め、脇を締めた。
そして、特徴的なのは膝の位置、内側へと向けている。
戦神立ち――武闘家がもつ防御力を向上させる特技である。
「むゥん!!」
蹴りを浴び続けるもハンバルは耐えた。
それを見たロフはシンイーを後退させる。
「トロルの亜種型が、生意気に武闘家の特技を使うか」
「私はホーリートロル、囚われた聖女様を守るために生み出された魔物。僧侶達に伝わる護身技を得意とする」
「聖女様だァ? だいたい囚われた聖女様って何かね、そんな話は聞いたこともない」
「当たり前だ――聖女様はこの世に存在しないからな」
ハンバルは間合いを詰め、技を繰り出す。
「せいッ!」
技の名前は『羅漢掌』という掌底技。
「……ッ!」
シンイーは両手を十字にクロスさせ受けるも、後方へと吹き飛ばされる。
「ふっ……」
シンイーはニヤリとする。
一方のロフは虚を突かれ、若干の驚きを見せていた。
「やるな、どういう種族の魔物なのだ」
ロフの問いにハンバルは静かに答えた。
「……ホーリートロル」
***
ハンバル、その種族はホーリートロル。
回復魔法、補助魔法、そして武闘家の特技を扱える中ボスであった。
大聖師が作り出したイベントに、悪徳僧侶『ハンバル』に囚われた聖女を救うというものがあった。
まず大聖師は古びた教会を作り、中ボスのホーリートロルを配置。
後は肝心の聖女やハンバルを作り、冒険に出た勇者をそこへ誘導するようにするだけであるが……。
「聖女ってヒロイン枠じゃん。ミラとキャラ被りそうだからやっぱりボツ!」
……と鶴の一声。
ダンジョンと中ボスだけが作られ、ホーリートロルは教会に放置された。
主である僧侶、護るべき聖女、誰もいない教会……。
ホーリートロルは救出に訪れる勇者達に備え黙々と鍛練していた。
「何だか汚い教会じゃの」
「サファウダの記憶によると、ここにホーリートロルがいるらしい」
「ホーリートロル?」
「聖なる力をもったトロル族だよ。味方になれば頼もしい」
目の前に現れたのは女性と老人だった。
「何者だ」
「一応勇者さ」
「勇者か……聖女様には会わすことはまかりならん!」
ホーリートロルは構え戦闘に入った。
戦いは熾烈を極めた。強力な拳技、回復魔法、戦闘は長く続くもイオは何とかホーリートロルを打ち倒した。
「長引いたの……」
「うん。サッドと同じくらいね」
倒れたホーリートロルは言った。
「うぬらの勝ちだ……この先にハンバル様と聖女様がいるはずだ」
「そんなものはいない。君ももう気付いているはずだ」
「……ッ!!」
「設定によると、君は聖女様の優しさに触れるうちに慕うようになったらしいね」
「そう――記憶されているからな」
「気の毒だな。暖かい記憶だけあるなんて……」
イオの言葉にホーリートロルは答えた。
「空想、偽り……囚われているのは私の妄想……いない聖女様をいつまでも胸に秘めている……早く殺して、この苦しみから解放して欲しい」
「クロノ、回復を頼む」
「うむ」
クロノの回復魔法により、ホーリートロルの傷は回復。
ホーリートロルは女勇者の行動に驚いた。
「な、何を……」
「君の名前はハンバル、今日からボクの仲間だ」
こうしてホーリートロルはハンバルと名付けられた。
このイベントにおける聖女を捕らえた悪徳僧侶の名前から由来している。
***
「聖女様はいない? 脳内イメージだけか笑わせる」
「聖女様はこのイオ様――少なくとも私はそう思っている」
ハンバルは拳法の構えを取る。
左足前、順手は開手にて下段に落とし、引き手右手は拳にて顎を守っている。
よく練られた構え、防御に徹した待ちの姿勢。
そこにはイオを守ろうとするハンバルの姿があった。
「ま、待ってシンイーは!」
「お仲間か知りませぬが、イオ様は優しすぎる。今の彼女は敵なのですぞ」
「ダメだ! 何とかして彼女を――」
「魔王を名乗られますがやはり勇者、甘すぎます!」
ハンバルはシンイーへと飛びかかった。
ロフはコントローラーを動かしながら高笑いする。
「ハッハッハッ! 殴り合いでこのシンイーに……」
コントローラーを操作するロフに隙が出来た。
この時を待っていたのはトウリ、二本の剣で攻撃を仕掛けた。
「外道が!」
「ちィ……!」
ロフはコントローラーを動かしながら、襲いかかるトウリにカウンターの蹴りを放った。
「うぐわッ!」
「三流勇者が! これから面白いところだというのに邪魔をするな!!」
「ぬぐううう……完全回復すれば貴様など……」
「トウリ、無茶をしてはダメ」
トウリを一旦後退させるミラ、回復魔法でトウリの傷を回復していた。
「ザコはそこで見物しておけ」
ロフはシンイーを見た。
コントローラーの操作は止まるがシンイーは戦闘を続行している。
「自動戦闘でも十分な戦闘力だな」
――カチャカチャ!
「しかし! コマンド入力は操る者の潜在能力をより発揮する!」
ロフは複雑な指捌きでコントローラーを動かしている。
数々の拳技を繰り出しながら、ハンバルを攻撃。
片やハンバルは鈍重そうな見た目と裏腹に、華麗な動きで捌き躱している。
「見た目の割りにやるな。だが必殺コマンドはどうかな?」
――↓↘→×2+PPP 奥義・神龍破動乱舞!
「この動き……」
シンイーはハンバルの周りを円を描くように動いた。
やがてそれは多重の残像を生み出し、闘気を込めた拳技を飛燕の如く打ち込んだ。
「ハァアアアアア!」
打つ! 蹴る! 剛拳で! 剛脚で!
繰り出すは拳と脚の大流星群!
ハンバルは何とか戦神立ちで耐えていたが――
「ぬゥうううッ!」
「ハンバル!」
膝をつき亀のように丸くなっていた。
「フハハハ! どうしたトロルの亜種型ァ!」
――強P 肘打ち!
「シンイー! 最後は肘打ちで殺せ!!」
「……!!」
とどめを刺すため、シンイーは飛び上がるが――
――ミョルニルサンダー!!
「……ッ!?」
聖なる雷光がシンイーを襲う。
そこには右手をかざしたイオの姿があった。
「仲間を傷つけるヤツはボクが許さない」
「な、何だと!?」
ロフはカチャカチャとコントローラーを必死に動かす。
だが、シンイーはピクリとも動かない。
「KO負けか!? ふざけるな! 動け動かんか!」
「お前は戦わないのか」
「え、ええい! こうなったら私が――」
――ビッ!
「か、かはァ!」
イオの居合一閃。首筋を斬られたロフは悲鳴も上げず倒れた。
ハンバルは起き上がり、倒れたシンイーを見ている。
「貴方様の手を汚させるとは……」
「大丈夫さ、加減したから」
――ピク……
その時、シンイーの指が僅かに動いた。
ハンバルが抱き起し、首筋に指を置くと拍動を感じとれた。
「い、生きている!」
「仲間を殺すわけがない」
「イオ様、やはりあなたは聖女様だ」
聖女と聞き、イオは笑みを浮かべた。
「ボクは魔王さ」
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