窓から飛び降りた俺とラナン。
地面に降り立ち振り返ると屋敷が燃えていることに気付いた。
火元がどこからかは分からない。
そんなことはどうでもよかった。今はベルタを探すのが先だ。
「離してよ」
抱きかかえたラナンの頬が少し桜色に染まっている。
火の熱で火照ったのか?
「すまんな」
「気安く触らないでよね」
ラナンが俺から急いで離れる。
怒った口調なのは人間の俺が触ったからだろうか。
「痴話喧嘩はそこまでだ。ベルタを追うぞ」
降りた場所にはジェイドもいる。
腰に手を当てながらヤレヤレといった表情だ。
「あの女妖魔はどこにいるんだ」
「簡単なことさ、足跡がある」
ご丁寧な事に地面には、ベルタの靴らしき足跡が残っていた。
その足跡は屋敷の庭まで繋がっている。
わざとらしいまでの痕跡が罠なのか、それとも……。
「ところでジェイド、その指輪なんだが」
「この指輪がどうした」
「ベルタは何故その指輪を見て動揺していたんだ」
これから先に向かうボス戦の前に俺はジェイドに尋ねた。
どうも気になるのだ。
――これが理由さ。
彼ほどの男が臭い仕事を引き受けるのには訳がある。
答えはその指輪にありそうだったからだ。
「俺には息子がいてね。ダミアンという戦士で勇者パーティのメンバーだった」
「戦士に勇者パーティ……? そこのガルアと一緒じゃない」
ラナンは驚いていた。
勇者パーティはイグナス達だけではなかったのか。
「君達も知っているだろ。この世に勇者は一人だけではない」
「そりゃあ知ってるけど……」
勇者は何もイグナスだけではない。
しかし、殆どは紛い物だ。
自称勇者を名乗る者、あるいは村興し的な勢いで町や村の腕自慢を勇者に仕立て上げ旅立たせる。
そんなニセモノが多いのが現実だ。
イリアサン王国では、勇者試験を突破したイグナスのみが正式な勇者だ。
それ以外の者は全てニセモノであるというのが国の見解だ。
「ガルア、君が共にしていたイグナスが正式な勇者とされているが、それ以前にも多くの者が勇者の称号を与えられ冒険の旅に出た。殆どの者は行方不明あるいは死んだがね」
俺は衝撃が走った。
情報が閉ざされた、名もなき辺境の村出身の俺はその事実を知らなかったのだ。
俺はてっきりイグナスだけが勇者だと思い込んでいた。
ではあの魔王……いや女勇者は何者なのだ。
勇者を勝手に名乗る者、あるいはどこかの町か村から出た自称勇者の偽物か。
もしくは、イグナス以前に認められた正式な勇者だったのか。
ジェイドの話しぶりでは、後者が正解だろう。
知らなかった事実だ。
俺は所詮、辺境の村に住むただの脇役的な存在であったことを思い知らされる。
俺達は淡々と足跡を追う中、ジェイドは話を続けた。
「私の息子ダミアンは、今の魔王……いや女勇者のパーティメンバーの一人だった」
「魔王様のパーティだった?」
ラナンも驚いた顔だ。
話だけだが、彼女は一人魔王城に突入しその圧倒的な力で城を制圧。
ソロでドラゼウフの命を絶ったのだ。
そういった話を聞かされたので、てっきり彼女はソロプレイヤーだと思い込んでいた。
「彼女は一人で冒険したわけではない。あることでダミアンはパーティから外れたのだ」
「途中で抜けた?」
俺の問いにジェイドは静かに目を閉じ止まった。
「あのベルタを女性として愛し、そして殺されたからだ」
「ど、どういうこと?」
ラナンの質問にジェイドは目を開いて答えた。
「それはあの女を倒した後に話そう」
ジェイドは遠くを指差す。
そこには庭があり、美しい花々が屋敷から出る火の光に当たり輝いているように見えた。
そこには女が立っている。
「来たわね」
黒いドレスに赤いブーツ状のヒール。
金色の髪からは角が生え、背中からはコウモリのような羽が生えていた。
ベルタ・メイプシモン――サキュバスの正体が現れていたのだ。
「ボス戦には相応しい場所でしょ?」
ボスセン?
何を言っているか分からないが、自信ありげな顔だ。
「息子の仇を取らせてもらう」
ジェイドは剣を構え、魔法力を剣に込めている。
淡い緑色のオーラが剣を包んでいる。
獣人達を仕留めた風属性の魔法剣を使用するつもりだろう。
「ダミアンね――そんなバカな人間もいたわね」
「お前の命を救い、女性として愛したのだぞ」
ジェイドの言葉を聞いて、ベルタは笑みを浮かべている。
「同情してくれて助かったわ。そのお礼で暫く一緒に暮らしてあげたけど、勝手に死ぬんですもの」
「勝手に死ぬだと――」
――風烈斬ッ!!
「お前が殺したんだろうが!」
ジェイドは真空の刃を飛ばした。
ベルタの周囲に咲き誇る花を散らし、眼前まで迫るも生えている翼を使い上空に飛んで避けたのだ。
「ああ……そうさ。私が殺した」
そう述べるベルタ。
空に舞う彼女は月の光に照らされ、妖艶で美しく見えた。
「空に飛んじゃったか」
ラナンが上空に舞うベルタを見て言った。
空に飛ばれては厄介だ。
攻撃しようにも当たらなければ意味はない。
何か俺に特技、もしくは弓があれば援護できるのだが……。
「今回ばかりはあんたの出る幕じゃなさそうね」
横目で俺を見るラナン。
悔しいが彼女の言う通りだ。
今のパーティで遠距離攻撃できるのは、ジェイドとラナンの二人のみ。
「そこの嬢ちゃん」
ジェイドがラナンを見ていた。
何やら作戦を思いついたのだろうか。
「何よ」
「魔法が得意そうだが出来るか」
「魔法なら大得意よ、簡単な魔法なら連続で飛ばせるくらいにね」
「ならさっき出したフレイムショットを2発頼む」
「お安い御用」
そう述べるなり、上空にいるベルタ目がけてフレイムショットを2発放った。
「何をすると思えば……こんな低級な魔法を」
攻撃されたベルタは簡単にフレイムショットを躱した。
彼女は気付いていないのだ、それが目くらましだと。
――風神乱刀ッ!!
ジェイドは広範囲の真空波を飛ばす。
ウェアタイガー達を葬り去った必殺の一撃。
魔法と魔法剣での連携攻撃だ。
「く……ッ!!」
体を切り刻まれたベルタはダメージを受ける。
ヒラヒラと紙飛行機のように落ちて来た。
「今よ!」
「分かっている」
その隙を見逃さず、俺はベルタの翼を切り落とした。
俺は斬り落とした後、呪いの効果でダメージを受けながらも身を持ち直す。
これでもう飛べなくなったであろうベルタ。
だが、ジェイドは俺を鋭く睨みつけていた。
「何故、首を落とさなかった。その剣の一撃なら容易く屠り去ることが出来ただろう!」
「俺は出来ん」
続けてラナンも憤った様子だ。
「何を考えているの! 私達の目的はベルタを殺す事よ!!」
「様子がおかしい」
戦闘開始から疑問だった。
このベルタというサキュバス。俺達に攻撃を仕掛けない。
この種の魔物は、物理攻撃が苦手だが魔法攻撃が得意なのだ。
「何故、攻撃して来ない」
俺の言葉にベルタは憮然として答えた。
「……さっさと殺しなよ」
傷つくベルタ。
悪態をつきながらも、どこかもの悲し気な表情だ。
それを見たジェイドはあることに気付いた。
「そ、その指輪は」
ベルタの指には、ジェイドと同じ指輪がはめられていた。
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